第11話本日のゴハンはたぶんサラダ

「いや……錠剤だけじゃいつか限界が来るだろうし。食料をどうにかしないといけない……それはわかるよ?」


「そうだね」


「でも……アレはないんじゃない?」


「そうだろうか?」


 僕はジトっとした視線でそれを見た。


 牛のようにしっかりとした骨格に。猪のような厚い脂肪。更にはそれらの巨体を一時でも支えるかもしれない大きな翼……。


 更には牛豚鳥の3つの頭を持っている怪物は、オリジナルの動物よりもはるかに巨大な恐竜の様な体躯で、コロニーの森を我が物顔で歩いていた。


 アウターを装備してもなお見上げることが必要な怪物を前にして、僕はごくりと喉を鳴らした。


「君がこちらの人類は、鳥と豚と牛の肉をよく食べると言うから、作ってみたのだが?」


「食べるけれども……全部混ぜる必要はあっただろうか?」


「必要は―――特にないな。肉キメラと名付けてみた。これも魔法の産物だとも。部位ごとに味は違うし、味わい豊かだと思う」


「ストレートなネーミング過ぎない? ……それと言いたいことがある」


「何だろう?」


「デカすぎではないだろうか?」


「可食部が多い方がいいのではという配慮だよ」


「それは確かに多いのは多いだろうけれども」


 物には限度があると思う。異常に発達した筋肉など肉にすると何キロになる事か。


 しかし利点があったとしても、どうにも致命的な心配は僕には払しょくできそうになかった。


「いや……勝てないよこれ。これ食べようなんて、死んじゃうんじゃないかな?」


 食事を用意しようとして自分がおいしくいただかれるなんて、笑い話にもならない。


 だがシュウマツさんはしばし沈黙した後、不思議そうに言った。


「……本来食事とは、そういうものだよ? 命を懸けて戦い、勝った方がすべてを得る。実によく出来た節理だとは思わないかね?」


「大抵の生き物は勝てそうなものを捕ると思うんだ僕は」


「いや、そのスーツは伊達ではないだろう? 負けることはないのではないだろうか?」


「どうかなぁ」


 確かにこのアウターは相応のパワーがある代物だった。


 大きな両手足と、丸っこいボディが特徴的な量産機だが、地上でだって鉄骨を軽々運べるパワーはある。


 だがあくまで建機に近い代物で、こうして地面のある場所では接地性もキャタピラに劣るだろう。


 建機としてのレビューの評価は『手足が大きいのでコロニーの壁面接地に便利!』だとか、『胴体が大きいから足場に最適!』なんてものが多かった気がした。


 生き物相手にパワー負けするとは思いたくないが……ここまで巨大だと絶対に大丈夫だと言う自信がなかった。


「そりゃあ、負けないかもしれないけど……戦うっていうのがそもそも変じゃないかな?」


「そんなことはない。弱肉強食は世の理。それはどこの宇宙でも同じだとも」


「そうかなぁ」


 なんだか丸め込まれている気がする。


 困った僕はとりあえずあの怪物の事は置いておくことにした。


「まぁ、この牛豚鳥をどうするかは……おいおい考えるとして」


 しかしシュウマツさんは思ったよりも食下がって来た。


「おいおい考えないでほしいのだが? 最高傑作なのだよ?」


「これが最高傑作でいいの? もっとすごいの作ってるのに?」


「当然だ。何せ味にもこだわったんだから、ぜひ味わってもらいたい」


「……味にこだわったんだ」


「無論。食料候補として作ったんだから当然だろう?」


「……味わかるの?」


「君は果実を食べたことがないのかな? 植物ほど味にこだわる種はいないよ」


 甘いのってそう言うことだったの?


 なんともシュウマツさんは不思議なことを言う植物だった。


 しかしおいしいと言うのなら味が気になる。


 僕は眉間に皺を寄せたが、食欲が不満を上回った。


「……そうか。なら頑張ってみようかな」


 僕は覚悟を決めて、食の欲求に忠実に行動することにした。


 アウターのパワーを最大まで上げて、戦闘モードに移行。


 目の前の生き物に照準を合わせると、データは当然なし。


 完全なる未知の生命体を前に、僕は前のめりに突撃した。


「ぶもおーーー!」


「ぬおおお!」


 飛び出すと、思ったよりも好戦的に突っ込んで来た牛豚鳥にビビった。


 だが腐ってもスペーススーツは野生動物の一匹や、二匹軽く無力化出来るスペックは――――あああああ


「ああああああ!」


 ドッカンと思った以上の衝撃を喰らって、僕は吹っ飛んだ。


 一回転してそのまま地面にめり込んだ僕を見て、シュウマツさんは心配そうに声をかけて来た。


「だ、大丈夫だろうか?」


「……思ったより強烈なんだけど?」


「おかしいな。そのスーツのパワーなら楽に勝てるはずだ。なんであんなにあっさり転がるような体勢を?」


「……戦闘は苦手なんだ」


「……今からでも、動く肉ブロックとかに変更するかね?」


「いや! 頑張るとも!」


 コロニー生まれの僕は、天然の肉などほとんど食べたこともなかったが、とてもおいしいと聞いている。


 食べられるというのならぜひ食したい。


 植物も味にこだわりがあるらしいが、人間だって負けず劣らず食事には本気を出す生き物だった。


「ぬおおお! 今夜はステーキだ!」


「頑張れ!」


 シュウマツさんの応援に後押しされて僕は行く。


 結果は―――残念ながら、夜空の星になりかけた。


「……強い。パワーがスーツ並ってどういうこと? 絶対あんなの大丈夫じゃないよ? ダメじゃないの? あんなモンスター生み出しちゃ?」


「そりゃあ、あんまりやりすぎはまずいかな。なにせ元居た世界の人間は、こういうことをやりすぎて滅んじゃったところもあるのだし」


「え? そうなの? なんて物騒なことしてるんだいシュウマツさん。今だって危うく死にかけたし」


「なんか申し訳ない。……しかし、多少の無茶でもしないと生き物はどうにも。何にもないとこじゃ、君達は生きていけないんだろう?」


「それはそうだけれど……」


 生き物は何かを食べて生きている、こんな命とは無縁の宇宙では、無茶をしなければ生きられまい。


 そしてひとたび生態系が生まれれば、否が応でも生存競争は発生してしてしまうようだった。


 ああ無常だ。なんだかどっと疲れた。


 ステーキへの道はまだまだ遠そうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る