第93話 秋大決勝

関東大会は1回戦で各県の1位と2位がぶつかることになる。だから開催県じゃ無くても1位を狙う意味はあるし、開催県ならシードという大きなアドバンテージがある。1勝で選抜出場が確定するのだから、積極的にならない方がおかしい。


東洋大相模の先発は、1年生の柏原さん。夏の大会で私に先頭打者本塁打を浴びて、6球での降板をしてしまった彼女は、夏を経て一回り以上の成長をしていた。一方で和泉大川越の先発は私達を相手に1失点完投をしている大槻さん。昨日の疲れは、残って無さそうかな。回復は早そうだし、連投も慣れているはず。


いや、昨日の投球は少なからず影響しているかも。少ない点差で常にリードしている状態だったから、相当神経をすり減らして投げていたに違いない、と思いたい。


「……どっちが勝つと思う?」

「うーん、和泉大川越が勝ちそうかな。東洋大相模も強力な打線だけど、大槻さんを打ち崩せるとは思えないんだよね」

「私があの時、打てていればあの場に立っているのは私達だったのかもしれないんですよね」

「智賀ちゃんが打てていればって、5回表の時のこと?打ちに行って、差し込まれながらもライトへの大飛球になったんだから、後悔する必要は無いよ。あれは、向こうの守備を褒めるべきだし」


私の隣には、詩野ちゃんと智賀ちゃんが座った。和泉大川越に勝てていれば、私達が決勝の舞台に立てていたということを考えると、やっぱり悔しく感じてしまう部分はある。


決勝戦は、和泉大川越の先攻で始まった。東洋大相模の先発、柏原さんは夏の時よりも一段とシュートに磨きをかけたようで、右バッターの胸元に抉り込むような、えげつないシュートを投げ込んでいる。


2年後には、柏原さんもドラフト候補になってそう。そうでなくても1年の秋から東洋大相模の1番を背負っているのだから、かなりの投手には成長すると思う。


しかし和泉大川越の3番、捕手の大橋さんがヒットで出塁すると、4番の大槻さんが長打を打ち、和泉大川越が早くも1点を先制した。これは和泉大川越が大分有利になったなと思ったら、裏の回で東洋大相模の4番、村中さんからツーランホームランが飛び出して東洋大相模が逆転。


あの村中さんは、私達と戦った時も代打で出て来た人だったっけ。ちょうど私がマウンドに登った時、代打で出て来た足の速い人だったからよく憶えている。


大槻さんからホームランを打てたということは、夏の間に速球対策でもしたのかな?部員数が150人を超えている東洋大相模で、夏大に2年生の野手でベンチ入りを果たしていたのだから、才能は相当なものだと思うけど。


「乱打戦に、なりそうですね」

「久美ちゃん、背中側から伸し掛かるの止めて」

「……優紀さんには何も言わなかったのに、私だけ駄目なんですか?」

「えっ、いや、その……優紀ちゃんなら、何も心配しなくても良いからだよ」


久美ちゃんが途中から背中に抱き着きながら観戦を始めたので、隣の詩野ちゃんがにやにやしながらこっちを見て来る。私の隣に座ったの、さては確信犯だな?


詩野ちゃんがキャッチャーだからか、詩野ちゃんと久美ちゃんの力関係は詩野ちゃん>久美ちゃんなんだよね。ガールズ時代のあだ名が狂犬っていうのは、長く一緒にいればいるほどよく理解が出来る。わりと嫌味ったらしいところもあるし、中学時代はもっと酷かったそうだから、敵を作りやすい性格だったんじゃないかな。


まあ、キャッチャーが礼儀正しいというのはそれはそれで不安になる。試合の方は打撃戦の様相を呈して来たけど、両投手が何とか踏ん張っている。だけど4回表に和泉大川越が1点を入れて、2対2の同点となった。


「これは……延長戦になりそう」

「延長戦に入れば東洋大相模が圧倒的に有利だけど、7回表から石川さんか」


両校とも安打数は多いけど、両先発が勝負所でキッチリと抑えている。詩野ちゃんが延長戦になりそうと言った7回表、東洋大相模は昨日の試合で先発したスクリューの使い手、石川さんをマウンドに上げる。


「あの石川さんから、私がタイムリーツーベースを打てたのは今でも信じられないですよ」

「石川さんの弱点でもあるからね。スクリューでストライクを取りに行くと、必ず外角低めになるというのは。それも、今年の夏までだったけど」

「今大会で石川さんが活躍しているのは、変化量の小さなスクリューを投げられるようになったからですね。スクリューの変化量に、幅を持たせられるようになりました」


夏の大会では、同点の6回裏に智賀ちゃんが2点タイムリーツーベースヒットを石川さんから打っている。あの時は運が良かったとしか言えないし、石川さんも夏に成長した分野を見ると、あの時に打たれた原因は分かっているんだろうな。


耳元で囁いてくる久美ちゃんの解説を聞いていると、その石川さんが三者凡退の好リリーフ。しかしその裏、大槻さんが三者連続三振で抑えて試合は延長戦へ。


そして9回表、石川さんが四球から招いたピンチを抑えきれずに和泉大川越が3対2で東洋大相模を降した。お互いに二桁安打だったから見応えはあったし、良い試合だった。関東大会では、和泉大川越がシード枠か。


秋季神奈川県大会を勝ち抜いた3校は、関東大会で戦うことになる。組み合わせ抽選会が、今から楽しみだ。

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