第15話 速報と悲報の間

五月にもなると、学生生活に憂鬱な気分を感じる生徒が出始める。

新学級に慣れず親しい友人が出来なかった者、勉強が苦手で授業が退屈で仕方ない者。


この男、才川裕作さいかわゆうさくはその後者に属し、万年赤点を量産する彼にとって午前中の授業ほど憂鬱になるものはない。

黒板に書かれる内容をただ見るだけの時間、何を言っているか一ミリも理解出来ない先生の声。

何度見たか分からない時計をもう一度確認して、本日十回目のあくびをした。


「――暇だ」


図体がデカすぎるという理由から、裕作の席は毎回一番後ろで固定されている。 

ここなら、独り言をつぶやく程度であれば先生に咎められることは無いが、何もしていなければ本当に何も起きない為、それはそれで寂しい。 


今日を乗り越えれば大型連休だというのに、裕作の憂鬱な気分は晴れない。


おもむろに窓の外を見ると、グラウンドで体育の授業を受けている下級生らしき生徒が目に映る。

今日の授業ではサッカーをしているようで、一つのボール目掛けて楽しそうに走り回っている姿が見える。


「……はぁ」


裕作の唯一楽しめる授業は体育だけであり、体を動かしている姿を見ると羨ましい気持ちになる。

正面を見ればよく分からない数式が並ぶ黒板、左には体を動かす下級生に嫉妬の目を向けてしまう。

かといって、右側にいるクラスメイトは真面目にノートを書き込んでおり、邪魔するわけにはいかない。


何もすることが無く、手持ち無沙汰に苛まれる。

おもむろに周りを見渡し、他のクラスメイトが何をしているかを観察する。


クラスのみんなの行動は主に、真面目に授業を受けている者、朝からがっつり寝っている者、携帯を弄り裕作と同じく暇そうにしている者に分かれていた。


真面目に授業を受けるのは論外として、ただ眠るのも何か味気ない。

そう感じた裕作が取った行動は。


――携帯でも見るか。


裕作はおもむろにポケットから携帯電話を取り出し、机に体を突っ伏しながら画面を開く。


一番後ろの窓際の席、そこは先生の視線から最も目立たず、大胆な行動をしなければ何をしてもバレることはまず無い。

このまま適当にネットサーフィンをして時間を潰すのもいいが、せっかくなので何か面白そうなものを探すことにした。


――久しぶりに『早速さそく』でも覗いてみるか。


早速さそく』とは、裏で稼働している早乙女学院の非公式SNSの通称である。

学院内のちょっとしたニュースや事件などの目新しいものは大体、この非公式SNSを経由して生徒たちに広がる。


運営しているのは学院内の新聞部で、初めは月に一度発行する新聞の宣伝目的で立ち上げたそうだ。

そして、その情報の速さと手軽さなどが功を奏し、今となってはこの学院の生徒であれば誰もが知っている巨大コンテンツに成長を遂げた。


……しかし、今ではこちらの方が有名になってしまい、更新頻度を保つため新聞の出版が停止してしまっている現状に、新聞部員達は複雑な気持ちを抱いているらしい。


有名になった大きな要因の一つに、様々なコンテンツが用意されている事が挙げられる。

取り扱っている内容は非常に幅広く、学校七不思議などの怖い噂をまとめた記事や、とある学生が抱える黒い噂話。

中には、抜き打ちの持ち物検査の日時リーク情報といった、出所の分からない情報まで兼ね備えている。


正直、こういった根も葉もない噂の類はあまり好きでない裕作は、このサイトをあまり見ない。

裕作は他人の意見や評価に興味を示すことが無く、自分自身の感性だけを信じて生きている。

誰が何を言おうとそれは人の勝手であり、それに振り舞われるのは御免であると裕作は考える。


彼の心の強さは、こういったところから形成されているのかもしれない。


そして何より、稀に裕作の特集記事が作成されている事を友人経緯で知っており、その内容を確認する勇気が本人には無かった。

筋肉の悪魔、薔薇に挟まる厄介男、窓にドロップキックをかます変人……思い当たる節などいくらでも出てくる。


自分の事を好き勝手に言われている記事など、見たい人間がどこに存在するのだろうか。


――いや、自分の記事など開かなければいい。


……しかし、暇で暇で仕方ない今の状況を少しでも緩和出来るのであればと割り切り、裕作は『早速さそく』を確認する。


早速さそく』には沢山の記事が乱列されており、記事によっては特別な縁取りがされるようになる。

新着の記事には「赤色」、期間を問わず長年見られている記事には「青色」の縁取りがされ、パッと見ただけでそれらの記事へ視線誘導されるよう出来ている。


そんな中、煌びやかに輝く「金色」の縁取りがされた記事が目に留まる。


金色の縁取りは特別で、ここ最近で一番の人気を獲得した記事になる。

早速さそく』をほとんど見ない裕作でも知っている数少ない知識で、暇つぶしにはもってこいの記事になる。


その内容とは。


――早乙女学院高等部 人気生徒ランキングだって?


見るしかなかった。

この学院で最も人気な生徒やその順位を確かめるべきだと裕作は思った。

理由はシンプルに一つ。


裕作の弟である、才川沙癒さいかわさゆの順位を知るためだ。

沙癒はこの学院においてすさまじい人気を獲得している。


可愛い弟が皆の注目になることは、兄にとってすごくうれしいことだ。

勿論、裕作自身は沙癒の事を世界で一番かわいい存在だと思っており、他人がどうこう言おうが関係ないと考えている。

だが、他人から見て自慢の弟がどう映っているのか、どんな人が弟を好いてくれているのか。

そういった沙癒の周りを取り巻く環境に関して、裕作はあまり詳しくない。


変な目で見られていないか、仲がいい同級生がどれほどいるか。


沙癒の幸せの事を考えると、良い学生生活を送らせてやりたい。

自分や秋音以外にも、親しい存在を作ってほしい。

だからこそ、裕作は学院内での弟の事をより知りたくなった。


思い立ったが吉日、すぐさま裕作は人気生徒ランキングの記事を開き、内容を確認する。


――学年で分かれているのか、なるほど。


このランキングは高等部のみの集計になっているようだ。

故に、沙癒は今月に記載されるランキングから対象者となる。

記事の中身は学年ごとに分けられており、三年生からの順にランキングが表示されている。

裕作が関係ありそうなのは二年生と一年生、画面を下にスクロールして三年生の記事を飛ばし、いよいよ二年生の発表だ。


――第一位 早乙女秋音


裕作の親友にして学院のアイドル、早乙女秋音さおとめあきねが堂々の第一位。

記事によると、これで十二カ月連続のランクインになり、殿堂入りも検討されているようだった。


得票数を見ると驚異の五十九パーセント。


このランキングに投票した半数以上が秋音に投票していることに、裕作は驚きを隠せない。

投票データを確認すると、男性の票が圧倒的だが、勿論女性の票もかなり入っていることが分かった。

選ばれたコメントには「当然秋音君ですね!」「可愛すぎる」「僕の性癖を壊した人です」などが書かれている。


――やっぱり、あいつ人気なんだな


普段一緒に過ごしているから感じにくいが、この学院において彼は最も人目を集める中心人物。

容姿も良ければ人柄も良い、おまけに多趣味で誰とでも仲良くなれる。

更にはテストの成績も上位三位以内で家が大金持ち。唯一の短所である運動神経が悪いという要素も、彼のチャームポイントになっている。

考えれば考えるほど、裕作の親友の怪物っぷりが露わになっていく。


――いや、今はそれどころではない


本題は沙癒の順位だ。

二年生のランキングを三位くらいまで見た後、適当にスクロールをして一年生の記載を確認する。

裕作は下級生の知り合いはあまりいない為、乱立される文字の中から、すぐに沙癒の名前を見つけることが出来た。

しかし、そこに書かれていた内容は予想していないものだった。


――第二位 才川沙癒


「な、なんだってー!!!」


裕作は勢いよく立ち上がり、大きな声を出して驚きの表情を見せる。


「沙癒が二位……!? そんな、そんなことあるはずッ」 


書かれた内容が未だに信じられず、裕作は唖然とした表情で硬直する。 

沙癒は一位で間違いないと確信していたからこそ、この順位に驚きを隠せない。 


異議を唱える裕作は、立ち上がったまま詳細を確認しようとしたその時、

「才川! うるさいぞ!」

突然席を立った裕作に対し、数学教師は怒鳴るように注意をする。 


「す、すいません!!!」

慌てて手に持った携帯電話を背後に隠し、裕作は驚いた表情のまま大きな声で謝る。

「まったく、次騒いだたら廊下に立たせるぞ」

授業中ということを忘れていた裕作は、平謝りをしたのまま静かに着席した。

教室にいるクラスメイトが裕作に視線が集まり、普段なら恥ずかしさで身を縮めてしまうこの状況。


しかし、今はそれどころではない。

周りでクスクスと笑い声が漏れている事などどうでもいい、そんなことよりも。


――沙癒よりも人気の、一位は誰なんだ!?


自慢の弟よりも人気の下級生、そんな存在を裕作は知らない。

少なくとも、中等部の頃は沙癒の人気は圧倒的で、去年一度だけ中等部部門のランキングが開催された時には、圧倒的大差で一位を独占したと聞いている。

故に、この順位結果に疑問を持たざるを得ない。 


沙癒を退き、高等部一年の栄冠に輝いたその人物とは。 


――第一位 神海七海しんかいななみ 


その名前は、裕作の知らない人物だった。 

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