第七章 紡がれし最前線

隠すというのは案外難しい

 ラルフが『海淵世界』アトランティスの第七王子だった。


 ……もう一度言おう。


 あのラルフが、七強世界に名を連ねる全世界中最大の体積を有する、『海淵世界』アトランティスの“第七王子”だった。


「未だに信じられねえよ……」


「あのラルフくんがねえ……」


「終わりましたね、この世界」


「「終わらすな終わらすな」」



 衝撃のカミングアウトから暫く。

 ラルフを除いた俺たち三人は、議長の計らいで第三回遊都市で最も格式高いホテルの一室に通された。


 当たり前のように四人部屋が用意されることに最早何も思うことはない。世に溢れる冒険者たちは、どうやら似たような節約術を使っているらしい。


「王子、かあ……」


 俺は適度に沈み込み、適度に体を押し返すベッドに全力で体を預け天井を見上げた。


「王族の友人、これで二人目だなあ」


 ガルシアに続いて、まさかラルフがその座に就くとは予想だにしなかった。


「エトくん、下手な貴族より強い伝手あるんじゃない?」


 未だ衝撃に打ちひしがれる俺の横に控えめに腰を下ろしたイノリに、いやいやまさかと指を折って否定する。


「あと関わりある人なんて、リステル王と〈魔王〉くらいだろ」


「エト様。七強世界のトップと関わりがあるのは、はっきり言って異常事態ですよ」


「……そうかも」


 下手な貴族どころか、下手な小世界より強力なコネがあるかもしれない。

 いつの間にか太いパイプを手に入れたなあ、なんてどこか他人事のように感じながら、俺は目を閉じて議長との会話を振り返った。





◆◆◆





「ラルフが——」

「ラルフくんが!?」

「ラルフが王子!? 冗談でしょう!?」


 過去一番の衝撃を受けた俺たちは、議長の前であることも忘れてあんぐりと口を開けて驚愕を全身で表現した。


 それはもう盛大に驚く俺たちに、ラルフは気まずそうに頭を下げる。


「ああ。今まで黙ってて悪かった」


 言えるわけがない。

 七強世界の王子であるなんて、おいそれと口にできるはずもない。


「い、や……それは、いい、いやよくな……悪い、ちょっと待ってくれ」


 だがそれはそれとして、明かされた情報が持つあまりの質量に俺たちは思い切り混乱していた。


「ちょっ……と、情報を整理してもいいか?」


 俺のお願いに、ラルフとソロン、あと近衛の人たちがどうぞどうぞと優しく頷いた。


「助かる……えっと」


 俺は脳内で情報の整理を……なんてできるはずもなく、とにかく、ひたすらに確認する。


「まず、姓がアトランティスってあるけど……これは、今の“源老”の直系ってことだよな?」


 ——源老。『海淵世界』アトランティスの統治者の名である。


 俺は詳しく知らないんだが、アトランティスの王族……否、“源流血族”は海の神の名代なんだそうで。

 その神というのは、かつてアトランティスを築き上げた建創者たちを意味し、源老を排出する源流血族たちは、彼ら建創者たちの代行を務めている……らしい。


 俺の問いに、ラルフに代わってソロン議長が頷く。


「はい。ライラック様は、今代源老であるノルドレイ・ワグマ・フォン・アトランティス様の十番目のご子息になります」


「えっと……子沢山、だね?」


 頭から煙を出す勢いで唸るイノリが精一杯搾り出した反応に、ソロンは苦笑いで「そうですね」と頷いた。


「ラルフは確か、『湖畔世界』フォーラルでエト様たちと出会った、と聞きましたが……いつから家出を?」


「一年半前だ。エトたちと会ったのは、出て行ってから二ヶ月くらいしてからだな」


 “家出”という単語に若干眉を顰めながらも、ラルフは丁寧に答えた。

 続け様に俺が問う。


「ソロン議長、アトランティスでラルフの家出は騒ぎになったのか?」


「いえ、ライラック様は元々、露出が少ない人でしたので。内々に処理され、衆人には知られていません」


 曰く、表立って公務に参加したり目立っているのは第一王子ベラム、第三王子リントルーデ、第一王女アイナンナの三人らしく、ほとんど露出がなかったラルフの家出自体は特段、問題にはならなかったそうだ。



 ここに、明らかになったことを羅列しよう。


・ラルフは海淵の第七王子であり、源老の直系

・ラルフの家出は一年半前、公的には秘匿されている

・家出の際、ちょうど淵源城ノアに停泊していた第三回遊都市をラルフが利用、ソロンは身分の偽装やその他工作を手伝った

・ラルフの活躍自体は『海淵世界』にまで届いており、ラルフ=ライラックを知る者はその無事を確認していた



 得られた情報を反芻し、いち早く事実を飲み込んだストラが「なるほど」と呟いた。


「行く先々でラルフの正体がバレなかったのは、そもそも王子としての影が薄かったからなんですね」


「ストラちゃん、加減って知ってる?」


「嘘つきに加減する必要ありますか?」


「……っス、なんでもないっス」


 たった一言でラルフを撃墜したストラは、近衛の人たちからの「この子容赦ねえ」という畏怖を孕んだ視線を受けながら「冗談です」と真顔で続けた。


「身分を隠す必要があったのは、政治に疎い私でも理解できますよ」


 と言うストラだったが、その横顔と声音はどこか不満げだった。


「ラルフ、俺たちにも隠し続けたのはなんでだ?」


 その不満を代弁するように、というのはあまりにも他責思考だろう。俺自身感じている不満を口にした。


 言えるはずがないとわかっていても、どこか釈然としない……喉の奥に小骨が引っかかるような不満があるのもまた、事実だった。


 言ってくれても良かったんじゃないか——そんな俺の言葉に、ラルフは非常に気まずそうに表情を歪めた。


「いや、そりゃ俺だって言うかどうか迷ったんだぞ? 無理言ってパーティー組んでもらった身だし、秘密にするのは気が引けたよ。……でもさ?」


 暫く溜めてから、視線を逸らしたラルフがボソリと呟いた。


「お前ら全員、隠し事ド下手じゃん」


「「「……………………………(全員揃って目を逸らす)」」」


 あまりにも自覚がありすぎて、俺たちは何も言えなかった。

 一気に黙ってしまった俺たちに、ラルフは「そらみろ」と畳み掛ける。


「エトはストラちゃんの前で変身やらかすし、『言ってないこと』はあってもそりゃ無意識だし、隠し事できない性格だろ?」


「……はい、その通りです」


 ぐうの音も出せない俺は敬語で静かに目を閉じた。


「ストラちゃんは俺をイジる時にしれっと言いそうだし」


「やめてくださいラルフ、反論ができません」


「イノリちゃんは俺と同じでシャロンちゃんをエトって呼んじゃってる前科持ちだろ?」


「ごめんラルフくん! 私たちが悪かったから! だからこれ以上は……!」


 あまりにも秘密の共有に向いてないことが白日の下に晒されてしまった。

 ラルフのど正論に、俺たちはお偉いさんたちの前だと言うのにみっともなく撃沈、死屍累々の有様である。……が、しかし。


「……よく考えたら、別にラルフが王子でも特に気にすることないな?」


 隠していたのは、バレたくないから。そしてラルフの性格上、そう扱って欲しくないからという思いが強くあるだろう。

 そう思い至った俺の言葉に、ストラとイノリも同意を示す。


「確かに……そうかも知れませんね」

「パーティーメンバーだもんね」


 というか、今更王子と言われても。仮に王子として扱えと言われても。


「「「ラルフ(くん)、ヘタレだもんなあ」」」


 三人一致の回答に、ラルフが少しだけ嬉しそうに、涙を流しながら笑った。


「お前らの信頼に涙が出るよ……!」


 血涙だった。


 積み重ねてきた醜態の数々が、今更ラルフを王子として見ることを著しく制限してしまっている。


「……まあ、大体飲み込めたよ。すまないソロン議長、見苦しいところを見せた」


 謝罪に頭を下げる俺に、ソロンは気にしていないと首を横に振った。


「友人が王族だった、などと知れば驚くのは当然です。私が同じ立場であれば、皆様と同じか、それ以上に驚いたでしょう」


 近衛も含めて、俺たちの驚きに理解を示してくれる。


「……それでは」


 一転、ソロンの纏う雰囲気が変わる。

 本題に入ろう——言外にそう告げる議長の視線に頷いた俺は、虚空ポケットから〈魔王〉の勅書を取り出した。

 世界に唯一、〈魔王〉にしか取り扱えない封蝋と、そこに混ぜられた魔力の波長にソロンの目が僅か、驚愕に見開かれる。


「初めは、検問の対応した者の正気を疑いましたが……真実だったのですね。エトラヴァルト殿、貴方の望みは」


 真剣なソロンの眼差しに、俺は騎士の敬礼をもって応えた。


「——『極星世界』ポラリスの使者として、源老に謁見したい」

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