2-17 遠地作用の呪
「お見せいたしましょう、我が秘術【
いかにもな呪文の詠唱、これ見よがしな六芒星の魔法陣。
周囲の野次馬連中から見れば、さぞや魔女が魔術を用いて、傷の治療を行っているように見えるでしょう。
そのための分かりやすい演出なのですから。
「ジュリエッタ、申し訳ないのですけど、奇麗な水を汲んで来てくれないかしら? この術には、水を用いるのが良いので」
「分かりました! 少々お待ちください、ヴェル姉様!」
ジュリエッタは威勢よく返事をして、同時にヤブ医者を睨みつけて走っていきました。
「フンッ! 何かと思えば、魔女のまじないか! 薬を塗って、包帯でも巻けば良いものを、バカバカしい!」
ヤブ医者は二人の怪我人の内の一人をせっせと治療しながら、吐き捨てるように言いました。
持ってきた軟膏を塗り、その上から包帯を巻いて、さあこれで終わりだという感じで、こちらを睨んできましたが、私はそれを不敵な笑みで応酬。
視線と視線がぶつかり合い、見えない火花を散らす
耳を澄ませば、バチバチと音が聞こえてきそうな険悪な雰囲気ですわね。
「だから、言うたであろう? 魔女の魔術と、医者の医術、どちらが優れているかを、見せてやるとな!」
「愚かな! まじないで傷が治せる訳なかろう!」
「治せますよ。ですから、見ていなさいと言っているのです」
そうこうやり取りしていますと、ジュリエッタが戻って参りました。
水桶に水をたっぷり入れて、しかも柄杓まで持ってきております。上等上等。
「どうぞ、ヴェル姉様」
「ご苦労様。では、“施術”を行うとしましょうか」
私はまず、水桶の水面に指を触れ、そこに軽くフゥ~ッっと息を吹きかけました。
もちろん、これにも意味はありません。
「魔女は魔女らしく振る舞いなさい。凝った演出もまた、魔女の嗜み」
まだまだ魔女への迫害が色濃く残っていた頃であっても、平然と魔術を行使(したように見せていた)お婆様の教えです。
意味はなくとも、演出にはなる。
さも魔術を使っているような、見せるための無意味な行動。
傷の治療には、なんの影響もないただの演技。
「水の精霊ウンディーネよ、我が意に従い、清浄なる水の力をここへ」
それっぽい詠唱も終わり、柄杓で水を汲み上げ、それを突き刺した短剣にチョロチョロとかけました。
それを見て、ヤブ医者は大爆笑。
「何をするかと思えば、その清めの水とやらを、患者にではなく、剣の方にかけるのか! なんとバカな!」
「いいえ、これで正解です。今、私が用いている術のは【
説明しながら、まず水を二杯、そして、手隙の左手で印を組み、更なるお祈り。
周囲も奇異の視線を向けてきますが、構いませんとも。
最終的な結果を伴えば、ね。
「ゆえに、まずは血の穢れと呪いを受けた“剣”の方を清め、その清めの力と破邪の解呪により、その“剣”で斬られた傷の治りも早める。それが【
そして、今度は斬られた男の腕の傷に“清めの水”をかけ、再び印を組んでお祈り。
これで準備完了。
懐に入れておりました
「なんと愚かな! 傷口に薬も塗らず、魔女の作った訳の分からん水だけか!」
「はい。これで終了でございます」
「何度も言うが、まじないで傷が癒せる訳なかろう! ちゃんとした薬を塗って、それで初めて傷が癒えるのだ!」
「そうですか。では、一週間後、またお会いしましょう。魔術と医術、どちらが傷の治療に役立ったか、それを確かめましょうか」
「おお、いいとも! 魔女が赤っ恥をかくのが楽しみだ!」
そう言って、ヤブ医者は広げていた道具や薬を鞄にしまい、さっさと帰っていきました。
一週間後、自分が赤っ恥をかく事になるとも知らず、愚かな事です。
「あの、お二人さん、そういうわけで申し訳ないのですけど、一週間後にまたこちらに来ていただけないでしょうか? あのヤブ医者にギャフンと言わせて差し上げたいので、その巻いた布切れもそのままに、ね」
私が治療を施した方は手巾を、先方が施した方は包帯を、それぞれ巻いておりますが、これはそのままでというわけです。
その方が分かりやすいですからね。
それと、それぞれに銀貨を一枚ずつ差し上げておきました。
バカバカしい勝負に巻き込んだ手間賃というわけです。
(まあ、事の起こりは酔っ払い同士の喧嘩ですけどね)
さて、これにて準備完了。
あのヤブ医者が顔を真っ赤にする姿を想像するだけで、自然と笑いが込み上げてきそうですわ。
しかしこの時、私は気付いておりませんでした。
放置されていた重体の患者が、アゾットと共に消えてしまっていた事に。
そして、どこかに運び込んだ後、何食わぬ顔で戻って来ていた事に。
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