ギャンブラー

 その赤子は大雨のある日、辺境の村の木の木陰に、バスケットと共に捨てられていた。

 両親は不明。名もわからなかったその赤子は“エトラヴァルト”と名付けられた。


 エトは聡明な子供で、幼くして、自分には両親と呼べるつがいの男女がいないことを理解した。

 それでも彼が真っ直ぐ育ったのは、村の全員から愛情を受け、“村の子供”として育てられてきたからだろう。

 そうして育ったエトラヴァルトは、村に恩を返すべく、“騎士”を志した。


「騎士になれば定年まで給料安定するし、村のみんなに良い額仕送りできるから」


 そう言ったエトは王立学園に特待生で入学し、教師たちが目を覆いたくなるような問題児へと成長した。




◆◆◆




 ——王立学園。

 リステルが運営する、王城の膝下に存在する全寮制かつ四年制の学園である。

 個人塾のような小規模な学習環境は地方にも散見されるが、明確な指導方針——つまり、「世界を背負う人材」を育て排出するという目標を掲げるのはこの王立学園ただ一つだ。


 そんな学園に今年、有望な人材が入学した。

 座学の成績こそ芳しくないが、入学前の身体能力測定において体格以外の要素で全種目ぶっちぎりの一位を獲得した男子生徒が居たのだ。


 学園は千年に一人の逸材だ、と大変盛り上がった。が、蓋を開けてみれば——




◆◆◆




「入学時から四ヶ月。授業は実技も座学も全部欠席。4年間で規定単位を満たせば卒業可能という学園の規則を悪用しての一点賭け……とんだギャンブラーだね、エト」


「……それ以外、俺が騎士になれる道なんてねえからな」


 全く悪びれた様子のないエトにアルスが苦笑した。


「魔力も闘気もない俺が騎士になるには、1


 実力で全てをねじ伏せて、学園一位の特権である騎士団からの推薦を獲得する。それがエトの目的であり、そのためならば周囲にどう思われようと構わない——そういうスタンスだった。


 そんな変わり者の鍛錬に付き合う物好き筆頭のアルスは、先日発表された期末試験の結果を掘り返した。


「入学時成績一位が期末試験ではそもそもランク外——未受験なんて前代未聞だよ?」


「自覚はある。で? その前代未聞の問題児に、学年一位……どころかのお前はなんで協力してくれてるんだ?」


 アルス。歳は14で、エトと同じ一年生。

 姓はなく、平民出身の一般受験枠の合格者。座学、身体能力測定共に平均よりやや上程度だったこの少女が頭角を現したのは、中間試験の時。


 魔法実技で歴代最高点——ではなく測定不能を叩き出し、そのままの勢いで『序列戦』を駆け上り入学から僅か三ヶ月で学園の頂点に登り詰めたのだ。


 片や頂点、片や底辺。

 側から見れば、なぜ共にいるのか大きな疑問だろう。

 こうしてタイマンで特訓するようになってから一ヶ月。

 エト自身、「コイツなんで俺に構ってるんだ?」と疑問を持っていた。


 そんなエトの思考を見透かすように、アルスが妖艶に笑う。


「前にも言っただろう? 僕の魂が君に惹かれたんだよ」


「それがわからねえんだよな……ま、俺は助かってるからいいけどさ。始めてくれ」


「それじゃ、殺す気で行くよ!」


 妖しい笑みから一転。心底から戦いを楽しむ子供のような笑顔を浮かべたアルスの猛攻がエトを襲う。


 空中を舞う十本の剣にエトの顔が引き攣った。


「待て待て待て待て! 昨日まで八本だったよなあ!?」


 一本一本が意思持つ生き物のように多角的にエトを責め立てる。

 対するエトはたった一本の剣と身軽な体捌きで剣をいなし、ひたすらに逃げ回った。


「あの後できるようになったんだよね!」


「九本目を飛ばすなよ! 階段を飛ばして登ると危ないってお母さんに習わなかったのか!?」


「生憎うちは平屋だったからね! ほらほら! 逃げてばっかりだといつまで経っても僕に一撃与えられないよ!」


 アルスが右手に持つ杖剣が振るわれる度、宙空を舞い踊る剣たちがテンポを変えてエトラヴァルトへと襲いかかる。

 全方位多角的に、斬撃、刺突、打撃。

 緩急とブラフすら用いて変幻自在の攻撃を叩き込む。


「マジで、死ぬ——ヤバすぎるコレ!」

  


 ひぃひぃ悲鳴を上げながら逃げ回るエト。その無様を煽るアルス。展開としては毎日アルスの一方的な蹂躙劇だが、少女はエトの足掻きを見るのが好きだった。

 毎日、日に日に対応力を上げていく。目に見えて成長し続けるエトをこうして間近の特等席で見る——これは、本人にも言っていないアルスだけの楽しみだ。


「——ヤベッ!」


 逃げ回っていたエトが木の根に足を取られ派手に転倒し、背中から幹に激突して停止。エトの全身の形を取るように飛来した剣たちが周囲に突き刺さった。

 エトは上下逆さまのまま降参を宣言する。


「——今日も俺の負けだ」


「うん。今日も僕の勝ちだね」


 アルスが指を一つ鳴らすと、剣は風に吹かれた霧のようにあっさりと消えてなくなった。


「クソッ……。次は絶対、一本取ってやる」


「期待してるよ、親友。四年の最後までに、僕を倒してみせてよ」


 特権行使が可能な学園一位と、特権の獲得を目指す学園の底辺。これが、この二人の日常だった。




◆◆◆




 何度も戦い続けて、時刻は夕方。

 今日も今日とて演習用の服をボロボロにしたエトと、土埃ひとつついていないアルスという綺麗な対比を生みながら、二人は学生寮の方へと歩く。


「この後君はどうするんだい? 寮は家賃未払いで追い出されたって……ああ、それで会長室に転がり込んだんだったね」


 親友の突飛な行動に頭を抱えるアルス。

 現学園二位兼学生会長のミゼリィがなぜそんな暴挙を許したのか、『序列戦』で対面した時の彼女から漂う厳格な雰囲気を知るアルスには想像もできなかった。


「会長さんを説き伏せるなんて、一体どんな手を使ったんだい?」


「特別なことは何もしてないぞ? ただ朝夕飯作って一緒に食べてるだけだ。あと、基本的な部屋の片付けとか」


 さも当然のように「会長、ああ見えてズボラで生活力皆無みたいで。週末実家に帰る時以外栄養管理する感じでさ?」なんてのたまうエトに、アルスは本格的に頭を抱えた。


「すっかりたらし込まれてるじゃないか会長さん……!」


「人聞きの悪いことを言うな。交換条件だよ、対等な関係だって」


 そんなわけあるかこのアホタレ鈍チンめ、と思いきり面と向かって罵倒したい衝動に駆られるアルスだった。

 が、そもそも15年間辺境の村暮らしで恋愛なんかとは全くの無縁だったこの男にその辺の機微がわかるわけもないかと勝手に納得して怒りを収めた。


「……参考までに、親友。今度私にも朝ごはん作ってくれないかい?」


「いいぞ? なんならこの後夕飯一緒に食うか?」


「……」


 こいつ本当に自覚ないんだな、と呆れを通り越し、天然記念物を見るような目でアルスはエトを見た。


「いや、今日は遠慮しておくよ。次の休日でもいいかい?」


「わかった。それじゃリクエスト受け付けるから何か考えといてくれ。また明日な、アルス」


「ああ。またね、親友」


 この三日後から、会長室に入り浸るアルスの姿が散見されるようになる。




◆◆◆




 エトラヴァルトには周囲を巻き込む才能があった。

 ミゼリィ、アルスを筆頭に、男女問わず、気づけば彼を中心に騒動の輪が生まれるのだ。


 そう。本人は将来的に「悪友どもの手綱を〜」なんて言っているが、そもそもの大前提として。

 王立学園が過去未来において二度とないくらい騒がしい4年間を送ったのは、間違いなくエトラヴァルトが根本の原因だったのだ。


 座学、実技をサボり、試験にすら顔を出さず。しかし、毎日ボロボロになるまで、誰もが認めざるを得なくなるだけの鍛錬を繰り返す。

 アルスという絶対的な一位を打倒する。そのためにできることはなんでもやる——それがエトラヴァルトの全てだった。




 そんな彼が、今に至る原点に辿り着いた日がある。




「おいエト。お前、なぜ“剣”に拘っている?」


 それは、エトが二年生に進級したある日のこと。ミゼリィの卒業後、会長室の椅子に座る新たな学生会長である、ガルシアがそんなことを問うた。


「拘るもなにも……ずっと使ってきたからなあ」


 幼いから木剣を振り続けてきたエトの頭に、それ以外の選択肢はほぼなかった。


「なんでそんなこと聞くんだ?」


「僕も気になりますね、王子」


 当たり前のように会長室に入り浸るエトとアルスに、ガルシアは逆立つ金髪をガシガシと引っ掻き「あ〜」と唸って言葉を探した。


「テメェの馬鹿力なら、剣以外を使ったほうがいいんじゃねえかって思ったんだよ」


「「ああ、そういうこと」」


 言葉の意図を理解した二人だったが、同時に困ったように眉を顰めた。

 その様子にガルシアが片眉を上げる。


「どうした?」


「いやあ、なんというかさ。それはもう試したんだよな」


「エトにはどうも、剣以外の才能はこれっぽっちもないらしくてね……」


「ふふ。あの時は迷走して、メリケンサックなんかも持ち出していましたね」


 優雅に紅茶を飲みながらミゼリィが上品に笑った。

 その姿にガルシアがジト目を送る。


「なんでオメェがここにいるんだミゼリィ。騎士としての職務はどうした」


「校内巡回も立派な職務ですよ?」


「ああダメだ。すっかりエトに悪影響を受けてる……」


 卒業し、騎士団に就職したにも関わらず、ミゼリィは定期的にこうして茶を飲みに来ている。

 そんなミゼリィの不真面目な態度は今更で、この会話もすっかり定型文となっていた。

 ガルシアはため息を一つ、会話を元の軸に戻した。


「まあ、アルスがいてその辺試さねえわけねえか……けどなあ。勿体ねえなあ」


 ガルシアはエトの潜在能力を高く評価している。

 彼は魔力と闘気を持たないという欠点こそあるが、戦闘センスと基礎体力は抜群に良い。ただ問題なのは、“普通の型”ではその能力が死んでしまう恐れがある、という点だ。


 どうにかして能力を昇華させなくてはならない。それは、エトが将来的にアルスに勝つために必要なものだった。


「「「「う〜〜〜〜ん」」」」


 四人揃って首を捻る。なお、今はガッツリ授業時間中兼職務時間中なので、ここにいる全員、文句のつけようがないサボりである。


「えいっ」


 どんよりとした空気の会長室に、ミゼリィの折った紙滑空機が飛んだ。

 スーーーッ、と割と長い時間滞空した紙滑空機は、最終的に「サクッ」と音を立ててガルシアの金髪ツンツン頭に着陸した。


 ——バチッ! と音を立てて雷電が閃き、紙滑空機は無惨にも黒焦げになった。


「会長、それ自作?」


「そうですよ。羽の部分を少し弄って、飛距離を伸ばしてみました」


 もう一度「えいっ」と二機目の紙滑空機が空中を滑り、部屋の端に置かれたゴミ箱に見事に吸い込まれていった。

 その様子を見たガルシアが、ポツリと一言。


「剣の形を変えてみるのはどうだ?」


「「「……………………あっ!」」」


 全員、目から鱗だった。

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