何者①

 なにが正解だったのだろうか。

 どうすれば過去は……今は変わったのだろうか。

 何度も、何度も夢に見る。

 目が覚めていても、考える。

 夜はいつも、甘くて度の低い、とてもじゃないが酔えたものではない酒を片手に思いを馳せる。


 弱々しく蹲っていれば、彼女は死ななかったのではないか。

 もっと早く立ち上がっていれば、自分は竜に負けなかったのではないか。


 考え続けても答えは出なくて。

 私は400年、ただ時を過ごしただけの子供のまま。


 言いたかった、伝えたかった言葉を伝えられないまま。

 正解も不正解もわからないまま。

 ——私は“あの日”に、囚われ続けている。





◆◆◆




 戦場を黒き波動が制圧する。

 縦横無尽の超高速軌道から繰り出されるモミジの攻撃は、その全てがイノリたちを一撃で葬ることができる馬鹿げた破壊力を内包する。


 死角からスミレの後頭部へと振り抜いた拳が紙一重で躱されたことに、モミジは不満を漏らす。


『また避けられたー!』


 自ら生み出した同族が余波に引き裂かれることをまるで気にせず、モミジは何度でも速度で圧倒し死角を狙う。


 一発一発が当たり前のように即死級。掠っただけで骨肉を抉られることが確定的なふざけた威力の打撃に、左腕の傷口から鮮血を零しながら、それでも戦うスズランが引き攣った声をあげる。


「んだアレ! 冗談だろ!?」


 アレがカルラの親友など、一体何の悪ふざけだと内心で悪態をつく。


 圧倒的な地力の差。

 それでもイノリたちが未だに死者なく立っていられるのは、モミジの圧倒的な戦闘経験の不足にある。


 どういうわけか、今のモミジは戦闘が致命的に下手だった。

 初撃こそ視界から掻き消える超加速により不意を突かれスズランが左腕を失ったが、二度目からは対応ができた。


 速度にかまけ死角を執拗に狙い大振りの拳を振るう。


『にはは、難しいねー!』


 拳の一振りの余波で大地が砕け繁殖の竜が挽肉になる光景は顔が青くなるが、イノリたちは「当たらなければ問題ない」という共通認識を持っていた。


「モミジさん、なんであんなに……」


 油断を許さない超高速戦闘の最中、イノリは脳の片隅に引っかかる違和感に思考を引っ張られた。


「なんで、あんなに子供みたいなんだろ……」


 どういう子供だったのか、イノリたちはエトとは別口リンドウ経由で、カルラには内緒でモミジの話を聞いている。

 そういう性格と言い切れなくもない……が、あまりにも、話に聞いていた彼女との印象がかけ離れていた。


 生まれたての子供のように、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように力を振るう。

 そこに理性的な振る舞いはなく、本能の忠僕とも言うべき奔放さ。


「それに……」


 それに、違う気がした。

 なにが違うのか、イノリには言語化できなかったが。


 モミジのカルラに対する“何か”が、誰かとは致命的に異なっているような気がした。



 イノリが思考する目の前で戦局が傾く。


「っぁぁあ!?」


 モミジの拳がほんの僅か、スミレのこめかみを掠めた。

 たったそれだけで刃物で抉られたように額が割れ、鮮血が噴き上がる。


『あれっ?』


 少しずつ、しかし着実に。


『なんかわかってきたかも?』


 モミジの攻撃が、皆を捕らえ始めた。


「っんの、化け物が……!」


 予測通りの触れれば致命傷の攻撃にスズランが悪態をつく。

 圧倒的な戦闘経験値の不足。

 しかし、自らの力を自覚する概念保有体の前に、100年程度の蓄積差など誤差。

 紙切れに等しい積み重ねである。


「ちぇぁぁぁああああっ!!」


 モミジがスズランの死角に回ることを読んだリンドウが彼女の死角を取った。戦場に転がった誰かの薙刀に魄導を流し込み、裂帛の気合いとともに大上段の一撃を振り下ろした。


 完全に不意を突いた一撃にも関わらず、モミジは一瞥もせず背中に成竜の頭部を生やしてこれを受け止める。


『よいしょっと』


 少し重めの荷物を持ち上げる時のような気軽さでリンドウを投げ飛ばし、薙刀を噛み砕く。


『しつこいなあ、本当に』


 光剣を受け止め、斬馬刀を弾き、拳をいなし、拘束を振り払う。

 モミジは未だ未完成でありながら、容易く三人の魄導使いと規格外の魔眼保持者を圧倒する。


『みんなじゃ私を止められないよ。だから、邪魔しないで?』


「——そういうわけにはいきません!」


 そこに、黒雲を覆い隠す光の雨が降り注ぐ。

 降り注いだ十発の光弾を片腕で吹き飛ばしたモミジは、イノリの後方、繁殖の竜の波を突き破って戦場に突入してきた、鬼人族の女性に支えられながら魔法を行使したとんがり帽子の少女を見た。


「ストラちゃん!? それにミツバさんまで!」


 ミツバに治癒魔法を持続的に行使してもらいながら魔法を維持するストラが、血を吐きながらモミジを睨む。


「私一人、寝ているわけにはいきませんので!」


「モミジちゃん、なんで貴女が——」


『久しぶりだね、ミツバさん』


 なんら感慨を宿さない平坦な声音で、モミジは義務的に名前だけ呼んだ。


『でも、何人来ても、変わらないよ?』


「——だったら! 変わるまで増やすだけだ!」


 頭上、三度炎星が輝く。


「『灼焔咆哮』ッ!!」


 皆がまさかと見上げた先で、ラルフが付与エンチャントを展開した。

 繁殖の母体を焼き尽くした青炎の顕現にモミジの表情が険しさを帯びる。


「オオッ!」


 灼熱の拳が振り下ろされ、今日初めて、モミジが明確な回避行動を取った。


「ストラちゃん——!!」


「わかってます!!」


 戦場に復帰した二人が同時に魔力を限界まで振り絞る。


 モミジ——カルラの親友。なぜ彼女がいるのか、なぜ戦っているのか。そも、なぜ、生きているのか。

 わからない事は多く、しかし、戦っているのであれば、敵対しているのなら、なすべき事は明白だった。


 属性流転カラースイッチの魔法陣が空間を満たし、ラルフの炎熱を限界を超えて強化する。


「「『限定昇華——道標の聖炎オリエンス』!!」」


 黒雲の下に青白い聖火が突き立つ。

 この場で唯一、モミジの身を文字通り消し炭にできる破壊力を帯びた炎が顕現した。


「——行くぞっ!!」


 モミジのお株を奪う超加速でラルフが眼前に肉薄する。

 黒い波動の闘気を真正面から吹き散らし、灼熱の拳が激突した。

 拳から伝わる確かな威力にモミジが僅かにどう目する。


『君はもう限界のはず——』


 そも、あり得ない話だった。闘気も魔力も底をつき、体力も限界。

 ラルフは、繁殖の母体の討伐で燃え尽きた——それがモミジの、否、戦場の共通認識。


 凄絶な拳の連撃を受けるモミジの視界の端を、赫赫とした力の片鱗が掠めた。


 それは、

 正確には発現には至っていない。しかし、全てを使い果たし、残された力はたった一つの魂。

 ラルフはこの戦いの中で二度、聖炎へと昇華した。自分の領分を超えた力に触れ続けたラルフは、無意識に本質を掴みかけていた。


 それでもなお、聖炎の持続時間は短い。


 ——30秒。それがラルフに残された時間で、モミジに届きうる刃が失われるまでのリミットだった。


『ちょっと、面倒だね……!』


 ラルフを確かな脅威と認めたモミジのギアが一段上がる。


「——ラルフくんに続けぇっ!!」


 勝機をこじ開けるのはここしかないと、魔眼を開いたイノリがありったけ叫んだ。

 少女の声に背中を押されるようにスズランが、スミレが、リンドウが怪我をおしてラルフの援護に回った。




◆◆◆




「……なんで」


 たった一人、カルラは戦場で置いてかれていた。


「なんで、みんな戦ってるの……?」


 守りたいものと、守りたかったものが互いに争っている。殺し合っている。


「やめて……やめてよ……!」


 か細い虫の羽音のような声では、なにも変わらない。


「どうして——」


 “少女”の声は、届かない。




◆◆◆




 聖炎と波動が絶え間ない激突を繰り返す。

 拳の余波で大地がひび割れ、抉れ、砕け散った。


「オォォォォォォッ!!」


 最前線で猛るラルフの猛攻に感化され、スズランの全てを押し潰す斬撃が、スミレの鋭い貫拳が、リンドウの足掻きが、イノリの黒白の斬閃が激化する。


『うるさいなあ……!』


 戦闘経験値を埋め、さらに凌駕する概念保有体の圧倒的ポテンシャル。しかし、絶え間なく全方位から攻め立てる歴戦の戦士の知恵と未だ若く青い冒険者の熱がモミジを封じ込める。


 聖火が肌を焼き、白が抉り、紫紺が穿ち、魔眼が睥睨し、老骨が追い縋る。


 戦っている。

 同胞は、絶望的な数の差を痛感しながらそれでも戦っている。

 豊穣の地を、家族を、友を守らんと、必死に。


 ——残り10秒。


 刻一刻と迫る限界に反比例するかの如く、ラルフは雄叫びを上げ聖炎の火力を上げていく。

 共に戦うスズランたちの肌すら焼き焦がすほどの熱量。

 だが、彼らは止めない。


「上げてけラルフ!」

「アタシらは気にすんな!」

「頼む、ラルフ殿ォ!」

「いけぇっ!!」


「あああああああああああああああああああああああっ!!」


『っっ!?』


 渾身の雄叫び。ラルフの拳が、モミジの両手を弾き上げ、右足が穿孔する靱尾を大地ごと踏み抜き封殺した。


「食らえぇえええええええええええっ!」


 無防備になったモミジの胸部に最大の火力が叩き込まれ、爆炎が噴き上がった。


「「「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」」」」


 甚だしい爆風にラルフ以外踏ん張りが利かず吹っ飛ばされる。

 ゴロゴロと地面を転がったイノリは両手で無理やり急制動をかけ、すぐさま爆心地を睨んだ。


 爆煙の中に立つ影2つ。


 颶風が吹き荒れ、煙が晴れる。


『みんなが使ってたやつ、なんだろうって思ってたんだけど……』


 モミジの胸部に、薄闇色の、闘気とは違う“何か”が渦巻いていた。


「……ふ、ざけ」


 皆の表情が戦慄に歪んだ。


 ラルフの渾身の一撃は、鳩尾を僅かに焦がしただけで、到底致命傷には届いておらず。

 防御を成した薄闇色のオーラを全身に流したモミジが、満足げに頷いた。


『こうやって使うんだね!』


 表情を絶望に染めたスズランが呟く。


「はく、どう……」


 命がけの一撃を防がれたラルフが聖炎を霧散させ崩れ落ちる。

 風前の灯火に興味のないモミジはラルフを軽く蹴っ飛ばして進路から退かし、悠然とカルラの前に立った。


『これでやっと話せるね、カルラちゃん』


「モミジ、どうして……」


 言いたい言葉がたくさんある。

 伝えなくちゃいけない想いがたくさんあるのに。

 変わり果てたモミジを前に、カルラはそれらを形にできなかった。


『私ね、どうしても聞きたいことがあったんだ』


 慈愛の籠った眼差しを向け、頬を両手で包み込んだモミジが問う。


『カルラちゃん。どうして逃げたの?』


「……っ!?」


 心を抉る一言に、カルラの瞳が見開かれる。


『どうして、迎えに来てくれなかったの?』


 乱れた髪に手櫛を入れながら、モミジはじっとカルラを見つめる。


『私、ずっと、ずっと待ってたのに。カルラちゃんは400年、一度も来てくれなかったよね?』


「ぁ、わ、私は……!」


 からからに乾いた喉から、必死に声を絞り出す。


「怖くて……ごめんなさい、モミジ。私は……!」


『うん。わかってるよ』


 死屍累々の戦場の中心で、モミジはあの頃と同じ笑みを浮かべる。


『私、怒ってないよ。約束だからね、私がカルラちゃんを守るって。辛かったよね、苦しかったよね。記憶があると、いつまでも思い出しちゃうもんね?』


 だから逃げた。それを怒ることはないとモミジは言う。

 にこやかに、頬を撫でる。



「…………、ぇ?」


 そして、当然のように破壊を告げた。


『豊穣の地があるから、カルラちゃんは苦しい。苦しくて、辛くて、泣いちゃうの。だから、全部壊して、無くしてあげる』


「——なにを言ってるの!?」


 その宣言に、ストラを必死に介抱するミツバが異を唱えた。


「モミジちゃん、あなた自分がなにを言ってるのかわかってるの!? あなたはいま、自分の故郷を壊すって——!」


『わかってるよ、もちろん。でもねミツバさん。関係ないの。私はね、カルラちゃんを守るためなら全部を壊すよ』


 モミジの言葉を、ミツバは理解できなかった。スズランも、スミレも、イノリも、ストラも、辛うじて意識を残すラルフも……誰もが、彼女の言葉の意味がわからなかった。


「モミジ……否、お主は誰じゃ!?」


 ただ一人、リンドウは確信を持って叫ぶ。

 目の前の存在は、決してモミジなどではないと。


「豊穣の地を壊すなどという世迷言、あの子が話すはずがなかろうて!」


『酷いなあ、お爺ちゃん。私は正真正銘のモミジだよ?』


 わざとらしく目元を拭ったモミジは、リンドウに過去を語る。


『道場の柱に刻んだ背比べ、お爺ちゃん相手に初めて一本取った記念の木刀、私とカルラちゃんが生まれた時に植えた一本の木、成人の約束……全部覚えてるのに』


「そこまで覚えていて、なぜ皆に手を出せる!? なぜ彼の地を壊すなど言える!? お主が知らぬはずがなかろう! 分からぬはずがなかろう! 400年前、カルラが剣を執ったのは皆を守るためじゃった! お主がモミジならば、なにゆえ彼女の理由を奪う!!?」


 息を切らしながら、リンドウは必死にカルラへと呼びかける。


「目を覚ませ馬鹿娘! 目の前におるのはモミジではない! 断じてお主の親友などではない!!」


『聞こえてないよ、今のカルラちゃんには』


 振り返ったモミジの表情は、ひどく冷徹で、およそ目の前にいる彼らを命として見做していなかった。


『今、カルラちゃんの意識は私に“奪われて”る。みんなの声は、カルラちゃんには届かないよ。ねえ? カルラちゃん』


 “簒奪の概念”。

 今、カルラの意識の指向性は全てモミジに奪われている。

 音も、匂いも、肌の感覚も、何もかもが、モミジ以外に向けられない。

 今のカルラの世界には、モミジ以外存在しない。


 一転、モミジが満面の笑みを浮かべる。

 カルラを前にした時だけ、彼女は豊かな表情を見せる。


『私がカルラちゃんを守ってあげるよ。故郷がなくなっても、お爺ちゃんが死んでも、友達が、お弟子さんが死んで、みんないなくなって。カルラちゃんが生きる意味を失っても、私だけはカルラちゃんを守ってあげるよ』


「……な、んで」


『そんなの、決まってるよ』


 膝をついたモミジは、優しくカルラを抱擁し、耳元でそっと囁いた。


『私が、カルラちゃんの親友だからだよ』


 刹那、世界が光を奪われる。

 薄闇の魄導が世界を満たし、モミジを中心に吹き荒れた。


『『繁殖の王が喰滅を告げる』』


 胎動する。

 カルラから身を離したモミジは自らの下腹部に手を突き込み、内側から力強く脈動する胎児未満の繁殖の“種”を取り出した。


『『恵みを喰らい、命を喰らい、我らは世を満たす』』


「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 本能が告げる最大級の危機に、がむしゃらに駆け出したスズランが絶叫を上げた。


「なんとしてでも! あの詠唱を完成させるな!!」


 殲滅の光が降り注ぐ。

 魔力回路の代替行為により骨を焼きながらストラが全力の砲撃を敢行した。


 スズランが、スミレが、リンドウが、イノリが、ラルフが、己が出しうる限界以上の力でモミジの詠唱を止めんと殺到する。


『『宴の時来たれり。豊穣を求める蝗の群れよ、星の果てを望む系統樹よ!』』


 しかし、モミジの詠唱は止まらない。

 薄闇の魄導はあらゆる攻撃を無為に帰す桁違いの防御力を誇ると同時に、詠唱によって“種”へと編み込まれる絶望の攻撃の予兆を生む。


『『喰らい、貪り、大地を満たし——蔓延せよ!』』


 “種”が臨界を迎え、どす黒い血を撒き散らしながら膨張した。

 絶対的な破壊を前に、リンドウが悲鳴のような叫びを上げた。


「全員っ、避けよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 詠唱が、完成する。


『繁殖せよ——『生命讃美を歌えパンデモニウム果てしなき濁流・オーバーレイド』!!』


 ——爆発する。


 万を超える命が臨界点を超えて放出され、射線上に存在するありとあらゆる存在を、同族すら食い潰し行進した。


 命の暴走は豊穣の地自体が有する恵みの結界を容易く食い壊し、恵みの半分を一瞬にして食い荒らした。



「ぁ、ぁぁあ、あぁああ……!」


 届いた破壊の惨状。

 故郷が壊れてゆく音に、カルラの心が悲鳴を上げる。


「私は、なんで……なんの、ために……!?」


 なんのために立ち上がった。

 なぜ、失った。

 どうすれば良かった。

 どうしていれば、こうならなかった?


 生まれない答えに、少女はただうずくまった。




◆◆◆




 豊穣の地が壊れていく。

 眼前、バイパーの結界によって守られた屋敷の一歩外側は、繁殖の竜によるものと思われる攻撃によって千々に消し飛んだ。

 攻撃の残骸から生まれ、増える繁殖の竜たちは止まることを知らず、手当たり次第に豊穣の恵みを食い荒らし、果ては土地に根付く“豊穣の概念”すらも食い尽くそうと顎を広げた。


「——クソッ!!」


 結界の間近、エトラヴァルトは皮が剥け血に濡れた両の拳を地面に叩きつけた。


「なんで……なんで破れないんだよ! なんで、抜けねえんだ! 俺は……なんで、ここで!!」


 目の前で命が食いつぶされていく。

 戦場は、きっと阿鼻叫喚だろう。誰もが命を賭して、命を散らして戦っている。

 だと言うのに、自分は未だここでうずくまっている。

 なにもできずに立ち止まっている。


「同じじゃねえか! これじゃ! あの時と……なにも変わってねえじゃねえか!!」


あんちゃん……」

「にーたん、手、ぼろぼろ」

「にぃやん、くるしそー」


 声を枯らして叫ぶエトの背中に、三姉妹が、前線を退いた者たちが、キキョウがそっと眼差しを向ける。


 誰よりも現状を変えたいと叫び、しかし。エトラヴァルトには、誰よりも力がなかった。


「強くなるって決めただろ! 俺が弱いことは知ってんだよ! でも! 弱いままじゃダメなんだよ! 守らないと! 強くならないと!! またこぼれ落ちるんだよ!!」


 目の前の命が散っていく。肩を並べて笑い合った友が死んでいく。

 ただ最愛から力を受け取り、偶然英雄に手を貸してもらった。

 自分自身はなにもできずに、ただ墓の前で歯を食いしばることしかできなかった。


「そんなのはもう、嫌なんだよ! 守らなきゃ、強くならなくちゃ、俺は! 〈異界侵蝕〉に——!!」


「——えと様」


 膝をつくエトラヴァルトの背に、キキョウが静かに声をかけた。


「今一度、お聞きします。えと様はなぜ力をお求めになるのですか?」


 ゆっくりと。

 振り向いたエトは、幽鬼のような生気のない表情で答える。


「強くならなくちゃいけないからだ。〈異界侵蝕〉に、ならなくちゃ、いけないんだ」


「——では、重ねてお聞きします。えと様はなぜ、〈異界侵蝕〉を目指すのですか?」

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