2-6 収容所の怪

1958年 ドイツ第三帝国 シュトラウツ収容所


 第3降下猟兵旅団のハンス・クロー大佐の要請により、シュトラウツ収容所の視察を行う為にルセフ・ヒトラーを巻き込んでの潜入作戦を行っていた。

 「この施設は、元々チェコスロバキアが作っていたズデーデンランド防衛線で設けられたトーチカなどを活用して作られた施設でしてな。現在でもボヘミア地方のユダヤ人を収容しております」

 施設の管理者であるハインツ・バルトホッフ大佐は、ここの詳細や現在の収容内容などを説明する。

 ルセフは、バルトホップの話を聞きながら周囲を見渡す。

 彼の眼には、やせ細ったユダヤ人が恨み辛みの目をしながらドイツ人を睨みつける姿が映っていた。

 アドルフ・ヒトラー政権下の頃は、忌むべき対象であったユダヤ人は、この頃になるとかなり浸透しており、一般国民であっても、彼らを受け入れないという風習が広がっていた。

 その為か、大戦前よりも大戦後の方が密告する人の数は増えており、同時並行で収容所のへ送られたり、地方の資源労働者として働かせていた。

 しかし、大戦後の労働者不足と広大な勢力圏確保により、この政策の欠点ともいえる収容所施設が足りなくなり、密告やSSの検閲・逮捕などの行為でも収容できないでいた。

 その為か、SSでは抵抗があったという名目で”対応した”という場合が多くなり、本来の収容人数と乖離することが多くなったこともあったため、帝国議会で問題になったりしている。

 「収容人数はどれほどかね?最近、人数があっていないとヘス君から話があったからね」

 ルセフは、傲慢な感じでバルトホッフに聞く。

 彼は、側についているSS将校が手渡したファイルを手に取ると汗を拭いながら報告する。

 「収容可能人数は10000名ほどでありまして、現在収容しているのは2500名であります。その内、近隣の製造工場などに強制労働させているのは2000名ほどであります」

 「そうか」

 ルセフは、バルトホッフの話を聞きながら、隣に居る全国指導員が何枚かの紙を見せる。

 「君たちの収容所では、生物学者であるルイス・シャイドルが研究しているが、研究結果について報告がない。よければ、成果を見せてもらいたい」

 ルセフがクローから預かっていた書類を見ながらバルトホッフに尋ねる。

 シャイドルは、チェコスロバキアの生物学者である。

 チェコスロバキア時代では、博士号を持っているものの、どこの大学でも”思想的問題”という名目で雇わない状態が続いていた。

 転機となったのはドイツ第三帝国の研究機関「ランベレルヌ」への加入してからとなる。

 彼は、この機関に所属している間に南アフリカや中東などにあったいくつかの古代遺跡の調査をした後に「人類進化計画」というものを提示。

 興味を示したヒムラーは、彼をSSに編入し、彼の実験部隊を創設した。

 彼らは、前線にある捕虜収容所において幾度かの実験を実施していた。

 だが、ユーラシア大戦が終結すると、多くの捕虜収容施設が軍事費削減や食料供給の改善をするための多くが閉鎖され、彼を含む実験部隊は解散させられた。

 その後、彼も母国にてSSの補助業務としてこの施設に所属していた。

 「・・・・申し訳ございません。彼の研究は、大戦の終結と共に閉鎖されておりますので。今は、我らのアドバイザーとして不定期に出勤されております」

 バルトホッフは、困り果てた様子で答える。

 「なに?余が折角、いままでの成果を聞きたい言っているのに、出勤していないから発表できないというのか。」

 「そうではございません。ただ]

 バルトホッフがそう言おうとすると、白衣の男が慌てた様子で飛び出してくる。

 「総統閣下は、何処におられるか!私が作った最高傑作を見てもらわねばならないのだ。これを逃したら、もう二度と評価してもらえなくなってしまう」

 慌てて入ったその男は、周囲を見渡しながら大声でアドルフの姿を探す。

 「ハインツ君。博士は今日非番ではなかったのかね?」

 ルセフの問いに、バルトホッフが説明しようとする前に白衣の男が寄ってくる。

 「総統閣下。ご無沙汰しております」

 「うむ。ルイス君も元気そうで何よりだ」

 ルセフは、シャイドルの顔を見ながら、笑顔で応対する。

 彼の手は、何かの薬品で焼けているのか、皮が偏っており、顔にもいくつかの傷がついてきた。

 「ようこそ、私の施設へ。どうぞ中をが案内させていただきます」

 彼は、バルトホッフが抑えていた研究施設についての話を、勝手に明かしてしまい、更には案内まで買って出てきたのである。

 「うむ。だとしたら、是非とも君の成果とやらを見せてもらおうではないか」

 「わかりました。でしたら準備をしてきますので、少々お待ちください」

 嵐のようなシャイドルが部屋から出ていくと、言葉を失い縮こまっていたバルトホッフが一人とどまっていた。

 「ところで施設司令。彼がなぜここにいらしたのか詳しくご説明いただけるかね」

 後ろに居る大尉がバルトホッフに対して尋ねる。

 「いえ。今日は非番であったのですが、どこから聞いたのか・・・・」

 「まぁ、よいではないか。こうして彼も出迎えてくれたのだから。では、後ほど」

 ルセフが立ち上がると、側で待機していた大尉が、ローマ式敬礼をしてから先に行って、応接室の扉を開ける。

 ルセフと全国指導員は、バルトホッフを軽く見た後に、大尉の開けてくれている応接室に向かう。

 応接室の扉を閉じると同時に、ルセフは緊張が切れたように両膝に手を置く。

 「ふぅー。まさかここまで緊張することになるとはね」

 「まったく、大尉の計画にひやひやしっ放しですよ。この後のことを考えると余計に怖いものです」

 全国指導員がかけていた眼鏡をはずしながら呟く。

 「まぁ、これからが大変なんですから。閣下にも頑張ってい頂きたいですね」

 「軽い気持ちで受けるんじゃなかったな」

 大尉がそう言いながらルセフの肩を叩く。

 「ところで、教授が行っていた研究って何なんですか?」

 「俺が知るかよ」

 記者と大尉がそのような会話をしていると、呆れた顔で全国指導員が説明する。

 「あなたたち、資料読んでいなかったの。彼は『人類進化計画』っていうものを独ソ戦時代に作っていたらしいのよ。確か、総統閣下も二回ほど視察されていたけれど・・・・」

 全国指導員が記憶している事件とは、1945年に起こった「ケーニスベルクの涙事件」と呼ばれるアドルフ・ヒトラーを巻き込んだ一大事件を起こしている。

 詳細については、新聞などでも公表しなかったものの、民間人を含む450名が死亡、千人以上が重軽傷を負ってケーシスベルク総合病院などをパンクさせる騒ぎとなっていた。

 この結果、彼の研究を危険視したアドルフは、一時は彼を絞首刑台に送ろうと計画していたほどに問題となったが、ヒムラーの説得や南部ウクライナの劣勢の対処に奔走したことで、難を逃れている。

 だが、それ以降の彼の研究をアドルフが立ち会う事はなく、しかも戦後に廃止を決定したのである。

 「だとしたら、なんで親衛隊の連中は、その計画を進めているんですかね」

 そう言いながら、記者が置いてある棚の本などを見て回る。

 その中にあるはずの本が一冊床に落ちている事を見つける。

 「この本は?」

 その本の表紙には「狼の騎士」と書かれていた。

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