第16話ファーストコンタクト

「……」


 少女の視線はぼんやりとしていて焦点が定まっていなかった。


 蘇生したばかりだし無理もないかと僕は、少女に優しくゆっくりと語りかけた。


「意識ははっきりしているかな? 大丈夫かい?」


「! 連合の!」


 だが僕の声が届いた瞬間、少女はハッと目を見開くと、その髪の光が増す。


 そして猫のように飛び起きた彼女は僕から距離を取って叫んだ。


「アーネラ! 来て!」


「うわ!」


 少女の呼びかけに答えるように、彼女がさっきまで入っていたアウターは無人のまま起動する。


 アウターは素早く少女を回収するとこちらを睨むように、アイセンサーを光らせていた。


「まだ動いたのか……すごい耐久性だなぁ」


「おお! 少女の呼びかけに応えて動き出すとは! アレには意志があるのかね?」


「ちょっと違うかも。彼女がやったっぽいかなぁ」


「しかし、中身は何にも入っていないはずだろう? なぜ動くんだ?」


「たぶん遠隔操作だね。機体の方に脳波を受信する装置が付いてるんだと思うよ」


 彼女は治療のために装備一式は外していたから、おそらく生身で機体に指示を飛ばしている。


 月人ならではの機能は実に興味深かい。


 シュウマツさんも何やら、少女に忠実に従うアウターに興味津々だった。


「おお、そうなのかい? ほぼほぼ魔法なんじゃないかそれは?」


「どうだろう? でもまぁ、神秘的だなとは思うよ」


「何を暢気にしゃべってるんだ!」


 少女は怯えの混じる声で叫ぶ。


 確かに彼女の言う通り、暢気なことを言っている場合ではない。


 戦闘用の機体が動き出したら、捻り潰されるまで秒読みだった。


 武装こそ機能していないはずだが、軍用の機体はそれだけで相当にパワフルである。


 敵意がにじみ出る少女に、シュウマツさんはほんの少しだけ緊張の混じった思念で僕に尋ねた。


「……どうするね? 多少粗っぽくていいのなら対処しようか?」


「待った待ったシュウマツさん。ダメだよ怪我人相手に」


 そうは言ってみたものの、油断しすぎた僕のミスである。


 まさかああまで生身でアウターを遠隔操作できるものとは驚いた。


 そう言えば独立したての頃はあの能力で精密機器にまで干渉して、ずいぶんと大暴れしたと聞いたことがある気がした。


 そんな力が自分達に向けられているというのはゾッとするが、今必要なのはお互いに落ち着くことだ。


 僕は両手をひとまず上げて降参のポーズをとった。


「待って。僕らに戦う意思はないよ」


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……あなたは何者! 人類連合よね?」


「いや、今はとても事情が特殊なんだ。ここには君と僕以外の人間はいないし、危害を加えるつもりは一切ない。怪我の治療をしたのも僕だ」


「……怪我……治療?」


「無理しない方がいい。君は蘇生したばかりなんだから」


 興奮した状態がいつまでも続くわけがなく、少女はすぐに脱力したようによろめいていた。


 そりゃそうだ。いったいどれくらい氷漬けみたいな状態だったのかわからない。


 しかも本来であれば間違いなく死んでいたと思う。


 僕はなるべく穏やかに、少女をこれ以上興奮させないように努めた。


「落ち着いて。無理して動くと体を痛めるよ。ここは安全だから、安心して」


「……」


「僕は救難信号で君を見つけたんだ。何でそんなことになったのか、思い出せるかい?」


 警戒に困惑が混じり始めた少女があんなひどい状態になったのには何か理由があるはずだ。


 自分である程度答えを出してくれないと、たぶん死ぬなーと思いながら説得を続けると、彼女は自分の記憶を辿り始めた。


「私は……実験をしていて……ううぅ……あんまり覚えてない、頭がぼんやりして」


 よし、これならいけそうだ。


 僕はゆっくり彼女に歩み寄る。


 かなり警戒されていたが、少女は体が思うように動かないこともあってひとまず観念したようだった。


「ゆっくりでいいから、今は休むといいよ。大丈夫、ここでは戦う必要なんてないから」


「……わかった」


 アウターの動きが、止まる。


 そして少女はスゥっと目を閉じ、穏やかに寝息を立て始めた。


 僕はフゥとため息を吐く。


 肝が冷えたが、とりあえずどうにかなったらしい。


「いやぁ一時はどうなる事かと思ったけど。危なかったなぁシュウマツさん」


「だが元気になってよかった。治療も手探りだったからねぇ」


「全くだ。さて、じゃあちゃんとしたベッドと食事の準備でもしようか?」


「それがいいだろう。とりあえず体を休めないと話になるまいよ」


 シュウマツさんの言う通り、まずは落ち着いて話さないといけないわけだがふと思った。


 それはそうなのだが、光る玉とあやしい宇宙服が、魔法で作ったコロニーの話をしたら信頼関係を築けるだろうか?と。


 限りなくダメそうな気がするなと僕はそこはかとなく不安を感じて、ため息を吐いた。

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