RUST RUN!!!

占冠 愁

G-14 力を貸して

「ふぅ……」


 郊外の小さな町の、端くれにある終着駅。

 電車を待つ私は、ひんやりとした空気に身を震わせる。屋根を構えた立派な2番ホームには『札幌方面』の文字。白い息を吐いた向こうには、吹きっさらしの1番ホームが見えた。


_______

 医 療 大 学いりょうだいがく

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⇦ 東別  |     ⇨


 駅の看板には、終着駅だというのに次を示す矢印がある。けれど、肝心の名前はない。次の駅の名前は、白いテープで消されていた。


「……うん、そうだよね」


 目を伏せて、誤魔化すように笑う。

 2番ホームに踏み入って、端まで歩けば、錆びた線路が見えた。この終着駅を越えて北へと延びるヨボヨボの線路は、遠く、地平線の先へ――懐かしさに、ふと笑みを零してしまう。この先に、私が高校時代を暮らした町があった。あの懐かしい日々が。


 それを掻き消すように、隠すように、真新しい鉄柱が立っていた。

 それは追憶を断ち切るように、線路の真ん中に聳えていた。


『医療大学駅・廃止のお知らせ

 当駅は、2024年3月31日までの営業です』


 ホームの掲示板には、お知らせが一枚。

 この春で卒業する大学も、私を送り出したあとになくなる。


「……寂しいね」


 つい四年前のことなのに、まるで遠い昔のような記憶。それは青色のようで、茜色のようで、でもきっと、私のそれはそんな大層な物語じゃない。


 それは、パンデミックという前代未聞の厄災に見舞われた、少年少女の小噺だ。


「ねぇ」


 満月が美しく照らす夜空。人影ひとつない粗末なプラットホームに腰掛けて、少女時代に思いを馳せる。


「私、前に進めたかな」








 ◇







「みんな放課後予定ある?」


 高校2年に上がった初日、終礼の直後。

 鞄に教材を詰め込んでそそくさと教室を退散しようとした矢先に、教室に爽やかな声が響く。


「クラス替えでお互い初めての人もいるっしょ。親交? とか深めたいじゃん」


 バスケ部の好青年が立ち上がってそう言った。


「おーっ、さっすが雨龍うりゅうくん」

「カラオケにしようぜ?」

「いいね!それで決まりぃ!」


 カースト強者たちの礼賛を背に、どんなふうにクラスの人間関係が形成されていくのかふと気になった俺は一瞬立ち止まった。


「あっれー?かえでちゃん来ないの?」

「ごっめーん!あとで埋め合わせるから。ねっ?」

「えー。みんな期待してたのにー」

「雨龍くんも、初めてのお誘いなのにごめんね。」


 今日はちょっと外せない用事できちゃって、とやんわり断る一人の少女。碧水へきすいかえでは、新学期もまた人気者だった。

 断る流れを逃すまいと、俺は毅然と手を挙げる。


「すまん、俺も部活あるんで」


 空気が凍って、視線がこちらに向く。


「お、おう…。」


 お前には聞いてねえよといわんばかりの雰囲気。俺の参加の可否はどうやら誰も気にしていなかったらしい。


「うっし、さいならっ!」


 それならむしろ好都合と、軽々しく鞄を掛け上げる。実を言うと部活はなく放課後はヒマなのだが、つかつかと廊下を早足で飛ばし部室へ向かう。

 階段を上って左に曲がれば、教室の掛け看に「交通部」の文字を見る。


「ようこそ!  人生の終着点へ!!」


 遠慮なく扉を開け放って、大声で叫んだ。


「ッ! あーもー部品落としちゃったじゃんかぁ!」

「……初日から元気ですね」


 床に座って模型を弄くる手を止めて、俺を睨みつけるのが模型班班長、北竜ほくりゅうくん。ゴツそうな名前だが低身長の美少年。隣のクラスで、一部の男子に人気らしい。

 もう一人、机を構えた奥の椅子に座って長髪をかき分けている彼女こそ、この交通部の部長。穏やかな先輩で、飛行機が好き。かなり男子に人気らしい。

 そして俺は掃除班班長の中ノ岱なかのたいくん。仕事は掃除。男子に人気ではない。


 以上3名からなる、我らが交通部である。


「今日部活ないよね。なんでいるの?」

「クラスで居場所がないからだよ。なに? ボクへのあてつけ?」

「やることもないですし」


 北竜と部長は互い違いにそう返す。確かに、二人ともクラスとか向いていなさそうだ。


「それより。レポートはどうしたんですか」

「レポートですか、掃除についての!?」

「いいえ。夕張巡検のレポートです。あなたに決まったじゃないですか」

「ぐ、執筆はすると言いましたが、提出するとは」

「顧問に言いつけますよ」

「なんてことを」


 この春に廃止されてしまう夕張線を3人で巡検したのは記憶に新しいが、報告書の執筆は確かに一任されたかもしれない。


「活動報告書が詰まっているんです、新入部員の募集許可が下りませんよ?」

「く、くそう」


 窮地に立たされていると、ピシャリ。


 突然、部室の扉が勢いよく開かれた。



「ここが交通部!?」



 切羽詰まった声が響く。俺は目を見開く。


「!?」


 なかなかの廃人たちを学舎の端に押し込んだこの阿片窟。そこへ足を踏み入れるには、あまりにもふさわしくない少女が立っていた。


中ノ岱なかのたいくん!」


 すぐに俺と目が合って、彼女は声をあげる。


「ちょっとついてきて!」


 言うなり彼女は俺の腕を強引に掴んで、俺を部室から引きずり出した。あまりに急な展開に、部長も北竜も硬直したまま呆然と俺を見送る。


「なに!? どちらさま!?」

「私のこと知らないの? 君と同じクラスの碧水へきすい かえで

「やっぱそうだよね!」


 階段をずるずると引き下ろされかと思えば、昇降口を抜けて校門の外へ。すれ違う生徒誰もがぎょっとして視線を飛ばしてくる。校内でも人気の美少女が、ぱっとしない俺を連行しているという絵面がウケたらしい。


「おいおい、一大事になってるぞ」

「そうなの。だから助けてほしくて」

「???」


 だったら俺の腕を離せばよかろう。俺は必死に頭を回転させてこの少女と俺の接点を探るが、何も出て来ない。うんうん唸っているうちに、ずんずん彼女は進んでいって、俺はいつのまにか駅のホームに立っていた。


『普通列車、新十津川行きです』


 滑り込んできた列車。開いたドアへ足をかけて、彼女は俺を連れ込む。


「ちょっ、どこまで行くんだ……!?」

「きみの家」

「帰ります」

「うそうそ。もーっ、逃げない!」


 広いとはいえないボックスシートに俺を座らせると、向かい側に彼女は腰を下ろす。


「見張ってるから」

「とはいっても俺の定期は石狩月潟までだかんな。それより先には行かないぞ」

「うん。そこで降りるつもり」


 息を呑む。彼女の瞳はひどく真剣だ。どうやら本気で俺の家宅捜索を試みているらしい。


「学校に忘れ物が……」

「めっ!」


 慌てて降りようとする俺を、脚を伸ばして妨げる少女。たいそう白くて艶やかなので視線をたじたじと逸らしていうちに、列車はホームを滑り出した。






_______

 石 狩 月 潟いしかりつきがた

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⇐ 知来乙 ❘ 豊ヶ岡 ⇒






「わたくしめの最寄りなのですが……」

「そんなの知ってる」


 夕風に吹きっさらしの乗降場。

 降り立った彼女は、ガラガラと昭和くさい硝子戸を開けて駅舎に入ると、くすんだ緑色の掲示ボードの前で足を止める。


「これ、どういうこと?」


 言われるがままに、彼女が指差した貼り紙を見る。

 そして俺は固まった。


札沼線さっしょうせん 廃止のお知らせ』


 一瞬、なんのことだかわからなかった。


「……って、どういうことだよ?」

「わからないから交通部のきみに聞いてるんじゃない。きみは聞いてないの?」

「全く。今知ったんだけど」


 読み進めれば、頭が段々と醒めてくる。

 札沼線さっしょうせん。俺たちの高校のある医療大学駅から北へ、ここ月潟つきがたを抜けて、新十津川しんとつかわへ至る鉄道。俺たちの通学の足である。

 しかし、沿線の過疎化、累積する赤字。線路の維持が困難になったこと。この駅を含め、今年度いっぱいで鉄道を廃止すること。そんな旨が記されていた。


「これって、この町から汽車がなくなるってことだよね」

「……そういうことに、なるよな。」


 俺の毎日の足が消える、そんな一方的な通告。


「協力して」


 唖然としていると、彼女は唐突に俺の手を握った。


「というと?」

「汽車が廃止になったら高校に通えない。私、転校することになる。」

「そうとは限らないんじゃないか? 廃止なら代替バスが出るはず……」

「この駅にもバスを乗り継いで来てるの、始発のバス。それでギリギリHRに間に合ってるんだから、汽車がバスになったら間に合わない」

「待って。碧水さんもここが最寄りってこと?」


 頷く彼女に、全部が繋がる。

 だから毎朝俺を見ているんだ、ここで。だから俺を呼んだのか、ここへ。


「私はこの高校でみんなと卒業したい」


 意を決した風に、彼女は言った。


「町とJRに、札沼線さっしょうせんの存続をお願いする。協力してくれるかな」

「は?」

「私一人じゃ全然知識ないから無理だけど、君は交通部でしょ?」

「いや、え。町と大企業相手に交渉するってのか?」


 俺は息を呑む。確かに突然の廃止は納得行かない。

 けれど、まさかそんな大博打を。


「お願い、君の力が必要なの。力を貸して、中ノ岱なかのたいくん」


 どこで知ったか俺の名を呼ぶ、不思議な少女――まさか、あの碧水へきすいかえでだったのか――は深々と頭を下げる。

 それは、全ての始まりだった。


「……わかった。やれるだけやってみる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る