『大輪祭』② 攻略開始

『えーっと……大丈夫ですか? 体調不良だったりします?』


 先ほどの熱狂の渦は何処へ消えたのか。

 イノリの嘔吐で一瞬にして盛り下がった舞台。俺はできることなら他人のフリをしたかった。


「いや、大丈夫だ。コイツが大勢の視線が苦手なだけだから」


『それこの大会じゃ致命傷じゃないですかね……まあ大丈夫ということで進行しますね?』


 コイツらヤバくね? という疑問の目を司会者の女性に向けられる俺たち。観客たちからも「コイツら大丈夫かなあ」に類する視線が突き刺さる。これでは完全に悪目立ちだ。


 俺はそっとストラだけに聞こえるように最低音量で呟く。


「これ、『花冠世界』全土に放送されてるんだよな?」


「はい。イノリのゲロは間違いなく世界に知れ渡りました。おそらく『大輪祭』が終わる頃には〈黒百合〉ならぬ〈ゲロ百合〉なんて蔑称が生まれているかと」


「本当に呼ばれそうな蔑称が身内で候補に上がるの嫌すぎるな」


 俺はラルフ自滅してるアホを放置してプレッシャーで完全にダウンしてしまったイノリの口元を拭いておんぶする。吐瀉物の処理はストラが慣れた手際で行った。


『えー、はい。まあ気を取り直して!参加者の意気込みを聞いていきたいと思います! まずは今大会最年少! 16歳のストラ選手から!』


 流石プロと言うべきか。

 司会の女性はトラブル時の困惑を微塵も感じさせない切り替え力でマイクを握り再度聴衆を煽り立てる。

 指名されたストラは初めて持つマイクをかなりおっかなびっくりの様子で握り込んだ。


「えー、ご紹介に預かりました、ストラです。参加者中唯一の銅一級の若輩ですが、よろしくお願いします」


 毒舌な彼女にしては控えめな猫を被った挨拶にまばらな拍手が返される。


『ストラ選手も緊張気味ですかね? えーとそれではお次はイノリ選手に、といきたいところなんですが……大丈夫そうです?』


「完全に気絶してます。代わりに俺が紹介するのでも?」


『あ、いけます? それではエトラヴァルト選手によるイノリ選手の紹介です!!』


 マイクを受け取った俺はイノリが落ちないように若干前屈みになった。


「えー、コイツの名前は紹介通りイノリです。銀四級冒険者で、これでも俺たちのリーダーです。戦闘じゃブレインとして頼りになるんで……まあ、程々に期待しといてください」


 明らかにストラの時より勢いがないまばらな拍手。下馬評では俺たちが優勝候補筆頭だったらしいが、俺たちに賭けた人たちはすでに後悔しているのではないだろうか。


『紹介ありがとうございました〜! それでは続きまして、エトラヴァルト選手ご本人、意気込みをお願いします!』


「あ、流れで俺? えーとそうですね。こんな感じで始まる前から死にかけですが、ヤバさで言ったら大氾濫スタンピードの時の方が上なんで、大丈夫だと思います」


 俺の強気な発言に少しだけ聴衆の活気が戻った。その勢いを乗せるように俺の手からマイクをぶん取った司会の女が声を張り上げる。


『いいですねー! 強気の言葉を貰っちゃいましたあ! それでは最後、ラルフ選手を……どうします? エトラヴァルト選手お願いできますか?』


「このアホに説明は不要だ」


『——だ、そうです! 気になる人は本番での活躍に期待ということで! まあこの調子じゃ活躍できるかわかりませんが!』


 俺たちの紹介は終わり。続いて別チームの紹介が始まる。

 横に避ける最中にクリスと目が合い、同情の視線を素直に受け取っておいた。

 ちなみに、司会者にすらボロカスに言われたラルフはストラが杖の先でゴミを掃くように容赦なくゴロゴロと転がしていた。




◆◆◆




 その後、ハルファたち含む参加者たちの紹介が終わり、“くじ引き”の時間がやってきた。

 代表者——本来はイノリのはずだったが、ダウンしているのでストラに預けて俺が前に出る。


「災難だね、トラ氏」


 右隣に並んだクリスに微笑みかけられた俺は肩をすくめた。


「まったくだよ。まあ、下馬評じゃ俺たちが筆頭だったらしいし、ちょうどいいハンデじゃないか?」


「ハハッ! 言うじゃないか」


 この大会への参加を打診してきたクリスは、今日を待ち侘びていたと獰猛な戦士の風貌を覗かせる。

 左隣から声。


「本当、言ってくれるぜエトラヴァルト」


 狼人のハルファが灰色の体毛を逆立たせ、犬歯を剥き出しに笑う。


「負けた時、体調不良は言い訳になんねえぞ?」


「当然。あと、あの二人はなんだかんだ立ち直る。そう言う人種だからな」


「はっ! なら遠慮なくぶちのめせるな!」


 喉を鳴らして戦意を顕にするハルファと共にくじ引きの棒を掴む。


「誰がどの入り口になっても恨みっこなしだよ」


「応!」


「後で吠え面かくなよ?」


 それをお前狼人が言うのか? というツッコミを胸にしまいつつ、俺はくじを引き抜いた。




◆◆◆




 結論から言おう。

 最も過酷とされる道に振り分けられた。


「すまんっっっ!」


 俺は潔く土下座した。


「エト様、くじ運ないんですね」


「そう言えばエトくんが運が関わるゲームで勝ったところ見たことないかも」


「人目が減った瞬間いきなり回復したなお前……いやいいことだけど」


 第二都市リガーデは、『庭園』を中心に成長した円形都市だ。そして、この『庭園』は複数の——六つの入場口を有する。

 そのいずれも最下層にある異界主に通じる道であり『大輪祭』の競争が競技として成立するのはこの複数ある入り口のお陰である。


 しかし、全ての道が平等というわけでは当然ない。地形や最奥までの距離、魔物の分布等、広大な異界では当然これらに差異が出る。結果生まれるのが難易度の差だ。


 そして、俺は見事に最もハズレとされる南端入り口のルートを掴み取ってしまったのである。

 が、引いてしまったものは仕方ない。俺は一度謝ったあと、そのまま開き直ることにした。


「まあ逆に言えば、これで勝てたら評判鰻登りだから」


「それもそっか!」


「確かに二人の……あとラルフの目的を考えれば追い風ととらえることもできますね。ちなみにイノリ、本当に大丈夫ですか? 復活に眼を使ったりしてませんよね?」


 ストラの疑いの視線にイノリは元気そうに頷いた。


「大丈夫だよ。ごめんね、迷惑かけちゃって」


「気にすんな。俺たちに大した実害はねえからな」


 多分地獄を見るのはイノリ本人だろう。……慰める準備はしておこうかな。


「……で、勝手に自爆したお前はいつ復活するんだ?」


 イノリが復活したことにより、俺たちの視線は全てラルフに突き刺さった。

 未だにミミズのように地を這うラルフの姿に「早く起きねえと増えるファンもいなくなるぞー」と脅しをかけてみるも、ビクンと大きく跳ねるだけである。


「シャロンになってまで対策したってのに……」


「あまりにも女性に対して免疫がないせいで妄想だけで瀕死に追い込まれるとは……」


「ラルフくんの中で私たちの扱いってどうなってるんだろうね」


「事と次第によっては魔法の実験台にする必要がありそうですね」


「やめてやれ」


 開始十分前になっても一向に再起する気配のないラルフ。

 俺はを取る決意を固めた。


「……イノリ。三分寝る」


「エトくん? 急に何を……」


 俺は一瞬で寝落ちした。



 ◆◆◆



 きっかり三分後、エトは宣言通りに目を覚ました。


「あ、起きた」


「エト様、今の睡眠は……」


 二人に軽く頷いたエトは、そっとラルフの耳に口を寄せ、何事かつぶやいた。


 ——直後。


「うぉおおおおおおおおおおおお!!」


 ものすごい覇気を漲らせてラルフが復活した。


「うわっ!?」

「急になんですか!?」


「俺は! やるぞ! やってやるぞ!!」


 途端にやる気全開になったラルフにイノリとストラが露骨に困惑した。回復はめでたいが、あまりにも唐突すぎて感情が追いついていなかった。


 それは中継を見る観客たちも同じで、「あ、起きた」「いきなり起きたぞ」「なんで急に……?」「エト×ラル……!?」と困惑の色を見せていた。


『おおっと、ラルフ選手突然の復活だー! エトラヴァルト選手が何やら耳打ちをしていたようですが……!? とにかく役者がここに揃ったぞ〜〜!』


 盛り上がるメイン会場の様子など、当の本人が知るはずもなく。


「エト!!」


「応」


「俺に任せとけ!!」


「期待してるぞー」


 一人、かつてないやる気に満ち溢れていた。


 ——そうして開始一分前のカウントダウンが始まる。


 先頭にラルフ、中衛にイノリ、後衛にストラを背負ったエトラヴァルトという布陣を敷き、四人は開幕を待ち侘びる。


「エトくん、寝たのってシャロンちゃんと話すため?」


「ああ。シャロンとエルレンシアに発破かける方法聞いてきてな……」


 エトは「できることなら仲間内で解決したかったけどな」と苦い顔で呟いた。それは、自身のコミュニケーション力の低さを恨む表情だった。


「ちなみに、何をおっしゃったんですか?」


「このパーティー名で活躍すれば、お前は異名持ちの俺を従えてるってことになる。お前も〈異名〉貰えるかもな、って」


「ああ、物欲で釣ったんだね」


 エトが取った手法は、目的意識のすり替えだ。ラルフの『モテたい』という意識を一時的に『俺も異名欲しい!』というものに切り替えさせたのである。


「俺とイノリへの対抗心はずっとあったからな。利用した。自分で思いつきたかったよ」


 ——残り、五秒。


「——行くぞお前らぁ!」


「「「応〜!」」」


 土壇場ではあるが復活したラルフ。

 完全体となったエトたちは、『狂花騒樹の庭園』に踏み込んだ。


『突入開始だぁ〜〜〜〜〜〜!!』


「ラルフと愉快な仲間たち、行くぞ!!」


「ホントふざけた名前だな畜生!」

「何そのふざけた名前!?」

「本当にふざけた名前ですね!!」


 騒がしさと共に、『大輪祭』のメインイベントが幕を開けた。




◆◆◆




 開幕直後、頭角を表したのはハルファ率いる“天狼巨人”だった。

 余談だが、このパーティー名にグロンゾが「俺の“人”要素ヴィトウに吸収されてるじゃねえか!」と愚痴った。


 そんなグロンゾとハルファを肩に乗せたヴィトウが異界の木々を薙ぎ倒し、魔物たちを一顧だにせず爆進する。


「良いぞヴィトウ! 行けるところまで行っちまえ!」


「うん! 二人とも、振り落とされないように捕まってて! チカも付いてきて!」


「わかってるわよ!」


 天使のチカが2M背後を飛行しながらヴィトウの全身に保護目的の薄い物理障壁を貼る。

 これにより、彼らから会敵という概念が消え失せる。浅層の危険度の低い魔物たちを蹴散らし、踏み潰しながら巨人が異界を制圧してゆく。



『な、な、なんだあれは〜〜〜〜〜!? ヴィトウ選手、異界の木々をバッタバッタと薙ぎ倒し! 魔物を寄せ付けることなく、止まることなく進んでいきます!!』


 異界内部の様子は、『電脳世界』アラハバキの開発した異界の内と外を繋ぐ通信技術を有する小型飛行ユニットドローンを通じて『花冠世界』中のモニターに映し出される。

 激進する巨人の威容に、観客たちは大いに盛り上がる。


 だが、それだけでは終わらない。


 巨大なメインモニターが切り替わり、青髪の人族クリスが率いる“水平線”が映し出される。


『こちらも負けてはいないぞ! クリス選手、華麗な魔剣捌きで魔物たちを次々に両断していく! リンクス選手、フェイ選手もそれに続く続く!!』


 クリスが持つ魔剣、『微睡水天マドロミスイテン』。

 魔力を込めることで純水を発生させ剣身を伸ばす、ただそれだけのシンプルな魔剣。魔剣そのものに強力な威力はないが、魔剣と長年連れ添ったクリスは魔力の量を自在にコントロールし、剣身をミリ単位で調整することができる。


 それによって繰り出される魔物の急所を的確に切り裂く正確無比な長射程斬撃。

 渦巻く水の斬撃はエトの“円環”を彷彿とさせる絶対的な守護領域にして確殺圏だ。


「リンクス、フェイ!今日中に下見していたセーフポイントまで到着だ、急ぎで行くよ!」


「はいはーい!」


「まったく、老骨にはもっと優しくせい!」


 クリスが切り開いた道を猫人のリンクスとドワーフのフェイが進み、前衛が切り替わる。

 三人全員が近接先頭主体という、ストラ加入以前のエトラヴァルトたちと同じ構成の三人は、全員が相応の突破力を持つ。


 入れ替わり立ち替わり、速度を落とさず進撃できる強みを存分に活かした攻略に歓声が沸いた。


 再び画面が切り替わる。そこには、実況解説も兼任する女司会者すら驚く光景が広がっていた。


『これは……!?』


 画面を埋め尽くす青炎が吹き荒れる。

 一帯のバーバリアンとモクジンを消し炭にした火力の中心でラルフが笑う。


「ハッハッハ! ガンガン行くぜぇええええええ!!」


「ラルフくん飛ばしすぎじゃないかな!?」


「完全にハイになってますね!」


「焚き付けすぎたか……!」


 攻略ペースとしては限りなく順調だが明らかにオーバーペースな火力にエトたち三人に「やばい」という感情が生まれる。が、そんなことを観客たちが知るはずもなく。


『すごい、凄いぞラルフ選手! 危険度5であろうと関係ない! 立ち塞がるもの全てを燃やし尽くして爆進しています! 下馬評ダントツトップの実力は本物だ〜〜〜〜!!』


「すげえぜ今年の『大輪祭』は!」「どいつもこいつも負けてねえ!」「どうなっちまうんだ!?」「目を離せねえよ!」


『か〜〜〜〜〜っ! 意欲剥き出しで戦う冒険者たちの顔堪んねえ〜〜〜〜!!』


 実況解説を放棄した女司会者のオタク発言に同調するように歓声が爆発した。

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