エピローグ

 ——三日後。

 最後の治療を受けた俺は正式に患者卒業の太鼓判を押された。

 ヴァジラがギルドをせっつき呼び出した(絶対脅迫まがいのことしてると俺たち4人の意見は一致している)、金級専属の治癒師をして「なんで生きてるんだよ」と言わしめる……俺最近こればかり言われてるな。


 ……ともかく。俺が無事完治したことで『悠久世界』へ向かう手筈が整った。


「……ねえ、私ちょっと我儘言っていいかな?」


 そうして、『悠久世界』内のへ向かうかを議論している最中、イノリが手を上げた。


「私、この南東の“都市国家リーエン”に行きたい」


 イノリの要望にストラが少し渋い顔をする。


「南東……剣闘大会が行われるムーラベイラとは随分と離れていますが……」


 都市国家リーエン。エヴァーグリーン南東に位置する国で、異界を所有している。

 冒険者という観点で選ぶなら良択だが、俺たちは目下、剣闘大会への出場を優先目標に設定している。

 とはいえ……


「いいんじゃないか? 剣闘大会自体はまだ一ヶ月以上先だし、飛び入り参加もできるって話だから。それに、なんか理由があるんだろ?」


 イノリは真剣な表情で頷いて、平坦な胸元から一枚の写真の切れ端を取り出し、同時に俺の顔面に拳がめり込んだ。


「エトくん見過ぎ」


「……さーせん」


 割と視線誘導の事故な気がしたが、俺は甘んじて拳を受け入れた。


「この写真なんだけどね……」


 拳を退けた俺は、写真の欠片を見る。

 両手を顔の見えない誰かと繋いだ笑顔の……とても、面影がある少女の写真だった。


「…………これ、もしかしてイノリですか?」


 ストラの言葉に、イノリは首肯する。


「そう。隣の見切れちゃってるのは、兄ぃとおねえ


 間違いないと断言する。


「これ、冒険者の人が異界で拾ったんだって」


 無理言って譲ってもらったんだ、とイノリは付け足した。

 話の流れが見えた。


「つまり、リーエンにその異界があるんだな?」


「うん。この写真……元々は兄ぃが持ってたもののはずなの」


 ——イノリは、生き別れた血の繋がっていない兄弟を探している。これは、広い広い星の中で見つかった、か細い可能性の糸だった。


「わかった。リーエンに行こう。悪い、二人とも。少し付き合ってくれ」


「……ごめんね。私の個人的な願望で付き合わせちゃって」


 俺の頼みとイノリの謝罪に、ラルフとストラ間髪入れずに首を横に振った。


「謝る必要ねえぞ。イノリちゃんの旅の目的なわけだしな」

「はい。わたしが反対する理由はありません」


「……ん、ありがと」


 イノリは写真を大切そうに胸に抱いた。


「……これは希望的観測なんだけどさ」


 俺は、イノリの兄弟に関わる情報を得られた場合の話をする。


「効率よく情報を得るために二人の容姿とか知りたいんだが、なんかないか?」


 俺の確認にイノリは暫し沈黙を選んだ。


「……兄ぃは、すごく綺麗な夜の色の髪。おねえは、長くて艶々の、私と同じ黒髪で……………あ、あと。す、すごく胸がお、大き、……う、うぎぎぎぎ」


「大丈夫か? 後半恨みが見えたぞ?」


「わ、私もうすぐおねえの年齢に追いつくのに……!!」


 20段重ねのパンケーキを「栄養は胸に行くから0カロリー!」と謎理論でペロリと平らげるイノリだが、残念ながらこの半年……俺と出会ってもうすぐ八ヶ月。

 本人は「マクロ単位での成長はある」、「私の成長は指数関数だから」と目を回しているが……一向に成長の気配はない。


「他にはありませんか? 服装……は、変わると思いますが。使う武器やお名前など」


「おねえは戦ってなかったから特に武器とか持ってなかったよ。兄ぃは刀を使ってたかな。凄く凄く錆びついた、ボロボロの刀」


 イノリ曰く、『魔剣世界』のザインが持っていた剣よりもボロボロに錆びついていたらしく、見たら一発でわかるらしい。


「で、名前だよね。おねえは“リンネ”。リンネおねえ


 リンネ——どことなく神秘的な雰囲気のある名前だな、と意味もなく思った。

 そして、兄。


「兄ぃはね、“シン”って名前だよ」


「シンとリンネ……か。情報少ねえなあ」


 イノリは以前ギルドの名簿を全て確認した、と言っていた。つまり、二人に該当する名前と顔写真は無かったということ。つまり、ギルドの情報網はあまり役に立たないことを意味する。


「いや待ってくれ」


 ラルフが「おかしくね?」とツッコミを入れた。


「異界ってギルドが入り口管理してるだろ? その写真、異界内で見つかったって——」


 ……イノリは。すう——と視線をあさっての方向にぶん投げた。


「あ、兄ぃはその……あうとろーなところがあるので」


「「「あうとろー」」」


「自分ルールというか、身内のためなら余裕で法やらを踏み倒すので」


「「「おおう……」」」


 そこまでやんちゃな人間なら耳にしてもおかしくないというか……いや、一応確認しておくか?


「なあイノリ。一応の確認なんだが、二人の種族は人族であってるか?」


「あっ……それはですね」


 途端、敬語になったイノリが視線を今度は一昨日に投げた。

 そしてとても、とても申し訳なさそうに言った。


「わかんない……です」


「「「わかんない!!?!?」」」


 飛び出した爆弾発言に俺たち3人は口を揃えて仰天した。


「ど、どういうことですか!?」


 兄弟なのだから当然同じ人族だろう——というのは先入観だろうと言われたらそれまでではあるが、一般的な認識では種族というものは基本同じだ。異父や異母でなければ。


 ……いや、そういう意味ではイノリは血が繋がっていないためなんでもアリではあるのだが。


「聞いといてよかった……で、わからないっていうのは?」


「兄ぃは見た目人族だけど心臓動いてないし、おねえはなんか……なんかこう、色々超越しているというか、ね?」


 ね? と言われてもわからないんだが。というか、兄、大丈夫なのか? 心臓動いてないってなんだよ兄。


「超越……リンネ、さん? は、具体的にどんな感じなの?」


「ラルフくんが言い寄ろうとしたらタマ潰すとして——


「その前置きいらないよな?」


「めちゃくちゃ美人で、めちゃくちゃ可愛くて、めちゃくちゃ優しくて胸が大きい。完璧。おねえはね、とっても凄いの」


 そう語るイノリは、本当に嬉しそうで、楽しそうで、幸せそうだった。


 ……なんというか。

 イノリが胸の大きさにこだわる理由がわかった気がした。

 彼女にとっての理想は常に姉……リンネなのだろう。だから定期的に「髪伸ばそうかな」と試してみたり、過剰なまでに胸の大きさを気にしたり。

 強い憧れ、家族愛なのだろう。


「じゃあ、なんとしても手がかり見つけないとな!」


 ラルフが力強く言った。

 股間を隠しながら、という情けない絵面でなければかっこよかったかもしれない。


「ラルフ、絵面で台無しですよ」


「男の弱点だから許して……」


 本当に台無しだった。




◆◆◆




 『花冠世界』から『悠久世界』へは、なんと“自動車”なるものがあるらしく。

 馬車とは違ったあまりにも快適な移動手段に俺たちは愕然としていた。


「待遇が良すぎる」


 いつものように商隊の護衛任務を受けて世界間を移動する俺は、殆ど揺れを感じない“トラック”という輸送車両の上部に取り付けられた護衛用の座席に座りながら“銀三級”という肩書きが持つ力の大きさを実感していた。


 隣に座るラルフがのんびりと太陽を眺めながら銀三級の凄さを補足する。(イノリたちは別車両)


「銀三級は上位25%って言われてるからなぁ……そりゃ待遇も良くなるさ」


「上位異界の数に対して冒険者が少なくないか……?」


「それはほら、世界によっては騎士団だったり軍を保有してるだろ? アレの任務に異界踏破があるんだよ」


「なるほどなぁ……」


 一応病み上がりの体。動かないでいいというのは非常にありがたい話だ。

 穏やかな陽気が通年続く『花冠世界』の移動は快適そのもの。こうして揺られているだけで自然と瞼が落ちてくる。


「そういやエト、今日は剣背負ってないんだな」


 普段ならどこへ行くにしても肌身離さず持っている剣を俺が持っていないことが気になったのか、ラルフが俺の背を覗き込むようにして意外そうに言った。


 俺は、少し遠い目をする。


「ああ……ちょっと問題が発生してな」


「問題……?」


 俺は虚空ポケットから剣を取り出し——ミシミシ、と座席が悲鳴を上げた。


「エト。なんか今、すげえ不穏な音が——」


 ラルフの言う通り、俺の座席がギシギシと悲鳴を上げる。

 これ以上は走行に支障をきたすと判断した俺は早々にポケットに剣を仕舞い込んだ。


「この通り……めちゃくちゃ重くなった」


「そうはならねえだろ」


「なったんだよなぁ……」


 俺は、精神世界でアルスの魂の断片と邂逅したこと。そして、そのアルスの断片が恐らく剣に細工をしたのだろう——という推測を話した。


「んなことがあったのか……ちなみに、どれくらい重くなったんだ?」


「どれくらい……体感5倍くらい?」


「はっ……?」


 ラルフの表情が凍りついた。


「なあエト、俺の記憶が正しければその……元々20kgくらいあったって……え、ひゃく……?」


 もう実際のところの重さはわからないが、まあ、真っ当な剣ではなくなってしまった。

 とんでもない重さを感じるにも関わらず、まるで自らの手の延長のようにしっくりくるし、“使える”というかくしんがあった。


「アイツ、とうとう“魔剣”を打ちやがった」


 魂の断片が剣をより一段と昇華させた——我が親友は死んでもなお出鱈目だったらしい。


「む、無茶苦茶だ……」


 ラルフは現実が飲み込めない——と額を抑えて座席にもたれかかった。

 その様子を横目でみる俺は、昔の自分を見ているようで少し懐かしく、そして面白くて、思わずくつくつと喉を鳴らした。





◆◆◆





 ジャラジャラと、鎖の音がする。

 これは、誰を縛る音?


 一冊の本の奥の奥。手の届かない、深い深い記録。


 ジャラジャラと、鎖の音が途切れない。ずっとずっと、途切れない。


 ——ねえ、君は誰?


 多くの者が問いかけた。

 誰一人、答えを得ることはできなかった。


 遠い遠い昔から、鎖の音は響き続ける。



「……君にも聞こえているだろう? 《英雄叙事オラトリオ》」


 深淵を、グレイギゼリアは闇色の瞳で見つめる。淵すら凌駕する暗闇が鎖の行先を見つめ、笑う。


「《英雄叙事オラトリオ》が目覚めた。ようやく、長い長い眠りから舞い戻ったんだ。


 万感の想いを込めるように、グレイは空虚なため息をつく。


「これで盤上の駒が出揃った。必ず僕らが、そこから救い出してあげるよ」


 ——鎖の音は、鳴り続けている。

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