ポンコツ長命種

 ……ややあって。

 喧しいカルラを宿から放り出し、思いっきり拗ねてしまったイノリのご機嫌を必死にとって一夜明けた朝。


 俺たちは改めてカルラを招き入れ向かい合った。


 昨日と比べて幾分か落ち着き払った様子の鬼人族の麗人は、目の前に座る俺の状況に眉を顰めた。


「……それはなに? 積み木のモノマネなの?」


「組体操です(大嘘)」


 甘えた継続中のイノリを膝の間に座らせ、シーナを肩車した状態の俺に「真面目に話す気あんのか?」とガン飛ばすカルラ。

 全面的に俺が悪いので、とりあえずシーナをストラに託す。


「シーナさん、こちらへ。宿の料理長が焼いてくださった焼き菓子がありますよ」


「お昼前のおやつはダメって、じーじとの約束……うう」


 律儀に約束を守るシーナは、非常に物欲しそうな目をクッキーに向けながらストラの膝に座った。


「イノリも今は——っス。なんでもないです」

「ん!」


 依然膝に座る荒ぶるイノリの頭を撫でて鎮める。

 昨日の一件は俺が全面的に悪いため、責任の一端を担うカルラにも諦めてもらうことに。

 俺は、イノリたちに向けてカルラを紹介する


「紹介する。エルレンシアの旧友、『極星世界』ポラリス出身のカルラだ」


 俺の紹介に合わせ、カルラは淑やかな所作でお辞儀をした。


「初めまして、カルラ・コーエンよ。昨日は騒がせてごめんなさいね」


 これにいの一番に反応したのは、やはりラルフだった。


「……エト。マジで、?」


「俺は詳しく知らんが……多分、そのカルラさんだ」


「マジかよ……!」


 顎が外れんばかりの勢いで愕然と驚くラルフにストラが首を傾げながら問う。


「そんなに有名人なんですか?」


「当たり前だろ!」


 興奮を隠すことなく、ラルフは大きな声で彼女の正体を告げる。


「〈紅花吹雪〉のカルラ! 七強世界のひとつ、『極星世界』ポラリス直属のだぞ!?」




◆◆◆




 金五級は、今日も減り続け増え続ける冒険者の0.1%の傑物である。

 冒険者の総数は2000万だとか3000万だとか言われている。とはいえそれだけの数を誇る者たちの上澄み中の上澄み、それが金級である。


 以前話したことがあったか。

 金五級と銀一級の中には、実質的な力の差はないとされる者たちが一定数存在する。

 恐らくあのクソ吸血鬼こと紅蓮は「実力的には金級クラス」な階級詐欺者だ。

 勿論、ほとんどの金五級と銀一級の間には隔絶した差が存在するが。……話が逸れた。


 では、両者の違いはなにか。


 言ってしまえば、である。

 彼らは世界に忠誠を誓う。

 地位と名誉を約束され、同時に命を賭けて世界を守る使命を帯びるのだ。


 力と覚悟、矜持を持った者。それが金級冒険者であり、俺とイノリが目指す境地。


 そして目の前のカルラは、そんな金級たちの中でも遥か上位に位置する金二級冒険者。

 『極星世界』ポラリスの守護者の一人に数えられている傑物だそうで。



「300年くらい前は私、結構荒れてたのよ。金級冒険者でもなかったし、各地を放浪する根無し草ってやつね」


 カルラは、エルレンシアとの思い出を語る。


「今となっては黒歴史だけど、辻斬りじみたこともやっててね? 『魔剣世界』って名前に惹かれてふらふら〜っと立ち寄ったのよ」



 知っている。

 記録の中で、幼いエルレンシアはいつもカルラの背を追っていた。

 そのカルラは、魔剣世界の“剣”を相手に、凄惨な高笑いを上げて立合を挑んでいた。

 両者死んでないとはいえ、普通に血飛沫が舞う殺し合い0.1歩手前みたいなことを子供の前でしていたことを、俺は今日、エルレンシアの残滓から聞いた。


「まあ、そこには多分……十年? くらいいたかなあ」


 記録通りなら、正確には二十年ほど滞在している。

 長命種らしいガバガバな時間感覚を披露しながら、カルラは「懐かしいなあ」と目を細めた。


「あの……カルラさん」


 そんな彼女に、ラルフはガチガチに緊張した様子で尋ねる。


「なんで、貴女みたいな人がここに?」


「んー、スカウトかな?」


『スカウト……?』


「そそ! ほら、近々剣闘大会が開かれるでしょ? アレって腕自慢大会ではあるんだけど、の側面もあるんだよね」


 カルラは、「『極星世界』としては見逃せないよね」と真剣な声音で言った。


「有望株をエヴァーグリーンに根こそぎ奪われるわけにはいかないでしょ? そういう将来伸びそうな人材とかに先んじて声かけておこうってわけなのよ」


 これも、一つの戦争の形なのだろうか。


 カルラは語る。

 現在、七つの世界はそれぞれが対等な戦力を保有している……のだと。

 現実として、『始原世界』と『悠久世界』。この二つの世界が一歩先をゆくのが現状である。


「深層大異界を持つゾーラと、ギルド本部を擁するエヴァーグリーン。この二つのは冒険者を抱え込みやすいのよ」


「つまりカルラは、今回の剣闘大会で優秀な人材を根こそぎスカウトしにきたと?」


「正解!」


 俺たちは、揃って顔を見合わせた。


「なあ、カルラ」


「ん? なに?」


 まさかとは思いつつも、俺は恐る恐る聞いてみる。


「剣闘大会やるの、リーエンじゃないぞ?」


「………………………嘘でしょ?」


 こっちの台詞だ、と言いたい。

 目の前で、カルラがブワッと大量の冷や汗をかいた。


「えっ!? なんで!? リーエンじゃないの? だって私が参加した時はリーエンだったわよ!?」


「失礼ですが、カルラさん。貴女が参加したのは何年前の大会ですか?」


 ストラの質問にカルラは慌てつつも記憶を掘り返すように唸った。


「えーっと……確か、七十年くらい前かしら?」


 俺以外のシーナ含めた四人が困惑のため息を漏らし、俺は俺で頭を抱えた。


「「「「ええ……」」」」


「ツッコミどころが多すぎんだろ」


 そら七十年も経っていれば開催地くらい変わっても何も不思議じゃない。というかこの鬼人、七十年前の情報を頼りにスカウトに来てたのかよ……正気の沙汰じゃねえな。


「スカウトするやつがなんでそんな大事なこと調べてないんだよ」


 俺の当然の指摘にカルラは飴色の瞳をぐるぐると回して早口で捲し立てる。


「だって仕方ないじゃない! ここ三十年くらいはずっと修行一辺倒だったし! 外界の情報なんてほとんど入ってこなかったし!! というかどこ!? 会場どこなの!!?」


「落ち着けにじりよるな襟掴むな振るな角あぶねえ!」


 ぐわんぐわんと俺の首を掴んで揺らす鬼人の万力に戦慄する。


「落ち着けカルラ! 大会までまだ時間あるから間に合うって! まだ取り返しつくから!! た、頼むから……首、締まる……!」


 総出でカルラを俺から引き剥がし、なんとか落ち着かせた。


「ごめん、取り乱したわ」


 取り乱してばかりだろうが。


「ポンコツ長命種め……」


「エトくんの声に恨みが籠ってる」


 黄金比の土下座を繰り出す金二級冒険者とかいう割と訳のわからない状況を前に特大のため息をつく。

 とりあえず、カルラに大会の開催地を伝える。


「剣闘大会が開催されるのは北西のムーラベイラだ」


「本国挟んで正反対じゃないのよ! なんで私リーエンにりいるの!?」


「それは俺たちが知りてえよ……」


 初対面の時、居酒屋の時、昨日の夜、そして今日。あまりにも喧しくて愉快な性格である。


「一応まだ二十日くらい猶予はあるから間に合うには間に合うぞ」


 それを聞いて安心したのか、カルラは土下座のまま安堵のため息をついた。


「良かった……上司にドヤされるところだったわ」


 七十年前の記憶を頼りにしてたら大会開催地間違えました、なんて言ったらドヤされるどころじゃ済まないと思うんだが?


冷ややかな視線を送る俺の横で、ラルフが「これが金級……?」と声を震わせた。畏怖ではなく、困惑だった。

 そんな困惑をもたらす金二級冒険者ことカルラは、俺たちが剣闘大会に詳しいことに疑問を覚えたのかはたと顔を上げた。


「ねえ、やけに大会に詳しいけど。もしかしてあんたたちも出るの?」


「ああ。俺とラルフが出場する」


 隠すことでもないので素直に頷いた。

 すると、カルラの飴色の瞳が爛々と輝いた。


「お願い! 私も連れてって!!」


『……はあ』


 からの、間髪入れずに土下座。あまりの清々しさに、俺たちは唖然とした。


「私めちゃくちゃ方向音痴なのよ! 今から一人で移動したら絶対に迷っちゃうから! だからお願い!!」


 ……俺たちが知る金級は、『花冠世界』で世話になったヴァジラと目の前のカルラだけである。

 まあ、何が言いたいのかと言うと……温度差で風邪ひきそう。


「……どうする?」


 俺の控えめな確認に、ラルフは形容し難い表情で頷いた。


「俺は別にいいけど……」


「わたしも特に問題ありません」


「私も、平気」


 続いてストラ、シーナも肯定。

 さて、最後の砦のイノリだが……


「私も特に反対はしないよ」


「……わかった」


 まだ微妙に不機嫌な感じはあるが……それは追々なんとかするとして。

 仲間の許可が取れた俺は、不機嫌なリーダーの代わりに頷いた。


「それじゃカルラ。短い間よろしく」


「ありがとうエルレンシア……!」


「だから俺はエルレンシアじゃねえ」


 呆れる俺の後ろで、ラルフがぼそっと呟く。


「金級ってもっと、威厳があると思ってたんだけどなあ」


 ……俺たちが目指してる場所、これってマジ?

 この道で本当にリステルを救えるのか、そんな一抹の不安を感じずにはいられなかった。



 そんな不安は、すぐに吹き飛ぶことになる。



「……四人」


 急に。

 カルラの放つ気配が変わった。


『!?』


 ほんの一呼吸の間に部屋全体をカルラの闘気が満たした。

 その、凄絶な圧力に俺たちは反射的に呼吸を止めた。


「四人、こっちを監視してるわ……シーナちゃんだっけ? 貴女、狙われてるの?」


「「——」」


 俺とシーナが目を合わせる。少女の瞳に映るのは興味。……興味?


「お前この期に及んで怖がってないのかよ……」


 あまりにも強心臓すぎる、と呆れを通り越して感心に至る俺だった。が、そんなことを言ってる場合ではない。

 俺はだんまりのシーナに変わってカルラに手短に説明する。


「俺が出会った時、ちょうど四人、追手がいた。訳あって匿って、コイツの祖父を探してる」


「なるほどね。相手のことはわかるかしら?」


「シーナが、“きゅうせいのともがら”って言ってた」


 飴色の瞳が僅かに揺れる。


「……そう。厄介な奴らに目をつけられたわね」


 カルラは腰のポーチから小切手を取り出し、ちょっとよく見えないが家が一軒ほど建ちそうな桁の0を書き込み、机に置いた。


「色々迷惑かけちゃったし、これからもかけるからね。助けてあげるわ」


 腰から淀みなく一対の小太刀を抜き放つ。唐紅の闘気が剣身を這い——直感。


「全員、脱出するわよ」


「伏せろっ!!」


 隣のイノリの肩を抱き無理やり地面に伏せさせる——直後、晴天が俺たちの真上に降り注いだ。


 宿の最上階が、


「……冗談だろ」


 呆然とする暇はなく。

 一瞬にして開放感抜群になった俺たちの部屋に4人の黒ローブがシーナを捕らえんと身を踊らせた。


 ——眼前、カルラが立ち塞がる。


「退きなさい」


 一蹴。

 先陣を切った槍使いの女を超速の回し蹴りで遥か後方へ吹き飛ばす。そのあまりの初速に大気がドッと弾ける音が遅れて聞こえた。


 唐紅の闘気が吹き荒れる。


 下方、突如として街中で勃発した戦闘に住民が逃げ惑い、自警団が出動を始めていた。


「カルラ! アンタがここで暴れるのは不味くないか!?」


「問題ないわ! !」


 吹き飛ばされた槍使いの女から一拍遅れて、黒ローブの三人が躊躇いなく各々の獲物を抜く。

 が、その時点でカルラの攻撃は終わっていた。


「邪魔よ」


 ——チン。と納刀の音が響いた瞬間、百の斬撃が空間を席巻し三人の追手を切り刻んだ。

 遅れて、三発の蹴りがそれぞれの鳩尾を抉り槍使いの女同様に吹き飛ばした。


 戦闘時間、5秒にも満たず。


「強え……」


 ラルフの呟きに同意する。


 強い。あまりにも……格が違う。


 『魔剣世界』レゾナで俺はあの槍使いの女と交戦した。一度矛を交えたからわかる。彼女は、決して弱くない。そもそもシャロンになった俺とまともに切り結べている時点で銀級中位以上の実力は疑いようもなく。


 そして、直感が“四人は同格”と告げていた。

 そんな奴らを、カルラは息一つ、髪の毛一本も乱さずに制圧した。


 花吹雪のように舞い散る闘気の残滓の中に凛然と立つカルラの姿に数瞬目を奪われた。

 ——視線が合った。


「それじゃあエトラヴァルト。脱出したいから道案内お願いするわね!」


「……そこはアンタが先導する場面では?」


「方向音痴だから無理に決まってるじゃない!」


「色々台無しだなぁ……!」


 イノリを背負いシーナを横抱きに、ストラを背負うラルフとカルラを先導するように俺は宿からの逃走を図る。


「……あれ!? 無罪放免じゃなかったっけ!?」


 なんで逃げてんだ? と困惑する俺にカルラが遅すぎる追加情報を告げた。


「訳を知ってる相手じゃないと通じないのよ! 上層部に話が行くまで逃げまくるわよ!」


「もっと穏便な解決法をですねえ!?」


 明らかに俺たちを追ってきている自警団の剣幕に表情を引き攣らせながら、俺たちは都市国家リーエンからの逃走——ついでに北西の都市ムーラベイラへの移動を開始した。

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