第20話 俺の知らない二人目の父親

 なるほどな。そいつはいわゆる武蔵坊弁慶みたいな奴って事だな。


「さしずめ俺は牛若丸で……ってそれはないか……」


 まぁ、刀千本と言えば、俺は真っ先にそれを想い出した。まさかそんな奴がこっちの世界にもいるなんて……。刀千本って結構メジャーな趣味なのだろうか。

 

 そして、思わず口をついた俺の言葉に毒の少女が興味を示す。


「ねぇねぇ。そのウシワカマルってなんなの?あなたがウシワカマルなの?」


「いや違うよ。俺の知ってる昔話に出てくる主人公さ。その牛若丸が刀を千本集めてる武蔵坊弁慶って男を倒して家来にするんだ。」


「なんだ……昔話か。あなたもそのウシワカマルみたいに強かったら良かったのにね。」


 いやはやなんとも……本当にその通りだ。


 毒の少女や悪党三人組の話を総合すると、どうやらその大刀の怪人とやらは神出鬼没の大男で恐ろしい程の剣の達人らしい。


 そしてその怪人は俺と同じく大刀を使うのだ。


 実際に彼はこの南方の地では知る人ぞ知る有名人で、彼は自らを狂人を自称し、武術の腕が立つ人物を見つけては勝負を挑み、その戦利品として相手の武器を奪うのだそうだ。

 当然、負けた相手は無事では済まされない。命を失うものも少なく無く、いくら武芸の達人であっても怪人と出会えば皆その武器を懐に隠し怪人が通り過ぎるのをひたすら黙って待つしかないのだ。


 そして、面倒な事にその怪人は千人目の相手として何故か俺の行方を探しているらしい……。


 俺はさすがに「人違いじゃないのか?」とも思うのだが、俺はまだクオンなんて名前をこの異世界で聞いたことがなかった。


 まさかこんな異世界で自分が弁慶に狙われていたてなんて……。なんと物語の主人公らしくなってきたのだろうか。


 俺は自らの危機に直面してそんな間の抜けた事を思ってしまった。それはたぶんこの奇妙な現実を受け入れる事を拒否しているに違いない。


 昨日、毒の少女と出会ってからと言うもの誤解や陰謀そして殺人……そんなものが突然に身近になって、どうやら俺は少し頭がおかしくなってしまったようだ。




「それよりさ、あなたの刀のことよ。なんであなたは剣じゃなくて刀を使ってるわけ?」


 毒の少女は怪人の説明が終わると、俺の剣のことに話を戻した。もちろん例の三人組もその事をやたら気にしている様子だ。


「いやさ…これって俺の親父の形見だから。」


 俺は普通にそう答えた。剣だろうが刀だろうが俺にはさほど変わらないような気がするのだが、どうも世間はそう思わないらしい。


 ここではそこが大きな問題となってくるのだ。


「そうか、そう言えばあなた団長の実の息子じゃなかったもんね。」


「そういうこと。俺が王都を出るときに親父の形見だって母が渡してくれたんだ。」


「でもあなたの実のお父さんって変わってるわね。騎士団なら普通は剣でしょう。」


 俺は邪教派の三人がいるにも関わらず大刀と父親の事を少女にそのまま説明した。まぁ俺も今となっては騎士団に追われている身だ。今さら隠す様なことでも無いだろう。


 するとその話を聞いていたリーダーやさ男が本来の刀の持ち主について興味を持ったらしく「おい。兄さん。その死んだ本当の親父さんってのはもしかしてカシムの旦那のことか?」と、少し食いつき気味で尋ねてきた。


 えっと……親父の名前……なんだっけ?俺は、つい先日母親に教えてもらった実の父の名前を思い出すために拙い記憶を辿る……さそう言えば王都の外れにあった親父の墓には男の言う通りカシムの名前が刻まれていた。


「え?あんたもしかして俺の親父のことを知っているのか?」


 俺は思わず男に聞き返した。今までひた隠しにされていた親父の名前に、王都からこんな離れたところで、こうも簡単に出会えるとはおかしなものである。


「知っっているもなにも、つい20年ほど前まで騎士団の南方師団長だった人だからな。俺もその当時はまだガキだったから噂でしか知らねぇが……大刀の使い手で邪教派の連中も一目置いていた人物だぜ。お前さんは自分の親父なのにもしかして知らなかったのかい?」


「いや……そんなことは聞かされた事が無い。と言うより俺には親父の記憶が一切ないんだよ。俺は記憶喪失ってやつなんだ。」


「はぁ〜、あんな英雄を親父に持っておいてその事を全く知らねぇなんてな……。まぁ比較されれりゃそりゃ義理の親父もやっかみたくなるだろうよ。教えねぇのも無理ないか。」


「あんたのお父さんって、そんなに凄い人だったのね。」


「いや……俺も今初めて聞いたんだ。」


「じゃあ、それで怪人に狙われてるんじゃないの?たぶん息子だから勝手に強いと思われているのよ。」


「それだな。姫の言う通りそれが理由だろう。」


 男達と毒の少女はそれで納得したようだったが、俺にとっては腑に落ちな点が一つある。なんで怪人は俺のクオンと言う名前を知っているのだろう。


 この異世界に来てクオンの名前を口にしたには昨日が初めてだったと言うのに。



「しかし兄さん。あんたは運がいい。お前さんがカシム師団長の息子ならこの南方の地では匿ってくれる奴が何人か居るはずだ。なんせカシムの旦那には邪教派の者でも世話になっている奴がたくさん居るからな。」


「でも、俺の親父は邪教派に殺されたと…」


「あぁ。そういう噂だが…。しかし邪教派って言っても一つではないからな。実際、何処の教派が殺ったのかはわかっていない。もしかしたら…何処もやって無いんじゃねぇかって話もある。まぁお前達は俺達を邪教派と纏めて呼ぶが、実際は聖教派に従わない南方の数十の教派を北方の奴らが勝手に邪教と呼んでいるだけだからな。まぁいまだにお前の親父に恩を感じている奴は邪教派の中にも必ずいるはずだぜ。」


 なるほど、それは朗報である。


 しかし…俺はいったいこれからどうしたものだろうか…



 騎士団と邪教派に追われ、そして怪人にまで付け狙われ。俺の旅はここに来て急展開だ。


 まったく……こんな旅を誰が想像しただろうか……。



次話


『クオン……ついにキレる。』

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