第241話 魔球
2回表になって、ドミニカは1回表の時と同じようにぶんぶんバットを振り回してくる。この回は特に要注意人物が並ぶ中軸を迎えるけど、この状況は逆に有り難いのかな。とか思っていたら、ツーアウトから6番の打球がバックスクリーンへ吸い込まれて行った。
「……打球のノビが、尋常じゃないよ」
思わずそう、呟いてしまう。身体が太いし筋肉質だから、パワーは世界トップレベルだし、ドミニカ代表の選手達は全員がホームランを打てると思う。ただ、それでも私のスイングの方が速いということは、私の理論は決して間違ってはいなかったということだ。
ホームランを打たれても、後続のバッターを芳田さんは三振で抑え、試合は1対1の状態で進んでいく。……いや本当に、U-18のドミニカ打線を相手に、三振の山を築く芳田さんはヤバいと思う。それだけ芳田さんのナックルが完璧ということだし、一言で言ってしまえば魔球だ。
一方で、打線はドミニカの先発の人に苦戦をする。あの巨体で、失礼な言い方だけどドラム缶のような体型で、胸やお腹を揺らしながら速球を毎回枠ギリギリに投げ込まれるのは日本の高校生だとトップレベルでも打ち返すのが難しい。私の2打席目も単打になったし、速球に威力があった。
次に動きがあったのは、6回裏の日本の攻撃。ドミニカ代表は、2巡目からかなりナックルにバットを当てようとしてきたけど、ほとんどが三振で抑えられている。ドミニカの先発も初回から飛ばしていたけど、6回裏を迎えて疲れが見え始めてきた。
この回は3番の本城さんからの打順だけど、私の前に出塁することが出来ずショートゴロでワンナウト。ここで投手が交代し、中継ぎの人が出て来たけど、ドミニカの選手の中では球速が遅い方だね。
地味にスイス戦とイングランド戦に出場して連投規制に引っかかっている中継ぎ投手が2人いるから、日本にとってはありがたい。その2人だと、私でも初見でホームランは難しかったかもしれないし。
初球は、インハイの高めに132キロの速球。ボール球だったので見逃して、点を取るためにホームランを打てる球を待つ。別に打線が頼りになるなら私だけで無理に点を取りに行かなくて良いし、このまま少ない点差で負けたとしても日本の予選通過はほぼ確定しているけど、やっぱり勝ちに行きたい。
勝つためには、あと1点がいる。芳田さんは2巡目に粘られて球数が増えたのと、疲労を考えて7回までということになっているけど、7回まではキッチリと抑えてくれるはず。その後の2イニングを抑えるのは、私になるだろうね。
2球目の緩く曲がる変化球をカットして、3球目。アウトコースの低めに投げられた速球を捉えて、ライト方向へ流す。流し打ちでも芯に当たりさえすれば、私のスイングスピードだとホームランになる。
打球は、ライトのポール際の観客席に入った。6回裏、ソロホームランで日本は1対2と勝ち越し、再びリードをする。そのまま8回表を迎えて、マウンドに登るのは私。キャッチャーも篠宮先輩に代わって、ドミニカ打線は7番から。
「3失点までは許容範囲だが、今日のお前の出来なら打たれる気がしないな」
「篠宮先輩も、失点する気は無いでしょ。速球に強い打者が多いので、縦スラ中心になりますかね」
投球練習後、軽く篠宮先輩と話した後にドミニカ打線の7番、8番、9番を三者凡退で抑える。迎えた9回表。私はワンナウトから2番のバッターに、一発を浴びた。
……9回表、1対2が2対2になって、向こうのベンチは活気づく。別に、失投でも何でもない。速球に強いバッターに対してツーシームを投げ、引っ掛けさせようとしたら、力で強引に持って行かれただけだ。私も似たようなことはしているし、むしろよくしていることだけど、やられるとなると理不尽さを感じるね。
延長戦が視野に入った9回裏。2対2の同点の場面で私はドミニカの3人目の投手からサヨナラホームランを打ち、何とか投手としての失態を野手としての活躍で挽回する。日本対ドミニカの試合は、ホームランが4本出て2対3と、大味な試合になった。
何はともあれ、日本は予選Dブロックを1位で通過。2位はイングランドになって、この2ヵ国が決勝トーナメントに進出する。対となるブロックのCブロックは、アメリカが3連勝で1位通過。韓国が2勝で2位通過となったため、決勝トーナメント1回戦の組み合わせはアメリカ対イングランド、日本対韓国になる。
2回戦の相手は、Aブロック2位通過のオーストラリアとBブロック1位通過のカナダのどちらかになる。カナダはU-18W杯での優勝経験が豊富で強いけど、オーストラリアも開催国というアドバンテージがあるからどちらが勝つとは断言出来ないかな。
あと4回勝てば世界一だけど、道のりとしてはここで半分ぐらい。決勝トーナメントで当たる国が弱いということは無いし、韓国だって世界ランク13位の強豪国になる。でも、この1回戦だけは心情的に絶対負けられない戦いになるね。
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