第245.5話 秋季神奈川県大会3回戦
日本代表がオーストラリア代表と戦っている時、日本では湘東学園対金澤高校の試合があった。金澤高校は夏の南神奈川県大会ベスト4に入った高校で、エースの最速は129キロ。一方で湘東学園の先発は最速が131キロに更新された1年生の島谷が務める。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 右翼手 高谷俊江
2番 捕手 梅村詩野
3番 二塁手 木南聖
4番 一塁手 江渕智賀
5番 中堅手 勝本光月
6番 遊撃手 水江麻樹
7番 左翼手 下田海里
8番 三塁手 熊川茉莉
9番 投手 島谷浩美
サードのスタメンは関口から熊川に代わり、レフトは中谷から下田に代わった。どちらも守備をより重視したためであり、左方向への打球に備えている。
今日の湘東学園の相手である金澤高校は左打者が多く、そのために左の速球派である島谷を先発させた。流し打ち方向の打球が多くなるからと、左方向への守備を強化した。その采配を行なった御影監督は1回表、島谷がサードゴロ、三振、レフトフライに打ち取ったのを見て、満足気に頷く。
1回裏になり、1番の高谷が打席に入る。すると金澤高校の捕手は、高谷に聞こえるよう呟く。
「カノンと伊藤のいない湘東学園なんて、中堅校以下だし怖がらなくて良いのに」
この言葉に、高谷はまさしくその通りですと返し、逆に相手の捕手を驚かせる。挑発的な態度を取り、相手の意識や集中力を少しでも削ごうとした彼女にとって、不意討ちを受けた形になった。そして高谷は初球、128キロの速球を芯で捉えてかっ飛ばし、歩き始めながら言う。
「でも、貴方達に負ける気はしないです」
初回先頭打者初球本塁打により、湘東学園は1点を先制。続くバッターにも安打や長打が続き、湘東学園は初回から6点を入れ、なおもワンナウトランナー1塁3塁で2巡目に入った高谷が打席に入る。
「うちのエースが、ここまで打たれるとは思わなかった」
「……」
「無視か。これでカノンや伊藤がいたら、ワンナウトも取れなかったよ」
「試合中に喋るのは結構ですけど、それで相手を打ち取ったからって自分の実力が上がるわけじゃないですよ?」
試合中の私語というのは、禁止されている。もちろん談笑なんてしていれば注意は飛ぶが、一言二言の会話で一々介入する審判は少ない。金澤高校の捕手は、再度高谷に話しかけて、野球への認識の違いを把握してしまう。
高谷は、来た球に逆らわず流し打ちをした。7点目のタイムリーヒットとなり、湘東学園は最終的にこの回だけで11点を獲得する。
「……2巡目から話しかけて来なくなったけど、高谷が何か言ったの?」
「えっと、話しかけることで打ち取れたとしても、自分の実力は上がらないですよと言いました」
梅村の質問に対し、素直に応える高谷。自分の前のバッターである高谷に対しては会話している素振りがあったのに、梅村の打席になった瞬間に喋ることを止めていたので、高谷が止めたのではないかという梅村の考えは的中していた。
「おーおー。高谷は容赦ないなぁ」
「え、そんなに駄目でした?」
「さぁー?どうだろう?
詩野ちゃんやひじりんは、相手のキャッチャーが喋っていた方が打ちやすそうだったけど」
高谷の回答を聞いて、今日は投げるなと言われ暇な西野が茶化す。そして梅村からの、解説が入った。
「あの程度の煽り方なら、丁度良いぐらいに力が入るんじゃない?だから一巡目は、長打が多かったでしょ」
「……止めたのは、よくありませんでしたか?」
「難しい所だね。カッカする人はいない以上、止める必要も無かったと思っただけだよ」
野球は、精神状態に左右されやすい。怒っていると打ち損じる人がいれば、良い具合に力が入ることもある。少しムッとするようなことを言われるだけで調子を崩す打線があれば、逆に長打が連発する打線も存在する。
湘東学園のスタメンには、相手捕手の影響を受けない人や、良い具合に力が入る人が多かった。少なくとも煽られただけで、自滅するような人は居なかったために金澤高校の捕手の仕掛けは徒労に終わっている。
「……私以外、反論すらしなかったんですか。私も少し、頭を冷やせば良かったですね」
「いやいや、カノンなら反論したんじゃない?真凡ちゃんも、煽り耐性は低そうだし反論したかも」
そういった会話の流れの中で、高谷は反論してしまった高谷自身が1番余裕の無かった打者だと分かってしまい、顔を真っ赤にする。今回は力が良い具合に入っただけで、下手すれば流れを生み出せなかった可能性すらあると考えた高谷は、ベンチで顔を伏せた。
試合は初回に11点のリードを得た湘東学園が、17対0で勝利。島谷は相手打線を1安打で抑え、自信に繋げた。本塁打は高谷と江渕が1本ずつ打ち、勝本は全打席安打の活躍を見せる。3回戦の中では屈指の好カードだと言われた試合は、終わってみれば湘東学園の圧勝だった。
明日に行なわれる4回戦の相手は向中高校に決まり、先発は西野に託される。1年生達の、最後のアピールが始まった。
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