vs異界主

「開幕速攻で決める!!」


 ブラッディ・ガーゴイルの動き出しから間も無く、俺は赤土の床を蹴って加速。

 最大の遠心力を伴いエストックをガーゴイルの脳天目掛けて振り抜いた。


 対するガーゴイルは、盾のような翼でこれを迎撃。甲高い衝突音が鳴り響き、接触線で甚だしい火花が散った。


「クソ硬え!」


「援護するよ!」


 俺の背後から、イノリの魔法による追撃が敢行される。


「『炎よ、集いて穿て』!」


 基礎的な炎属性魔法。

 貫通力を伴った炎の槍は、しかし、ガーゴイルの堅い盾によって防がれた。

 翼盾の奥で、ガーゴイルの目が光った。


「エトくん、来るよ!」


「!?」


 ガーゴイルが動く。


『ギィイイイイイイイイ!!』


 耳障りな金切り声を上げ、異様に発達した右腕の四本の鉤爪が俺の胴体目掛けて突き込まれた。

 俺は飛び退きながら、左腕の小盾で爪をいなした。が、重い。


「痺れるねえ……!」


 しっかり受け流したにも関わらず骨に響く一撃の重さ、危険度4の脅威ポテンシャルを再認識する。


「まずは盾を崩す! イノリは魔法で牽制よろしく!」


「りょーかい!」


 最下層の中央。

 円形の舞台の上で俺のエストックとガーゴイルの爪が火花を散らす。

 膂力と手数はほぼ互角。だが、防御力の差は歴然だった。


「いやマジで! 硬すぎるって!」


 とにかく硬い。

 身体の構造上、あらゆる生物は関節部が弱点になる。そこを硬質な物体で覆ってしまうと動けなくなってしまうため、どれだけ防御を固めても必然的に関節は周りと比べて防御が薄くなる。


 だが、ガーゴイルは前提として「全身が石造り」の魔物だ。魔石を核に異界から魔力を供給され、魔力を動力にその体を動かす。

 ゆえに、ガーゴイルに弱点らしい弱点は存在しない。


「関節も硬いのマジで反則だろ!」


「爆弾とか用意すべきだったかもね!」


「俺たちにそんな金はねえ!」


 序盤防御に使われた翼盾はイノリが魔法で抑えてくれている。だからあとは俺が防御をぶち抜くだけなんだが……


「すまんイノリ! なんか武器の威力底上げできる魔法ない!?」


「無理! 私まだ冒険者歴一ヶ月だもん!」


「なら仕方ねえな畜生! せめてちょっとでも柔らかくなれば……!」


 イノリの目算であれば、俺の膂力と技術ならを突破できる筈だった。


 しかし、待ち構えていたのは危険度4のブラッディ・ガーゴイル。上位の個体である。

 たった一つ、されどその一つの個体の差が互いに手詰まりになるこの状況を生み出していた。


 ガーゴイルは膂力と防御力こそ高水準だが、素早さ自体は然程でもない。一撃喰らえば大損害は免れないが、その一撃が遠い。


 逆に、俺には攻撃を当てるだけの速度と技術はあるが、防御をぶち抜くだけの火力が足りない。


 この状況、優勢はガーゴイルだ。

 俺たちには体力、イノリには魔力の限界もある。しかし、ガーゴイルは核がある限り異界から無限に魔力が供給される。

 どうにかして、奴の防御を崩さなければならない。


「エトくん! ガーゴイルについて知ってることは!?」


 苦心する俺に、断続的に炎の槍をガーゴイルへ飛ばすイノリが問いかけてきた。


「ちょっと待ってくれ!」


 横薙ぎに振るわれた右爪の甲に対してに対してエストックを垂直に突き出し、弾く。

 生まれた反発力を利用して距離を取った俺は、脳内の知識の箪笥を片っ端から引っ張り出した。


「全身石造り! 翼が硬くて盾にもなる! 主な攻撃手段は爪と牙と翼! 個体によっては飛べ……ヤッベェ!?」


 距離を空けたのが引き金になったのか。


『ギィイイアアァアアアア!!」


 突如としてガーゴイルが雄叫びを上げ、重厚な動作で翼を揺らし、一直線に滑空——きた。


「ぐおっ!?」


 小盾を反射的に挟み、盾はガーゴイルの右爪に真正面から握りつぶされた。同時、俺の体を挟み込むように左の爪が閃いた。


「んにゃろっ!」


 咄嗟に右手首を返し、エストックを逆手に握り力任せに振り上げた。

 間一髪左の爪への迎撃が間に合い、俺とガーゴイルの間で甚だしい金属音が鳴り響く。


「ああクソ、ガーゴイルガーゴイルガーゴイル……」


 何か現状を打開する手立てはないのか。

 飛翔による突進を使わせないために一撃即死の近接戦を挑みながら情報を漁る。


「逆にイノリはなんか知らないか!?」


「え!? えーと……確か、個体によってはブレスを使うとか!」


 直後、眼前でガーゴイルが大口を開け、喉の奥に光が見えた。


「「——え?」」


 俺とイノリが揃って間抜けな声を漏らし。


『ギァアアッ!!』


 ブラッディ・ガーゴイルは一切の躊躇なく、火の吐息ブレスを扇状に吐き出した。


「うおおおおおおおおお答え合わせじゃねえんだぞ畜生が!!」


 必死にブレスを避ける中、脳裏に撤退の二文字が浮かぶ。

 実際“有り”だ。このガーゴイルは変異個体イレギュラー。ここを生業にしている銅級冒険者のパーティーではそう易々と討伐できる個体ではない。


 一度撤退し、きっちり策を整えるのは有効だ。だが……


「やられっぱなしは性に合わないんだよなあ!」


 せっかく覚悟を新たにしたところなんだ。あっさり撤退するのは気分が悪い。


 改めて相対する。

 俺とイノリが横並びに立ち、ブラッディ・ガーゴイルが正面に構える。

 奇しくも、開戦時と同じ形。


「……あ、そうか」


 天啓は、唐突に降りてきた。


「……イノリ。俺の剣筋に短刀を合わせられるか?」


「うーん……ちょっと不安だけど。考えがあるんだよね?」


「ああ。試す価値はある」


「わかった。やってみる!」


 凛と剣を鳴らし、腰を落とす。

 突撃の姿勢に、ガーゴイルは翼を震わせ迎撃の構えを見せた。


「行くぞ!」


 主導権をもぎ取るべく、こちらから仕掛ける!


 速度で勝る俺が先行し、ガーゴイル目掛けて袈裟斬りを見舞う。


「オオッ!」


 ガーゴイルはこれを左の翼盾で受け止める。その瞬間生まれる死角から、イノリが短刀を構えて飛び出した。


「せいっ!」


 イノリの斬撃は、寸分違わず俺の斬撃痕をなぞり火花を散らした。


「続けるぞ!」


「うん!」


 攻撃の隙を与えない猛襲。

 エストックと短刀が絶え間なく斬撃を見舞い、ガーゴイルはこれを全て翼盾で防御し続けた。


 そう。開幕の斬撃と、イノリの魔法攻撃。いずれもガーゴイルは翼で防御した。

 速度に劣るためか、自分の防御力に絶対的自信があるからか。


 ガーゴイルには俺たちの攻撃を翼盾で受け止める癖がある。

 恐らく主武器である両手の爪を自由にするための策なのだろう。しかし、一対で全身を覆うほど巨大な翼は、ガーゴイル自身の視線を遮ってしまい、また、攻撃を受け止める側の翼の状況を目視で確認することができない。


 早鐘を打つ心臓に鞭打ち、俺は更なる加速を見せる。


「フッ——!」


 エストックが唸りをあげ、地面を抉りながら鞭のようにしなり加速、少しずつ、確実に翼の一点を


「私だって!」


 更にここにイノリの追撃も合わさる。

 敵の左側面を徹底的に狙い、防御を誘発し、盾を削っていく。


 契機がついに訪れる。


 ——ピシ。と、乾いた亀裂の入る音が響いた。


「エトくんっ!」


「畳み掛けるぞ!!」


 見えた拮抗の出口に、俺たちの攻撃が加速する。

 一本、二本、亀裂が着実に増えていく。


『ギ!?』


 流石に異変を感じ取ったガーゴイルだったが、遅い。

 一手、俺たちの方が早い。


 『ギィイイイッ!』


 小細工に苛立ったガーゴイルの爪の大振り。

 しかし、壊れかけの翼を気遣ったためかその一撃は先ほどまでと比べて明らかに鈍かった。

 見てから間に合う——俺のエストックが地面を裂き、下方からガーゴイルの右手を打ち上げ無防備を生み出した。


「イノリ!」


「はいっ!」


 腕を打ち上げられたことで上体を逸らしたガーゴイルの左側面からイノリが迫る。

 それに対して、ガーゴイルは“癖”で翼の盾を展開した。

 狙い通りだと、イノリは逆手に短刀を持ち、身体強化魔法を全開にした一撃を翼に叩き込んだ。


『ギギッ——』


 その時、ガーゴイルが嗤った。

 破砕する左翼。散らばる石片の向こうから、イノリの胸部目掛けて左の四爪が突き出された。


 俺たちが翼を死角に利用したように、ガーゴイルもまた、この一瞬のために翼を死角にイノリを仕留めにきた。


「イノリッ!!」


 左腕を叩き落とすエストックの振り下ろし——間に合わない。

 コンマ数秒の差で、ガーゴイルがイノリを貫く方が早い。


「クソッ……」


 ——使え。

 切り札を切るべきだと、本能が叫ぶ。


 スローモーションになる視界の中。爪の先が、イノリの胸当てを引っ掻き——


「————」


 刹那——イノリの体が

 不可解な一幕だった。


 爪は確実にイノリに届き、反撃も防御も間に合わないことは明確だった。

 しかし、次の瞬間。

 残像を残すように加速したイノリの右腕が爪を側面から叩き、須臾の間にガーゴイルの左手首を斬り飛ばした。


『ギィッ!?』


「なっ——!?」


 ガーゴイルと俺の両名から驚倒を攫ったイノリは一瞬で大量の汗を流し、体力を著しく消耗したのか、その場で肩で息をした。


『ガァアアアアアッ!?』


 そこに、激昂したガーゴイルの追撃が迫る。左翼と左手を失い、自重により大きくバランスを崩したガーゴイルは、怒りで視野を狭め、俺を完全に視界から消した。


「余所見すんじゃねえよ——」


 チャンスは、ここしかない。

 両手でエストックを大上段に構え、俺は自分の胸に囁く。


「一瞬、


 肯定するように心臓が跳ね、俺の全身を力が満たす。

 膨れ上がった俺の気配にガーゴイルが振り返るが、既には終わっている。


「シッ——」


 短い気合いと共にエストックを振り下ろし、ガーゴイルの右翼と右腕を根本から断ち切った。


 更に、突貫。


「砕け散れっ!」


 完全な無防備を晒したガーゴイルの胸を真正面から刺突で貫き、その奥に埋まっていた魔石を真っ二つに叩き割った。


『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!』


 声にならない断末魔を上げたガーゴイルは大きくその身を震わせ、どさりとその場に崩れ落ちた。


 間も無く石造りの体は肺になる。

 真っ二つに割れた魔石と、遺留物ドロップアイテム『ブラッディ・ガーゴイルの石心臓』だけがその場に残った。


「イノリ……」


「エトくん……」


 俺たちは互いに名を呼び


「「疲れたぁ〜〜〜〜〜!!」」


 思いっきり大の字に寝転がった。


 もう疲れた。ありえんほど疲れた。

 知識不足、実力不足、準備不足。全て突きつけられた一戦だった。

 しかし、勝利は勝利。胸を満たす喜びは紛れもなく本物であり——真に、一線を踏み越えた瞬間だった。


「ねえ、エトくん」


「なんだー?」


「ハンマーがあったら、さ。もっと簡単だったと思わない?」


「…………」


 俺は静かに涙を流した。


「次は、もっとちゃんと準備しよう」


「賛成〜」


 イノリの力ない賛同の後、俺たちはなんとか起き上がり向かい合った。

 互いに拳を突きつけ合う。


「ここからが地獄だね、エトくん!」


「なんでお前は嬉しそうなんだか……ああ。望むところだ」




〜result〜


 異界主・変異個体イレギュラー、ブラッディ・ガーゴイル討伐成功。


・戦利品(魔石)……危険度1個体の魔石×27、危険度2個体の魔石×14、危険度4個体の魔石(破損)×1、


遺留物ドロップアイテム……コボルトの牙×1、洞窟ムカデの甲殻×2、ブラッディ・ガーゴイルの石心臓×1。



 異界・赤土の砦、攻略完了。

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