アウトサイダー / 魔法宝石店『マザリン』盗難事件 - 2
盗品交易場、『善き者たちのガルツ』。
リネア・リロバム区の建物の例にもれず、古い石造りの建造だった。扉を開けてすぐに、甘苦い匂いが鼻をつく。
(煙草か)
薄く煙に満ちた内部には、テーブルや棚がいくつも置かれ、そこに様々な品が無造作に並べてあった。乱雑に積まれた本。無造作に積み重ねられた武器。宝飾品もいくらか。
(……開くだけで誰でも魔法を発動できる
そしてその奥に、胡座をかいた女が一人。そいつはしわがれた声で笑った。
「こいつはまたまた……変なヤツを連れてきたなア」
赤黒い肌。長身だが痩せた体。金属のような髪。黄金に輝く眼。そして両側頭から横に伸びる捻じれた角。
(ディアブロ種亜人……!)
エルフ種に次ぐ長命と闇の魔力への恐るべき適性で知られる、稀少な亜人である。直接目にしたのは初めてだった。
「アスカルだ」
アーウィン殿が俺を短く紹介する。そして俺の方を見た。
「『善き者たちのガルツ』、店主のプラタ・ギン。その隣にいるのがノモル」
その言葉で、ディアブロ種の女のすぐ横にもう一つ人影があるのに気付いた。小さく、泥か炭を思わせる色の髪をした子どもだ。薄汚れた衣服で口までを隠している。
「ここにおいてはこの二人が法だ。必ず従え」
「はい」
「それで何だ? アーウィン、ろくに盗みも働けないろくでなしが……それともソイツが『品』か?」
プラタ・ギンの喋りは訛りの強く、それが妙な迫力になっていた。
「違う。売れるものなら売り渡してやりたいが……」
その言葉に嘘言の熱はない。本気であるようだった。
「生憎こいつは『教会』のものだ」
「だから盗んで来いと言っているのに、ばかだなァ~!」
彼女は笑いながらアーウィン殿をなじり、煙管に唇をつけると、思い切り彼に向けて煙を吐き出した。
「……人を探している」
アーウィン殿は不快げに目を細めながらも言葉を続ける。
「本当は『物』を探すつもりだったが、どうやらここにはないらしい」
(何?)
俺はてっきり、盗まれたインペリアルトパーズがここにあり、それを持ち込んだ犯人に関する情報を何らかの手段で得られるものだと思っていた。だが、その当ては早早に外れたらしい。
(……しかしアーウィン殿。この短時間でもう店内に並んでいる全てを見て、目当ての品がないことを看破したのか)
ここに来るまでの星の記号を数える速度も素早かった。アーウィン殿はそういった、観察のスピードが優れているのかもしれない。
「品はここにあるのが全部だ」
プラタ・ギンは煙管を吹かしながら言う。
「もし人間を扱ってたらここに立たせてる。おっと、生きている価値があればなア」
「欲しいのは情報だ」
「見返りは?」
「品次第だ」
「またそれかア! いっつもいつも面白みがないんだよなア~!」
そう声を上げたプラタ・ギンは、じろりと俺の方を見た。
「おいお前。一つ芸をしろ」
「は……」
「その一芸に相応しい情報をやる。そら、早くしろよなア」
(無茶な)
そう思いつつ、俺には一つだけ心当たりがあった――『真実の門焚』。
嘘と真実を百発百中で見分けられるこの能力を活かせば、それなりに見応えのある芸を演じてみせることは可能だろう。
「……勘弁してください」
だがそれは止めておいた。『門焚』が俺の身体と不可分である以上、それを公私に用いてしまうのは避けようがない。それでもなお『芸』と扱うには違和感があった――一応は教会より授けられた祝福である。
(それに、付け焼き刃で一芸演じて、見抜かれでもしたらそれこそ問題だ……)
「カアーッ!」
プラタ・ギンは横柄に足を広げる。
「嫌だなア! つまらんジジイがつまらんガキを連れてきて、湿気たツラを並べやがって! どんだけ実りがないんだい!」
「ないとは言っていないだろう」
アーウィン殿が懐から折りたたんだ紙……羊皮紙ではない、もっと上質な紙を取り出す。彼はそれをべりべりと二つに裂き、その片方をプラタ・ギンへ投げ渡した。
「ああん?」
「続きが欲しければこちらの要望を聞け」
プラタ・ギンが足でその紙を摘み、器用に開いて眺める。少しの間だけ真面目な表情をすると、再び彼女は俺を見た。
「この内容、こいつは知ってるのかい」
「
嘘。だがここは茶々を入れず合わせるべきだろう。分かったような顔をしておく。
「ふゥん……悪い連中だなア」
(何を知っていることにされたんだ……)
そこからのアーウィン殿とプラタ・ギンのやり取りは、勝手知ったるといった具合に進んでいった。
「宝石が盗まれた。犯人に心当たりはあるか」
「あるなア。でも教えてはやらん」
「今お前が欲しいものの中に宝石はあるか」
「持っても来ないやつに教える義理はないね」
「今ここの商品でもっとも高価なのは何だ」
「私だ」
「その次の価格帯は?」
「数が多すぎる」
「犯罪に積極活用できるものに限れ」
「
(自分を魔法で探す者を一方的に突き止める装備、視認した者を混乱させる髪飾りに、斬り付けた部位を治療困難にさせる量産魔剣、呪符を大量生産するための金型……あとは憶晶巻が、他人を気絶させる光を放つ魔法に、魔法の鍵を破る魔法に、広範囲の者を眠らせる夜間魔法、音を立てない炎を発する放火魔法……!!)
「ろくでもないものばかりだな」
内心でアーウィン殿に激しく同意する。対するプラタ・ギンはヘラヘラと笑ったままだ。
「善人のアンタが買い取ってくれてもいいんだ。全財産を懸けていくつ押さえられるかなア?」
裂いた紙片の残りを唐突にプラタ・ギンへ投げ渡すと、アーウィン殿は踵を返す。
「行くぞ。アスカル」
「は」
何か成果らしい成果が得られたとは思えない。が、アーウィン殿的にはもう十分な情報を得られたようだ。
(……それにこの女、あのやり取りの中で一度も嘘を吐かなかった。情報源として頼りにするのも頷ける)
「くく……またおいでエ、アスカルとかいうの。アンタは歓迎するよ」
「歓迎、ですか。俺を?」
「ああ。こいつアンタを気にしてる」
プラタ・ギンはその細い腕で、隣の小柄な子ども……ノモルといったか、彼の頭をがしがしと撫でていた。彼は頭を揺さぶられながら、何も喋ることなく、深い黒色の眼で俺を見ている。
「ノモルが人間に興味を示すなんて珍しい。それだけで価値はあるのさア」
そう言われ、何となく会釈をする俺。ノモルもごく小さく頷きを返してくる。
盗品交易場、『善き者たちのガルツ』への訪問は、こうして終わった。
* *
「外れを引いたな」
帰路、同じように星の記号の少ない道のりを進みながら、アーウィン殿は言った。
「ただ、収穫もある。盗品はまだ盗難の犯人が握っている可能性が高いことが分かった」
「他の者の手に渡っている可能性は?」
「なくはないが、低いだろう」
それからアーウィン殿と二人、可能性を整理しつつ話す。
まず、金目当ての犯行ではないということで俺たちふたりの意見は一致した。もしそうであれば、もっとたくさんの盗みが状況的には可能だったからだ。
だからアーウィン殿は価値ある盗品の交換が行われる『善き者たちのガルツ』へ俺を紹介するついでに行ったのだが、そこも外れだった。
「プラタ・ギンはやはりかなり匂います」
俺は指摘する。
『今お前が欲しいものの中に宝石はあるか』
『持っても来ないやつに教える義理はないね』
このやり取りに嘘言の熱を感じなかったことが、すなわちプラタ・ギンが宝石を欲していないということには繋がらない。『欲しいものの中に宝石はない』という発言を引き出さなければ、その真偽は測れない。
「もう少し追求した方が良かったのではないですか」
「気持ちはわかるが、無理だな」
俺の言葉に、アーウィン殿は苦々しい顔をする。
「一度拒まれたことは聞かん。あれはこちらが欲しかれば欲しがるほど足元を見てくる性悪だ。追い詰められたら選択肢に入るが、そこまでじゃない」
「……そうですか」
そうだろうとは思っていたが、やはり一筋縄では行かない相手か。
「ちなみに、渡していた紙……に書かれた情報は何だったんですか?」
「俺が私的に集めている、この街の人間の醜聞だ。お前も意識して集めるようにしておけ。いつか頼ることになる」
表通りに戻ってきた俺たちは、改めて二手に分かれた。アーウィン殿はまた他の心当たりに向かい、俺は一旦『マザリン』のアーキと合流し、情報を整理することにしたのだ。
「複数犯ですね」
アーキは相変わらずの人を煽るような半笑いで説明した。
「事の経緯はわかったのか」
「はい。まず用心棒してたロールちゃんって女の子は、内側から店の防犯系の魔法仕掛けを解いただけっぽいですね。その後外から人が来てます。で、そいつの足跡は男物の靴のそれでした」
「……それで、最も高価なインペリアルトパーズだけを盗んで現場を去ったのか」
「ロールちゃんもそれと一緒です。一応足跡は追いましたが、表通りに出られてたんで追跡は無理ですね」
「……解決には時間がかかりそうでしょうか?」
マザリンの老店主、シルヴァールが、どこかびくついた目で俺たちを見ていた。アーキはにやついた顔で答える……本人的には、笑顔で相手を安心させているのかもしれない。
「調査は進んでますよ。あんまり焦らないで下さいよ」
「すぐの解決は難しい……ということですよね。であれば、少し一人にさせていただけないでしょうか」
「と言いますと?」
俺が問うと、老店主はためらいがちに答える。
「
(……一体何なんだ)
真実の門焚が、痛いくらいの熱を俺に伝えてくる。たどたどしい喋りが、全て嘘で織りなされているという事実を。
(何を考えてこれだけの嘘を並べ立てる?)
「すみません。
「あ~……? まあ、そういうことなら……良いですかね? アスカルさん?」
シルヴァールは俯いて、俺に確かめるアーキも不審げな表情だ。
(……アーキから見ても不自然なら、踏み込みどころだな)
たとえ『門焚』がなくとも怪しいと判断できる状態であれば、俺も『門焚』の示した熱に従い、強気に迫ることはできる。
俺は心を決めると、老店主へ一歩迫った。
「シルヴァールさん」
「はっ……はい」
「本当のことを話してもらえませんか」
そう迫ると、シルヴァールは明らかに動揺する。
「なっ、何を……何のことだか、その……」
「もし逆のことを、たとえば『不安なので一晩中警護してくれ』、といったことを言われたら、俺たちは無理にでもその通りにしたでしょう。ですが、事件が起きた翌日に、調査に当たる俺たちを追い払い一人にしてくれというのは、あまりにも不自然です」
「そっ、そう言われても……何を根拠にそんな……」
「根拠など良いのです」
第二の制約――俺自身が嘘を口にすれば、『門焚』は永遠にその力を失う――に触れないよう、話題を転換させる。
「ただ事実を教えていただきたい。どうあっても俺たちはあなたの、被害を受けた方の味方です」
「実際、どうですかね?」
俺の答えを受けて狼狽えるシルヴァール殿へ、アーキもへらへらした調子で声をかける。
「そんなに頼りないですか? オレの捜査の手際とか~、結構見てもらえてたと思うんですけど」
「……そう、そうですね。あなたは確かに、ロール以外に犯人がいないかを一番に疑って……実際に見抜いてくださった」
「あ~、
(良い所もあるじゃないか、アーキ……)
俺が密かに感心していると、シルヴァールは観念した様子で溜息を吐いた。
「申し訳ありません……身勝手とは思いますが、改めて本当のことを聞いていただけますか」
「伺います。何があったんでしょうか」
老店主は弱々しい手付きで、ポケットから手紙を取り出した。
「今朝早く……教会へ被害の連絡をした後に届いたものです」
「拝見します」
手紙を受け取り、開く。肩越しにアーキも覗き込んできた。
『 盗むべき品を間違えた。
盗んだ石は返してやる。その代わり、他全てのトパーズを用意しておけ。
店には深夜行く。表の鍵を開けて、人払いをしておけ。
従わなければ、お前が目をかけていた用心棒の女は、
裸にしてトロールの巣に放り込んでやる 』
「こりゃあ……」
さすがのアーキも顔をしかめていた。俺もきっと、似た表情をしていただろう。
「……私には家族はいません。私が愚かだったばかりに妻には愛想を尽かされ、娘も私を親とは思っていません」
「うお唐突な自分語り出たぐえっ」
アーキのみぞおちが空いていたので、肘を打ち込む。茶化すような反応への罰だ。
「ロールは……ちょうど娘と同じ年頃で。私を良く慕ってくれていました。あの子が裏切っていたかどうかはどうでも良い。この手紙に従えば、あの子は無事で、ついでに盗まれた宝石も帰ってくるんです。他に代価を求められても、インペリアルトパーズに比べれば大したものじゃない……」
手紙を睨む。当然だが、『真実の門焚』で書き記された言葉の真偽を知ることはできない。
「お願いします……無茶を承知でお願いします」
シルヴァールはすっかり身体を縮こまらせて、俺たちに深く頭を下げた。
「私はこれで構わないのです。どうか全て忘れて、この手紙の通りにさせてはくれませんか」
その弱々しい姿に、胸が痛む。
覚えがあった。自分が悪い訳でもないのに、見ていられないくらいに頭を下げて、がむしゃらに許しを乞う姿に。
(――父さん)
「ま、ダメですね」
半笑いでアーキが言う。
「うまくやれば、犯人捕まえて盗まれたものも帰ってきて、ロールちゃんも無事だ。最高の結末を迎えるチャンス、知らないふりなんてできません。ですよね、アスカルさん?」
(こいつ本当に良い所あるな……)
再び密かに感心しつつ、俺も老店主を見た。
「アーキの言う通りです。だから、こちらからお願いします」
努めて穏やかな笑みを浮かべ、手を差し伸べる。
「全てを正しく取り返すために、協力してもらえませんか?」
老主人は震える手で自らの目元を拭い、浅く息を漏らす。
「……っふ…………」
そしてその手をハンカチで拭き、しっかりと俺の手を取る。
細いが、しかし力強い手だった。
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