第44話 激闘を終えて

東洋大相模との試合終了後、相手のチームはほとんどの人が泣き崩れていた。私にとっては見慣れた光景だし、過去にあれを味わったこともある。負けた試合での無力感や、突然引退が迫ったあの時の感覚は、忘れたくても忘れられない。


特に1年生投手で先発を務めた柏原さんや、来年度のエース候補である石川さんは、ひたすら小鳥遊さんへ頭を下げていたのが印象的だった。小鳥遊さんはやっぱり試合中に怪我をしていたようで、歩き辛そうにしていた。転倒してしばらく経ってから痛み出すのはよくあることだけど……プロ入りに、影響しなければ良いな。


昔は甲子園まで勝ち進まないとスカウトの目に留まることは少なかったけど、今ではスカウトが弱小校にもわざわざ赴いて、良い素質を持った選手を探すぐらいだ。小鳥遊さんクラスなら、志望届を出せばどこかの球団から声はかかるはず。というか既に、声をかけられていたと思うし。


小鳥遊さんが涙を流しながら柏原さんと石川さんを抱き締めている姿を尻目に、球場を出る準備をする。この後すぐに第二試合が行われる予定だけど、試合が行われるかは微妙だ。


次の試合の勝者が4回戦で戦う相手だから、出来れば直に試合を見ておきたい。だけど雨がまた強くなったから、今日はもう試合を行なわないかな。明日以降に、テレビで観戦することになりそうだ。


……次の試合の勝者は、連闘で明後日に私達と戦うことになる。1日休める分こちらが有利だけど、この雨の中で試合をしたのだから、体調を崩す人もいるだろうし、微妙な差になりそう。


球場を出ようとすると、キャプテンは背番号の無い東洋大相模の選手2人に声をかけられていた。中学時代の、元チームメイトかな?2人とも目が赤いし、泣いた跡があるけど、それでも激励の言葉を小山先輩に伝えている。


「あの2人は、春大会に出ていた選手ですね」

「……春大会で、レギュラーだった人達だよね。それが、ベンチにも入れなかった。そんな強いチームを相手に勝ったんだから、もっと喜んでも良いと思うけど」

「たぶん、みんなまだ現実味が湧いてないですね。今日はエラーもありませんでしたし、いつも以上に集中していたんだと思いますよ」


久美ちゃんに、その選手が春大会に出ていた選手だと言われて春大会のビデオに映っていたことを思い出す。関東大会以降はベンチメンバーになって、夏の大会はスタンドか。強豪校では当たり前のことだけど、東洋大相模も競争は厳しいみたいだ。


「おっとと」

「……久美ちゃん、大丈夫?」

「ちょっと疲れただけなので、大丈夫ですよ」


ふらっと久美ちゃんがよろけたので、慌てて支える。今日の功労者は、間違いなく久美ちゃんだ。本気になった東洋大相模の打線を、同点までに抑えた久美ちゃんは本当に良く頑張ったと思う。




学校に戻ったら、家に直帰した久美ちゃんを除いてミーティングだけ行なう。こちらの打線は真凡ちゃんが3出塁しているし、下位打線が奮闘したから点を取れた。全体的に、繋がりがあって良かったかな。



打撃成績


打順 名前 打数-安打 内容

1番 実松奏音 1-1  左本(1) 四球  四球(1) 四球

2番 鳥本美織 3-1  右安  遊ゴ  捕飛  投儀

3番 鳥本奈織 4-0  三振  投ゴ  右飛  ニゴ

4番 小山悠帆 3-2  三振  右安  中安(1) 四球

5番 江渕智賀 4-1  三振  三振  三振  中2(2)

6番 西野優紀 1-0  一飛  

6番 春谷久美 3-1      中飛  中安  一飛

7番 伊藤真凡 2-2  三安  四球  左安

8番 大野球己 1-1  投儀  遊安  三犠

9番 梅村詩野 3-2  左安(1) 右安  三振



合計すると12安打6得点だから、打撃なら本当に良いチームとなっている。課題の投手力は、久美ちゃんの存在で穴埋めが出来たと思いたい。今日の様子から、4回戦で久美ちゃんが投げられるかは分からないけど。


「私、あの小鳥遊さんから3出塁したのよね」

「そういうことだね。将来的には、1番を期待されているんじゃないかな?」

「7番を1番として見れば、1番が4番になるのだから、そういう監督の意図は分かってたわよ。でも、本当にヒットが出るようになって野球が楽しいわ」

「むしろ今までヒットをほとんど打てなかったのに、よく努力をし続けていたと思うよ。公式戦の打率も7打数3安打で、4割超えだね」


この大会中、真凡ちゃんは凄まじい勢いで成長している。1回戦の前とはもう別人だし、智賀ちゃんも今日は最後に決勝打となるツーベースヒットを打てた。この2人は元々武器を持っていたことは確かだけど、良く成長してくれたと思う。


……まあ、守備の方ではまだボロが出るけど。それでも毎日アメリカンノックを50回という無茶な練習をし続けたお陰で、簡単に追い付く打球は楽々捕れるようになったし、難しい打球にも食らいつくようになった。


1番おかしいのは、毎回その人の守備範囲ギリギリに落とすことが出来る矢城監督だけど。そのノックの技量があれば、プロになっていてもおかしくないのに。


4回戦は、大野先輩も投げさせない予定だ。4回戦以降、連日のように試合があるので連投させるわけにはいかない。何気に大野先輩は1回戦で5回、2回戦でも5回を投げていて、今日も2回まで全力投球をしている。そろそろ、疲労が溜まるころだ。


だから4回戦は久美ちゃんが駄目な場合、私と優紀ちゃんに加えて、智賀ちゃんにも投げさせる予定だ。まだ110キロしか出ないし、変化球もカーブだけだけど、それでも投手の頭数としては数えられるので先発を任せよう。


駄目だったら、優紀ちゃんの負担が重くなるだけだから大丈夫なはず。今日の試合、1人ベンチで悔しそうに試合を見ていたし、奮起に期待したい。

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