58. 協力要請


 宿、といっても上等な家具などは設備にない。ただ眠るための寝台と、食事用の机や椅子があるのみだ。

キサラは持参した紙と羽根ペンを並べ、持っていたジェッテの実を少量の水で溶かし、インクとして代用することにした。


 恐らくはこれ以降の「聞き取り調査」をキサラたちが任されることはない。事前の根回しなしでの接触からして、かなり危ういのだ。


(それでも、何も出来ないよりは)


 キサラはまず、探し相手……消えてしまった半成の名前、その身体的特徴、本人とはどういった関係なのかを聞き取って行った。

別紙に聞き取りに応じた一人一人の名前と、現在の滞在先などの一覧をまとめる。


 声掛けで集まった人数は想像以上に多く、部屋の前に待機列が出来る程だった。



「──して、これが?」

「はい。行方不明者の一覧と、その捜索に当たっている人々の滞在先です」


 キサラが集団に接触したことは、当然パドギリア子爵も報告を受けている。屋敷に戻って早々、面会の申し出をしたキサラに、子爵は執務室への入室を許可した。


 傍に控えていた使用人に書類を手渡せば、すぐさま毒や針が仕込まれていないか確認が入る。これは勿論キサラが疑われているということではなく、形式上必要な行為だ。


「私が“お願い”したのは監視だけのはずですがね」

「どんな処分でも受ける覚悟です」


 キサラを突き動かしていたのは使命感などといった上等なものではなく、強い焦りや、無力な自分自身に対する怒りだった。貴族の命令を無視したとも取れる行動は軽率であるし、暴走と呼ぶに等しい。

だというのに今でもどこかに走り出してしまいたい衝動と、どこへ向かえば良いのかわからない苛立ちや、形容し難い不快感がキサラの腹の中を不躾に掻き回している。


 パドギリア子爵も、何故そのような無謀へ走ったのかと問うことはしなかった。既に護衛は付けている上、万が一何かあったところで張り付いている魔物が対処するだろう。暴走する心情も理解出来るために、問題が些末であるなら咎める時間も惜しい。

 実際キサラはナキアに集団の所持品を調べさせ、危険はないという確証を得ている。そこから転移陣とは無関係であることを前提に動いていた。


 今回敢えて問題として上げるのであれば、キサラがパドギリア子爵の「判断を仰がず」「無断で」接触したことに限られる。


「この字は」

「僕が書きました」

「平民と聞いていましたが。ふむ。聞き取りも君が?」

「はい。彼らの証言からして、半成を標的とした誘拐で間違いないと思われます」

「転移陣まで持ち出しておいて、わざわざ半成を?」


 有力貴族を攫うために転移陣を用いるのであれば、まだ納得は行く。だが、半成相手に持ち出すには過剰な道具だろうとパドギリア子爵は指摘した。

というのも、半成が人間よりも高値で売れ、更に数を揃えたとしても転移陣を用意する費用の方が遥かに高額なのだ。


 それでいて惜しげもなく転移陣を使用している点を見ると、売買以外に何か目的があると考えられた。また、相手はそれなりに財があり、厄介な相手だろう。


(『娯楽用』に半成を捕えた、などという話が頻発していたのは法による規制が入る前の話でしたな。とすると、国外絡みであることも視野に入れなければなりませんか)


 今後「集団」相手の聞き取りはパドギリア子爵の私兵が引き継ぐことになる。書類を再び見れば、それが単なる走り書きや箇条書きではないことに違和感を覚えた。

 聞けばキサラには商会に勤めていた経験があり、手伝いをしていた書類の形式を真似ているのだとか。

わざわざまとめ直す必要がないことに安堵しつつ、書類は使用人に預ける。写しを幾つか作成するよう指示を添え、パドギリア子爵はキサラに向き直った。


「……彼らが協会を頼らなかった理由は聞きましたかな」

「勿論、協会への情報提供は真っ先に考えたようです。ただ、どれだけ頑張ったところで彼らは『ただの人間』ですから」

「なるほど、それで」


 協会……御伽ノ隣人フェアリーテイル・ブックは、只人では探し当てることの出来ない組織だ。これは人間界における共通認識でもある。


〔おい、俺にもわかるように言え。つまりどういうこった〕

(あー、えっと、僕たち人間……特に無族の間では『特殊な力を持たない人間』は『目印』が見つけられないから、協会に辿り着けないんだ。つまり、あの人たちは今回の件で協力してくれそうな団体に繋ぎが作れないってことだよ)

〔へぇ? 事前の選別みてぇなことか。で、特殊な力ってのはなんだ?〕

(魔法とかを指すことが多いかな。『魔に魅入られた者』とか半成は、特殊な力を持つ人間に区分されるみたいだよ)


 魔に魅入られた者は魔素に色が塗られている様を視る。妖精種の半成は音に耳を傾け、動物種の半成は特徴的な匂いを追う。それぞれの感覚へ訴えかける「目印」を辿ることで初めて「協会」との接触が図れるのだ。


『只人が半成を保護すること自体、何も珍しい話じゃないんだがな。協会の連中は誰一人それを信じちゃいない。同じもの……それが感覚的なもんかはわからないが、仲間だと認めない限り、道を開かない』


 只人とは、「魔力を持たない人間」、或いは「特別な力を持たない者」という意味がある。協会側や魔物たちから見た「人間」への呼称だ。


「滞在先を見る限り、ほとんどの者が宿で暮らしているようですな」

「はい。そもそも消えた半成の大半がこの町の住民ではないようです」

「ふむ。では半成たちが偶然この町に集まって来た、と」

「理由を知らないか尋ねてみましたが、正確なことは。ただ、『呼ばれた』と」

「呼ばれた……。なるほど、それはまた」


 聞き取りに応じた夫人によると、「町が目的というより、付近の村が集合場所だったのではないか」とのことだった。

キサラが半成の隠れ住む村の話をすれば、パドギリア子爵もマリーナから聞いていたのか、重く頷く。


「消える直前の半成たちは、一様に『催し』が開かれると浮ついた様子だったそうです」


 ところが村には誰も居らず、町にも変わった様子は一切ない。催しというもの自体がなかったのではないかという声も上がっていた。

だとすれば。


「何者かが『おびき寄せた』可能性があります」


 村へ集う半成たちを待ち構え、連れ去る。普段は隠れ住んでおり慎重に動く半成たちだが、どこに集うか事前に知り得れば、短期間の内に大勢転移させることも可能だろう。


「確かに貴重な情報ではありますが、赴く必要はありましたかな」


 パドギリア子爵の静かな声は、キサラの胸を抉った。


 キサラは「隙の無い人間」を演じるため、ファリオンやラギスを参考に振舞っていた。すぐ傍で見ていたイヴァラディジに言わせればただ「胡散臭かった」のだが、周囲から観察していた大人から見れば酷く痛々しい光景だ。

 今ですら、パドギリア子爵の目は気遣わしげである。彼の前にあるのは、無理に背伸びをして大人相手に渡り歩こうとする少年の姿だ。


 仮にタスラが同行していなければ、聞き取り一つ上手くいかなかっただろう。


「……わかりません」


 キサラは、「人探し」をしている集団に「町を巡回するのは辞めないこと」「出来れば注意深く建物や町の人たちを見て回ること」「何かあれば必ずパドギリア子爵の私兵へ伝えること」を求めた。


 聞き取りもこれらの要請も、キサラがやらなくてもパドギリア子爵が近日中には終えていただろう。

敢えて自分の立場や身を危険に晒してまですることだったのか。子爵の問いはそこにある。


「命令として与えることはただ一つ。安全に過ごすことです。君にとってシーラさんの代わりが居ないように、シーラさんにとって君たちの代わりは居ないでしょう」


 部屋の隅で立ち尽くしていたタスラにも、パドギリア子爵がそっと声をかける。声を張っているわけではないが、俯いた二人の耳にはすんなりと届いた。


「……申し訳、ございません」

「大人を見ていると、手続きだのなんだのと、面倒な手回しばかりで物足りないでしょう。特にその年頃では右も左もなく走り出したくなるものですからな。しかし、まずは我々を頼ることから始めてみてはくれませんか」

「……はい」

「大人を頼りなさい。周りの手を借りなさい。君たちは健やかに過ごしていくことが、何よりの仕事だ」


 パドギリア子爵が左手を持ち上げ、キサラはそれを目で追った。中指には一際目立つ指輪が鎮座しており、うっすらと光を帯びている。


(あの指輪……)

〔魔石が組み込まれてんな。随分ちっせぇ魔導具だ〕

(あれが、魔石……?)

〔ア? 魔石とただの石の見分けもつかねぇのか。相当勘が鈍いんだな、人族ってのは〕


 大きさだけで言えば「動力源として魔石が魔導具に組み込まれている」というより「魔石そのものが本体」であるかのような印象を受けた。

貴重な魔石からなる貴金属といえば貴族しか所有出来ないが、そもそも宝石の段階からしてキサラには馴染みがない。


〔織り込まれた魔術を当てて見ろ〕

(見当も付かないよ)

〔そうか? 術式なんざ視えねぇでもある程度は予測が立つもんだぜ〕

(どうやって?)

〔立場をよく考えろ。それから形状だ。貴族こいつらの装飾品と来たら攻撃系のもんはまず除外される〕

(それはどうして)

〔私兵とかいう連中がそれを担うからだ。刻むべきは防御系の魔術だろうな〕


 襲撃などで身の危険があった場合、貴族にとって重要なのはその場を生き延びることであって、襲撃犯の撃退そのものではない。


(じゃあアレも防御系の魔術が?)

〔いいや? あの指輪は通信用の魔導具だ〕


 その瞬間視界に光が躍り、パドギリア子爵の魔導具が起動した。


「“接続”。協会幹部、ワガヌ・ロッドを指定。ハパトギロニア領子爵位・パドギリアより『半成を狙った重大事件』を確認。ここに【異常事態】を宣言する」


 魔石の影響か、声が室内で反響を起こした。ズレたのか、重なったのか。通常の声量だというのに、パドギリア子爵の声は辺りへ大きく轟いた。



「よってここに、御伽ノ隣人フェアリーテイル・ブック召喚を行う」



 次の瞬間部屋に現れたのは、複数の魔法陣だった。



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ロルスの鍵 ふゆのこみち @fuyunoko

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