第二章・優しい追い風

 遥か前方を目指して、フィン、ネウマ、アズロの三人以外の乗客を降ろした馬車はひた走る。


 先ほどまでと異なり、辺りには乾燥し荒れた大地。

 丈の低い草が疎らに生えてはいるものの、どこか物寂しい景色が広がっていた。


「人が……いませんわね」


 目をこすって座り直したネウマは、方々に水路が巡らされたアクア神殿付近とは真逆の光景に、唾を飲む。


「うん、ここ一帯は……昔は流通経路でね、活気ある村があったんだけど……」


 アズロはずり落ちそうなネウマのストールをそっと直しながら、横目でフィンを見た。

 知っているかどうか、確かめるように。

 知らなかったならば、あえて言及しないようにしたのだろう。


「犠牲の村、だったか? 幾度も狼に襲われて村人が住まなくなったという……。確か、その隣町がヒースだったよな」


 フィンが低く呟くと、アズロは溜め息混じりに吐き出した。


「そう。今この辺りにある町はヒースだけ。……メモロ……犠牲の村は、シェーナさんの故郷だね。たぶん……今通ってるあたりが」


 目を閉じて小声で祈りの言葉を唱えたアズロを見るやいなや、ネウマは御者に叫ぶ。


「――おじさん、停めて!!」


「よっ、と……! 一体何だね、嬢ちゃん?」


 手綱を引き、嘶く二頭の馬を止めた御者は不思議そうに荷台を振り返った。


「あのね、昔ここを通った時にお花の種を植えたの。ね、兄さんたちも覚えてるでしょ? 小さな白い花が咲くって、お客さんにもらった種。あの辺に植えたよね? 芽は、出なかったのかな」


 フィンやアズロの言葉を真似てか、やや崩した言葉がネウマの口からさらさらと流れて。

 訝しむフィンを制止したアズロは、御者に微笑む。


「そうだった、次に廻ってきたら寄るって言ってた場所だ。よく覚えてたね。――御者さん、ここからヒースは近いし、ここまででいいよ。ヒースからラシアン方面の馬車はちょいちょいあったかな?」


「あぁ、ヒースからなら去年も今年も変わらんさ。ミルラ行きの乗り合いに乗りゃいい。ミルラからならラシアン方面のが幾つもあるだろうさ」


 ヒースまでは歩けないこともないが、本当にここまでで構わないのか?と首を傾げた御者を、荷台から降りた三人は笑顔で見送った。


 フィンは若干苦笑いを浮かべながら。

 アズロは満面の笑みで、ネウマは、ふわりと笑っていた。


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