計画は破綻してなんぼ
「いやー、自分の懐が痛まない飯って最高だな!」
「だねー! 腹十二分目くらいまで食べられるの久しぶり!」
「お前らアホほど食いやがって……!」
馬鹿騒ぎと制裁の後。
俺たちはギルドで換金を済ませ、俺たちを出汁に賭けで荒稼ぎしたラルフの奢りで冒険者御用達の食堂で晩飯を貪っていた。
湖畔世界はその名から容易に想像できるように淡水魚が名産であり、この食堂も例に漏れず様々な魚料理を提供していた。
「無駄遣いは良くないけどさ、この世界を出るまでにここの店の料理制覇したくない?」
俺の呟きに、“エビモドキガニ”の尻尾を口からはみ出させながらイノリが頷いた。
「美味しいから有り! ってことで……」
目配せをし、二人揃って頷いた。
「「今日中にできる限り網羅するぞ!!」」
「お前らちょっとは加減しろやぁ!!」
ラルフの悲痛な叫びをおかずに、俺たちは新たに運ばれてきた料理にウキウキで舌鼓を打った。
◆◆◆
その後、ラルフの案内で安い宿屋へ案内してもらうことに。
先頭を歩くラルフは、すっかり軽くなった財布を見ては情けない泣き声を上げている。
「賭け金全部持ってかれた……お前らどんだけ食ったんだ」
「久々に腹一杯食った!」
「超美味しかった! ご馳走様!」
「良かったなクソが!!」
ラルフの赤髪は鎮火したようにしなだれ、黄金色の瞳は飛んでいった金の分だけ濁ってしまった。
それでもきっちり払ってくれたり宿を教えてくれたりするあたり、コイツは相当いいやつなんだなあ、と俺たちの中で彼の評価はかなり上がっていた。餌付けと言われたら否定できない。
「というか、ラルフも今日『湖畔世界』に来たばかりだよな? なんでこんなに詳しいんだ?」
食堂、宿の場所、避けるべき店などなど、ラルフの持つ情報は相当なものだった。
俺の疑問に、ラルフは「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな表情をした。
「なんでってお前。次行く世界の下調べは冒険者の基本だろ?」
「「………………」」
俺とイノリは揃って目を逸らした。
そんな俺たちを見て、ラルフは愕然と呟く。
「おまっ……お前らまさか!? 行き当たりばったりで動いてんのか!?」
俺は舌を出してすっとぼけた。
「目につく異界片っ端から踏破すれば良いかなって」
イノリは苦し紛れに乾いた笑いを浮かべた。
「ワクワク感って大事かなって」
「ま、まさかとは思うが。お前ら、変異個体の情報は前もって調べてたんだよな?」
「「いや、なんか行けるかなって思って」」
無軌道無計画を地で行く俺たち二人の息のあった回答に、ラルフは膝をつき崩れ落ちた。
「お、おおっ……おっ、俺のモテモテハーレム計画が。こ、こんな奴らに阻まれていたなんて……おおおっ、うぐおっ、おおおおおおおおん!!」
「ガチ泣きしてる……」
「なにその計画……」
船酔いでダウンしていた計画を知らないイノリから「カスを見る目」で蔑まれたラルフは満更でもなさそうな顔をして存外早く立ち直った。
「まあ計画に修正はつきものだな! さ、宿着いたぞ!」
案内された宿は、石の壁と瓦屋根の質素な外観の平屋。風を凌ぐための塀を潜り、玄関口に入ると右手側には地下へと続く階段があった。
「一階が受付で、部屋は全部地下なんだ。水害の危険とか諸々あって、安全面が不十分ってことで相場より安いんだよ」
「いいのか? そんなこと言って。受付の人めちゃくちゃ耳すましてるけど」
「ここは安さ売りにしてるから、まあ多少は平気だろ」
楽観的に「部屋とってくる〜!」と受付に近寄り、好みの女性だったのか即座にナンパに移行した。
「部屋を一つ。俺とアンタの分を頼むよ(キランッ)」
「二部屋ですね、畏まりました。朝食はどうなさいますか?」
「必要ないよ。けど、小腹が空いていてね。夜食をお願いしたいな」
「外に出て右手側に売店がございますのでそちらをどうぞ。こちら、部屋の鍵となっております。清算は翌朝です。ごゆっくりお過ごしください」
お手本のようにあしらわれ、二部屋ぶんの鍵を入手したラルフは堂々と戻ってきて、静かに涙を流した。
「ラルフくん、キモいね」
「ゴバアッ!?」
そこに容赦ないイノリの追い討ちが突き刺さり、ラルフは血を吐いて崩れ落ち床で痙攣した。
伏したラルフの手から鍵を一個もぎ取ったイノリは、いい笑顔で俺を振り向いた。
「じゃ、行こっか!」
「容赦がなさすぎる」
地下への階段と廊下は、秘密基地の探検みたいでとてもわくわくした。
◆◆◆
一人、玄関前に残されたラルフは去っていくエトとイノリの背中を見て一言。
「……いや、同じ部屋で寝るんかい」
また一つ、エトへの憎しみを募らせたラルフだった。
◆◆◆
——翌日。
『湖畔世界』フォーラルの冒険者ギルドは早朝から異様な騒がしさと緊張感に包まれていた。
精霊の加護が施された装備の貸し出しは一時的に中止。更に、異界への立ち入りすら、派遣された銀三級以上の冒険者たちによって厳しく制限されている。
ギルド内を職員たちが慌ただしく駆け回る。皆一様に疲労と緊張、焦燥を表情に浮かべていた。
今日も今日とて異界に潜るべくギルドにやってきた俺、イノリ、ラルフの三人は、その尋常ではない雰囲気に当てられ無意識に表情を引き締めた。
近く。
俺たちと同様に切迫するギルド内で所在なさげに壁に背を預ける同業に声をかけた。
「アンタ、なにがあったか知ってるか?」
「お、有望株揃い踏みじゃねえか!」
「良かったなラルフ、お前ちゃんと有名になってるぞ」
「これであの下世話な計画も一歩前進だね!」
「お前らに言われても嬉しくねえよ!!」
身内でネタに走った俺たちを温かい目で見守っていた同業の男は、ひと段落ついたところで俺の問いに答えてくれた。
「何があったか、だったっけか。悪いな。実のところ俺もよくわかってねえんだ」
「そうなのか……」
「ああでも、職員の話はちらっと聞こえたぜ。なんでも数日前から周辺世界の“銀一〜三級”の冒険者を呼び集めていたらしい」
「銀一級を!?」
男の話に、ラルフがいの一番に食いついた。
その驚き方は尋常ではないのだが、その辺の情報を全く仕入れていない俺とイノリにとって“銀一級”と言うとあのお節介吸血鬼こと紅蓮なわけで。
いまいちその凄さが実感できていなかった。……いや、紅蓮も間違いなく強いのは肌で感じているんだけど。
「銀一級の招集ってそんなに大事なのか?」
「あったり前だろ! 銀一級ってのは実質的に“冒険者”の最上位だぜ!? 金級に上がると結構政治的なしがらみが増えるってことでわざと銀に止まってるやつもいるくらいだ!」
情報通なラルフの熱弁に、俺とイノリは「ほへー」と感心して頷いた。
(あの吸血鬼、そんなに凄かったのか)
(凄い人って案外身近にいるんだねー)
「ったくお前らは。もっと情報に敏感になれよ!」
俺たちの危機感の無さに呆れたラルフは、「いいか?」といつになく真剣な表情で俺たちにグイと顔を近づけた。
「銀一級への昇級条件には“
ラルフは異界の方を向き、ビシッと人差し指を前に突き出した。
「あの異界には現状、最低でも銀二級への応援が必要なほどの重大事変が起きてるってことなんだよ!!」
「異変ねえ……」
なんだか心当たりがありすぎて、俺とイノリは揃って顔を見合わせた。
「そういや、昨日3、4回危険度4と遭遇したっけ」
「スカルフィッシュも大量にいたね!」
「神殿から離れてるのに防人もいたし」
「六鳴クラゲとかも本来は低層に出ないって聞いてたのにね」
「ケルピーもしつこく追ってきたしなあ……」
昨日の苦労を思い出した俺たちは大きく肩を落とし——
「「めちゃくちゃ大異変じゃねえか!!!!」」
ラルフと同業の男に鬼気迫るツッコミを受けた。
◆◆◆
冒険者ギルド・フォーラル支部・会議室。
招集を受け集った30名を超える銀一〜三級の冒険者たちが円卓の会議室に腰掛ける中。
新人冒険者である俺とイノリはとてつもなく悪目立ちしていた。
「俺らクソ場違いでは?」
「私はギリ銀だからいいけど……」
「おいやめろ、俺の懐を覗くな。銅の登録証を冷めた目で見るんじゃない」
「というか、紅蓮さんいないね」
「逃げやがったなあの吸血鬼」
「——皆、待たせたな」
緊張を誤魔化すように二人でコソコソと小声で話していると、会議室の扉を開き、2mはあるであろう逞しい体躯の男が入室した。
背後には二人のギルド職員が続き、扉が締め切られた。
室内に緊張が走り、男の纏う覇気に自然と俺たちは口を閉ざす。
「これより、鏡の凍神殿で現在発生している異変調査の事前会議を始める」
体躯に似合う厳かで芯のある声から会議が始まった。
◆◆◆
「今回の会議、及び調査の指揮はこの俺、グルートが努める。よろしく頼むぞ」
銀一級冒険者、グルート。
冒険者歴七年のベテランであり、二年前に銀一級に昇格。以降、複数の
そんなグルートが指揮を取ることに異を唱える者はこの場には一人もいなかった。
「では、職員。現在の状況説明を頼む」
グルートからバトンを受けた職員のうち一人が紙の資料を回し、もう一人は会議室中央に
「これはフォーラル支部が独自に作り上げた、『鏡の凍神殿』の立体地図です」
職員は手元にある
「現在、『鏡の凍神殿』内部では魔物の出現が大きく乱れています。確認されている限り、第一層でケルピー、ギガフロッグ、フィドークラブ、六鳴クラゲ、シーサーペント、神殿の防人の出現を確認。また、マーマンの集団、スカルフィッシュの大群も観測されています」
まさに異変のオンパレードだった。
ケルピー、ギガフロッグ、フィドークラブは危険度4に相当する魔物であり、いかな
また、六鳴クラゲ、シーサーペントは危険度こそ3相当な魔物だが、『鏡の凍神殿』ではこれまで中層以上の領域でのみ観測・討伐が成されている個体だ。
極めつけ、危険度3であるマーマンの
これらは複数の冒険者により複数回に渡って観測されており、この一週間で8度の完全討伐が確認済みだ。
明らかに、集団の出現頻度が
「……
一人の冒険者が呟いた単語に、一瞬、会議室が浮き足立った。が、「失言だった」と腰を落ち着け直した発言主に促され、再び会議は進行する。
「この事態を受け、フォーラル支部では一週間前より周辺世界に滞在中の銀三級以上の冒険者……つまり貴方様たちに招集を要請しました。重ねて、招集に応えていただいたことに感謝します」
深々と、ギルド職員2名が頭を下げた。
「——というわけだ。状況は、各人の予想以上に逼迫している」
目尻に涙を浮かべる職員を下げ、グルートが円卓に両手をついた。
「猶予はなく、今から斥候を送る余裕はない。ゆえに、今回はこの異変を実際に体感し、生存した二名の冒険者に来てもらった」
グルートの優しくも鋭い眼光が、対面に座る男女一組の冒険者を穿った。
「皆も知っていることだろう。つい先日、小世界アルダートで
瞬間、60個を超える猛者たちの眼球が一度にエトとイノリを捉え、その価値を見定めるように二人の姿勢、所作、視線……あらゆる情報を精査する。
自分を構成するありとあらゆる情報を抜き取られるような錯覚に、イノリは「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らした。
「皆、そう脅かすな。——二人とも、所感で構わない。異界で感じたことを……どんな些細なことでもいい。我々に教えてほしい」
グルートの真摯な請願にエトが頷いた。
「イノリ、話せるか?」
「こ、こここんなに沢山のひっ人の前で話すのはっ、は、はは、初めて、なのののので——」
「わかった。——すみません。うちのリーダーが完全にのぼせちゃったんで、僕から話させて貰います」
場慣れ、或いは緊張への慣れか。
こういった
「これはただの直感なんですが……今の『鏡の凍神殿』には、
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