フィーユの覚悟

    * * *



 やっぱり、ちゃんと基礎魔法を学んでおくべきだった。

 いや、それ以前に、知恵を身につけなくてはならなかった。

 フィーユはそう後悔する。


『フィーユ。冒険者に必要なのは、決して強力な魔法が使えることだけではない』


 祖父の言うとおりだった。

 祖父の反対を押し切って、半ば家出同然に飛び出してきたが、おかげでこんな有様だ。

 まさか弱小モンスターであるスライム相手にも苦戦してしまうなんて。

 とても冒険者としてやっていけない。

 これが現実。

 所詮は夢のまた夢だったということか。

 もう自分が試験が通ることはないだろう。

 ローエンスにも迷惑をかけてしまった。自分が足を引っ張ったせいで、彼はきっと本領を発揮できなかった。


 ──お前みたいなバカが勇者になれるワケないだろ!


 村のいじめっ子たちに言われた言葉が蘇る。

 悔しい。

 でも実際、力だけではどうすることもできないことを思い知らされている。


(やっぱり、ボクなんかじゃ勇者になれないのかなぁ?)


 涙が出る。

 ずっと勇者になりたかった。

 幼い子どもなら、一度は誰でも憧れる夢。

 いつかは忘れてしまう夢。

 でも、フィーユは本気だった。

 だって……許せなかったから。

 父と母を殺した魔族が、許せなかったから。

 何もできず、逃げることしかできなかった無力な自分が許せなかったから。

 力。とにかく力が欲しかった。奴らを滅せるだけの強力な力を! 弱い魔法なんて必要ない!


 ……でも間違っていた。

 そんな考えは、憎しみの対象である魔族と変わらない。

 やっと気づく。

 本当に強き者とは、他者を本気で思いやれる者のこと。

 自分はちっともそれができなかった。自分勝手に他人を巻き込んだ。

 勇者失格だ。


「ローくん……」


 だから、せめての気持ちで伝える。

 こんな自分とパーティーを組んでくれた少年に。


 ──ボクを見捨てて、逃げて。


 だが、その言葉を放つ必要はなかった。


「スライム! こっちだ!」


 ローエンスの掛け声。

 フィーユを群がっていたスライムたちは、一斉にローエンスを目がけて飛んでいった。


「え?」


 いったい、何が起こったのか?



    * * *



 使い魔が持つ能力は、主人である魔法使いも使うことができる。

 そこで僕は活用することにした。

 サキュバスの魅了チャームを。


「うおおおおおお!!」


 あれほどフィーユに執心していたスライムたちが瞬く間に僕に矛先を変える。

 すごいな、さすがはサキュバスの魅了魔法だ。

 発情したスライムたちは僕の体に我先と絡みつく。

 うわぁ、ねちょねちょして気持ち悪い!


『ローエンス様! たいへん色っぽい姿にキャディ興奮しております! あとで師匠と視界共有しよっと! きっと鼻血出して喜びますよ!』


 そんなことしなくてよろしい!

 とにかく作戦はうまくいった。

 あとは……。


「ローくん! 大丈夫!?」

「フィーユ! 僕に向けて最高火力の魔法を撃て!」

「え!?」


 おそらく、いま洞窟内にいるすべてのスライムが魅了チャームによって集まっている。

 一網打尽にするなら、いまがチャンスだ!


「で、でもそんなことしたらローくんが! それに、さっきみたいに洞窟が崩れて……」

「それでいい! ありったけの火力をぶつけるんだ!」

「で、できないよ! ボク、これ以上ローくんに迷惑かけたくない!」

「僕を信じろ!」

「っ!?」

「一緒に試験合格するって言ったろ!?」

「ローくん……」

「君は、勇者になるんだろ? だったら……こんなところで諦めるな!」


 フィーユはハッとした顔をして、瞳に涙を浮かべる。

 それは、悲しみの涙ではないように思えた。


「わかった……ボク、ローくんのこと信じる!」


 フィーユが剣を構える。刀身に眩い炎が纏う。

 凄まじいエネルギーが剣を中心にして集まっていくのがわかる。

 洞窟がまるで朝日を浴びたように明るくなる。


豪炎斬ブレイズザッパー!!」


 怒濤の勢いで炎の破壊光が迫る。


転移アポート!」


 直撃する寸前で、僕は転移魔法を自分自身に使う。

 スライムだけを置き去りにして。

 行く先はフィーユの真横。


「ローくん!?」

「フィーユ! 手を!」

「っ!? うん!」


 間近に転移してきた僕の手を、フィーユはすぐに掴む。


転移アポート!」


 衝撃波がやってくる前に、フィーユを連れて転移!


「うわっ!」

「きゃん!」


 何とか洞窟の外に転移成功。

 背後からは、洞窟もろとも崩れ去る音がした。

 さすがに、これで全滅しないスライムは存在しないだろう。


「やった! 作戦成功だよフィーユ!」

「え? え?」


 フィーユはまだ状況を把握できていないようだ。

 キョロキョロと周りを見渡している。


「凄いよフィーユ! 洞窟ごと木っ端微塵にしちゃう魔法が使えるなんて!」

「そ、そんな……いろんな魔法が使えるローくんのほうが凄いよ。ボクなんて、ずっと足手まといだったし……」

「何言ってるんだ。僕だけだったら、きっと体力と魔力を消耗して終わってた。フィーユがいたから、スライムを全滅させることができたんだ!」

「ローくん……」

「君の魔法が、僕を救ったんだ。だから……ありがとう!」

「っ!? ……ぐすっ。うん。こちらこそ、ありがとう。こんなボクを、頼ってくれて」


 フィーユは泣きじゃくりながら、何度も「ありがとう」と言った。


『はい時間よ~! まったく最近の若者ときたら! スライムの群れごときにやられちゃう半端物ばっかりじゃないの! さっさと故郷に帰って農家でも継ぎなさい! 合格者はたったの二人じゃないの!』


 空から審査官であるゴーレムの声が響く。

 合格者、たったの二人?

 それってまさか……。


 僕たちはドキドキしながら結果を待つ。


『というわけで……おめでとう! 合格者はローエンスとフィーユ! 最年少の二名よ! よく頑張ったんじゃないかしら!』


「っ!? やったぞフィーユ! 僕たち合格だって!」

「合格? ボクが……」


 喜ぶ僕と打って変わって、フィーユはどこか浮かない顔だった。


「いいのかな? 足引っ張ってばっかりだったボクが、このまま次の試験に進んで。正直、辞退したほうがいいかなって思ってるんだけど……」

「なに言ってるんだ! ギルドの審査官が認めたんだ! いいに決まってるじゃないか!」

「でも……」

「……なあ、フィーユ。失敗したら、できるようになるまで何度も試せばいいんだよ」

「え?」

「師匠もよく言ってる。一回の失敗だけで諦めるのは早い。何度も何度も挑戦して、上達していけばいいんだって」


 思い出す。師匠との修行の日々も。

 あの頃の僕も、失敗の連続だったけど、師匠の励ましのおかげでだんだんと使える魔法が増えていったんだ。


『あ~ん♡ ほら諦めないでローエンス♡ 念力だけでブラジャーのホックを外してごらんなさ~い♡』

『いや~ん♡ ほらほら、転移魔法で着せたい服を着せてごらんなさ~い♡ 今度はどれを着てほしいの? 看護服? バニー服? それともビキニ水着? 好きな衣装を着せて~ん♡』

『お~ん♡ 水魔法のコントロールも様になってきたわね~ん♡ そのまま激しくお尻を叩いてごらんなさ~い♡ うひぃぃん♡』


 うん、どれもろくな思い出じゃないけど、あの日々があったからこそ、いまの僕があるんだ。


「だからフィーユも、ここで挫けたりしないで頑張ってみようよ。基礎魔法なら、僕が教えるからさ」

「ローくん……」

「その代わり、フィーユも僕に魔法を教えてよ? 僕は、まだあんな高火力の魔法使えないからさ」

「……うん! わかった! ボク、諦めずにやってみるよ!」


 出会った瞬間と同じ明るい笑顔で、フィーユは僕の手を握った。


「じゃあ約束ね! お互い無事に合格したら、一緒に冒険に出ようね!」

「ごめん。それはちょっと考えさせて」

「ええ~!?」


 かくして、僕たちは無事に実技試験を乗り越えたのであった。




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