第109話 師走
12月に入って肌寒い日が続くけど、今日も今日とて朝から晩まで練習を続ける。そして今日から、グラウンドの横で工事が始まった。
「あれ?ナイター照明設備の工事はもう終わったんだよね?」
「うん。今度は寮を建てるみたいだから、またしばらくは五月蠅くなるね。冬休みと春休みを使って、一気に建てるみたいだけど」
「……寮?」
「寮」
優紀ちゃんが何を建てているのか聞いて来たので、野球部の寮が建てられるということを伝える。私達も2年間だけだけど使えるみたいだし、あとで入寮するかどうか、野球部のみんなに聞いて回らないといけない。
「待って、唐突過ぎてついて行けないんだけど。私達も、寮に入れるの?」
「いや、私だって唐突に伯母から寮を建てるって言われたからどうしようも無いんだけど。あ、冬合宿中に資材運びのお手伝いとかすることになったから、体力作りとバイトも兼ねて手伝いをするよ。あと、優紀ちゃんも普通に入れるから安心して」
伯母から寮を建てると告げられた時は、正気かこいつと思った。だけど、将来的に湘東学園が強豪校へと変貌するためには寮を建てた方が良いという判断になったみたい。
「バイト?それなら、お金とか貰えるの?」
「ええっと、稼いだお金は木製バットの購入資金に消えるから、手元に入る金額については期待しないでね」
会話を聞いていた真凡ちゃんが質問して来たので、バイトのお金は木製バットの購入費用に消えることを言ってしまう。買って貰った大量のボールも追加で買っていかないといけないし、野球をする以上、お金の話が付き纏うことは仕方が無い。
この新しく建設される寮には月々5万円で入れるそうだけど、3人部屋を想定しているそうだ。私達の代は、しばらく3人部屋を1人で使えそうだけどね。新築だし、快適そうではあるけど、不安も多い。食堂も作るようで、入寮者には朝昼晩と3食とも出るとのこと。
来年度の野球部員は、御影監督と矢城コーチの推測だけど50人近く集まるらしい。まだ正式な通知こそ来ていないものの、選抜出場がほぼ確定的なことは生徒を集める一因になったようだ。スカウトとかほとんどしていないのに、選手が集まるのは凄いな。
「木製バットって、高いの?」
「まとめ買いをしているから、1本2000円ぐらいだね。頑丈さがアピールポイントの良いバットのはずだから、そう簡単には折れないはずだったんだけど……みんな練習熱心だからすぐに折れちゃう」
「……練習球も、マネージャー達が修繕してくれるようになったのは、お金が無いから?」
「うーん、お金がまるっきり無いというわけでは無いんだよね。でも、すぐに捨てるのも勿体無いという判断かな。みんなちゃんと部費は払ってくれているし、いざとなれば私の懐から出せるから大丈夫だよ」
真凡ちゃんが1番練習で木製バットを折っているので、流石に気にしている感じだけど、お金のことを心配するぐらいならその分上手くなって、プロになってから恩返ししてねと言っておく。
……ドラフト会議で試合をしたことのある人達がプロになったことで、部内でもプロ選手に意識が向き始めた人が多いんだよね。だからみんな遅くまで真剣に練習へ打ち込むようになったし、そんな最悪のタイミングで木製バットを導入したから、折れる折れる。
「ねえ。今日は、何球打って良い?」
「今日は100球交代で智賀ちゃんとピッチングマシンを1台使って。打った球の回収はちゃんとしてよ」
「了解。2往復は出来そうね」
まあ、練習に身が入っているから何も言わないけど。そして私よりマシン打撃に打ち込んでいる真凡ちゃんは、木製バットの扱いが日に日に上手くなっている。他校が脅威と感じるような1番バッターに、将来的にはなれると思っていたけど、その日は近いかもしれない。
「真凡ちゃん、昨日はほぼ芯だけで捉えてたよ」
「へえ。だから、昨日はバットが折れて無かったのかな?真凡ちゃんは、選抜までに木製バットへの適応が間に合いそうだね」
「うん。智賀ちゃんは、苦戦しているけどね」
「……まあ、智賀ちゃんの方は金属バットで詰まりながら打っている状態だし、それは予想できたことだよ。優紀ちゃんは、木製バットだと前に飛ばなくなったし」
「う゛っ。最近は投げ込みと走り込みしかしてないんだから仕方ないじゃん」
優紀ちゃんと久美ちゃんは、2人とも交互で走り込みの日、投げ込みの日をローテーションしている。真凡ちゃんの捕手練習を無くしたから、詩野ちゃんが1人で投手陣の面倒を見ることになったけど、意外と何とかなっている状態。
私は時々、新しく覚えようとしている変化球を試しに投げ込んで、詩野ちゃんに駄目だしされるということを繰り返している。新球種を付け焼刃で終わらせるわけにはいかないし、何とかして緩急のある変化球を取得したいけど、現状では高速シュートが最もしっくり来てしまうという。
きっと甲子園では抑えとして登板する機会が増えると思うから、このシュートを磨くことになるのかな。ちなみに、投手能力が1番向上しているのは1番投げ込み数が少ない智賀ちゃん。身体の成長が止まらないせいか、自然と118キロまで出せるようになった。
身長は180弱でピタリと止まって、そろそろ球速の成長も止まりそうなものだけど、まだまだ筋肉量は増やせるだろうから、高校3年生になれば130キロは出せるな。ただし、コントロールは未だにおぼつかない。
智賀ちゃんを投手として育てていくか、打者に専念して育てるかは迷う。両方を求めるのは、流石に時間が足りなさ過ぎる。まあ本人次第だし、望むなら二刀流はさせるけど、近い内にその選択をする時が来そうかな。
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