第204話 ワンポイント
甲子園9日目、第4試合の高岡工業対湘東学園の試合は1対9で5回表を迎える。初回、2回と順調に抑えていた久美ちゃんは3回にヒットと牽制球暴投で1点を失ったけど、4回も3人で抑えたのでわりと元気だ。
しかし5回表になると球数が嵩んで来たせいで少し疲れが見えて来た。球威が落ちた所で、フォアボールとヒットによりワンナウトランナー1塁2塁のピンチを迎える。
ここで初めて湘東学園は守備のタイムを使い、伝令の光月ちゃんがいつものスポーツドリンクを水で薄めた飲み物を持ってくる。日が傾いてはいるけど、だからこそグラウンド上は暑いし、マウンドの体感温度は40℃を超えているはず。
結局久美ちゃんは、次のバッターをサードゴロに打ち取り、聖ちゃんはサードベースを踏んでから1塁へ送球。無事に併殺打となって5回表を切り抜けた。
「ふぅ、中々に消耗しますね」
「大丈夫?一応6回から、宮守さんが投げられるけど」
「次のバッターは左バッターですし、そこまでは抑えますよ」
ベンチに戻ると、久美ちゃんは汗が噴き出していたので思っていたより消耗をしていた。先頭バッターに粘られたのは効いているみたいだし、完投は無理そう。甲子園でも毎試合完投をしている芳田さんが、如何に化け物かということがよく分かるね。
5回裏は私のツーベースヒットで2点を追加し、迎えた6回表。この回の先頭バッターを三振で抑え切った久美ちゃんはここで交代して、マウンドには1年生の宮守さんが登る。
迎えるのは、高岡工業の下位打線に並ぶ右バッター2人。お膳立てはしたので、しっかりと抑えて欲しいね。
マウンドへ行く宮守を、ベンチの最前列で応援している中谷と高谷が見送る。
「瑞輝ちゃんは大丈夫かなぁ?観客から「おっそ」って声が聞こえて来そう」
「……投球練習のストレートが118キロなら、気合いは入っている方ですし、攻略は難しいはずです」
中谷は心配をしながら声を出し、高谷はフォローをする。実際、最速が119キロというのは甲子園のマウンドに登るような投手であれば遅い方であり、最速が128キロの春谷とは10キロ近い差がある。
それでもマウンドへ送ったのは、相手が右打者だからになる。右打者には右投手を、左打者には左投手をというのは最早一種の常識であり、御影監督はその常識を信じて疑わない。
もちろん奏音のように、右投手でも左投手でも関係無く打てるバッターというのは存在する。それでも右と左での打ちやすさや打ちにくさは顕著に表れる部分で、差し込まれるか外へ逃げるか、これが反転するのは大きい。
投手が代わったタイミングで、高岡工業は代打を送る。左の好打者が多い高岡工業で、1回戦はスタメンだった選手だ。2回戦は春谷が先発として出て来ると高岡工業の監督は読み、右打者を並べるためにスタメンを外れた彼女は、対カノン用の代打に回されていた。
「代打は、1回戦で7番を打ってた人ですか。……まあでも瑞輝さんは、左打者を苦にはしないです」
「瑞輝ちゃんは、落ちる変化球しか無いからね。特にこういう場面だと、縦スラしか投げないと思う」
しかし代打で出たバッターは、宮守の縦スラ2球であっさりと追い込まれる。キレの良い宮守の縦スラは、打者の手元で変化する。それを2球目でファールにしたことに梅村は流石だと思いながら、宮守に大きな変化をする縦スラを要求した。
勝負の3球目。明らかに高校1年生が投げて良い変化量では無い縦スライダーを投じた宮守は、バッターが空振りするのを見て静かに喜ぶ。ベースの手前でワンバウンドした球は、きっちりと梅村が捕球してツーアウト。
続くバッターもセカンドゴロに打ち取り、宮守は無事に6回表を0点で抑え切る。そして続く7回表には島谷が登板し、宮守以上の衝撃を世間に与えた。
1対12で迎えた7回表は島谷さんが抑えで投げるけど、球場が騒めいている。先頭バッターの初球に、130キロのストレートを投げ込んだからだ。5月の合宿の頃から、最速は2キロぐらい早くなっている。
1年生で130キロのストレートを投げられるのは、そうは居ない。それも、左腕でなら価値は相当なものになる。……統光学園の新開さんも1年生で左腕なのに130キロを出していたけど、あれは1年の秋だったし、島谷さんの方が到達タイミングは早そう。
コントロールも乱すことなく、不利なカウントにはならないようにストライク先行で島谷さんは投げて行く。中学時代、世代ナンバーワン左腕の称号を与えられたのは伊達ではないということだ。
最後まで島谷さんは投げ切り、湘東学園は1対12と大勝。エースと守護神を温存したまま、3回戦へと駒を進めた。いやまあ、エースと守護神を温存しているのは大阪桐正も全く一緒なんだけど。
3回戦は大会13日目の第2試合だから、中3日で大坂桐正との決戦を迎える。甲子園2試合分のデータも解析して、万全の状態で試合に臨みたいね。
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