第30話 優勝候補

ホームランボールを捕球した私に、真凡ちゃんと智賀ちゃんが駆け寄る。私は怪我がないことを2人に伝え、整列するためにまたフェンスを乗り越える。


「勝った……の?」

「勝ったんだよ?

っと、冷静になると結構フェンスからは高く見えるね」


フェンスの上まで登ると、意外に高く見える。捕球時とは違い両腕を使えるので、そこまで危なくは無い。


「柔軟を意識しておいて、本当に良かったよ。下手したら、何処か痛めてたかもしれないし」

「ホームランをキャッチする前に、スライディングで捕球した時も危なかったじゃない。

というか本当に凄かったわよ、最後。

……捕球した選手が観客席に入ってもアウトになるの、初めて知ったわ」

「ああ、それは勘違いしている人が多すぎて逆に有名なルールだね。ファールフライとかも、捕球時に足がグラウンド上にあればアウトなんだよ。だけどフェンスに跨ってキャッチしたら、それはホームランになるね」


真凡ちゃんはどうやらホームランボールをキャッチした選手がスタンドに入るとホームランになると思っていたようで、ちょっと顔を赤くしていた。まあ、勘違いする人の気持ちも分かるけど。ホームランになる場合とアウトになる場合があるけど、重要なのは捕球時の選手の位置だ。


「ありがとうございました!」


お互いに整列をして、頭を下げる。向こうのチームの角田さんも、中村さんも、泣きそうな顔をぐっと我慢している。その後、中村さんはキャプテンの小山先輩に「次も勝ってね」とだけ告げて、ベンチに戻って行った。


……次が大きな山場だから、初戦の時ほどみんなは喜んでいない。次の対戦相手は、今年の春の甲子園で3回戦まで勝ち進んだ東洋大学付属相模高校になる。間違いなく、今大会でも優勝候補だ。


東洋大相模のエース、小鳥遊さんは2回戦で自己最速の130キロをマークし、夏の初戦は10奪三振を記録した。4番の山田さんにはホームランが出て、10対0の5回コールド勝ちだった。


正直に言えば、今のままだと勝てる可能性なんて1%も無いだろう。しかし3回戦まで、あと3日の猶予がある。今日の打撃陣はゴロが多かったけど、良い当たりは何本かあったし、ヒットになった打球もあった。


野球というものに、100%は無い。バットにさえ当たれば、何かは起こる。2回戦で東洋大相模に負けたチームは、15個のアウトの内、5個のアウトが三振では無かった。小鳥遊さんは絶対にバットに当たらないような球を、投げるわけではない。


高校野球は基本的にバッター有利となる。今日の試合は、私達にとっては本当に珍しい投手戦だった。私達の守備が並み以下だったら、完全に負けていた試合だ。よく勝てたと思うし、反省点は沢山ある。


「今日のミーティングは試合の反省会を行なった後、東洋大相模の投手陣を頭に入れて貰います。

エースの小鳥遊さんは、初戦で5回を投げ切りました。3回戦では違う投手が先発する可能性は高いです」

「……全員、他の強豪校ならエースであってもおかしくありません。私達との試合で、どの投手が出て来るかの予想は難しいです」


試合後のミーティングでは、監督と久美ちゃんが東洋大相模の投手陣を解説していく。ピンチになれば小鳥遊さんが投げると思うけど、先発は他の投手になる可能性が高い。


と言っても、3日も間隔が空くなら連投させる監督もいる。東洋大相模の監督は交互に先発を務めさせるけど、絶対では無いから予測が難しい。


……スクリューが得意な2年生のサウスポーや、1年生なのにMAX124キロの速球を投げる将来的なエースとか、投手の駒は豊富だな。


3年生投手が小鳥遊さんと中川(なかがわ)さんで、2年生投手が石川(いしかわ)さん。1年生投手が柏原(かしわばら)さんで、この人はガールズの全国大会の時に対戦経験がある。中学で120キロの速球を投げていた人だから、凄い人ではあった。私との対戦成績は四球が2つとホームラン、ツーベースだったかな。


4人も試合を任せることの出来る投手がいるのは素直に羨ましいし、ベンチ外の選手や記録員もガールズでエースを務めていた人だったり、他校ならエースになれたかもしれない存在だ。


矢城監督は中川さんか柏原さんのどちらかが投げるだろうと言っていた。左打者が梅村さんと真凡ちゃんしかいないし、左投げの石川さんは投げて来ないという予測。打撃練習は今まで通り、小鳥遊さんが出て来ても打てるようにする練習を続けるとして、問題は守備の方だ。


次の試合も大野先輩が投げる予定だけど、今日の西野さんみたいに2回まで全力投球をして抑えることになっている。それ以降は、久美ちゃんが投げることになった。


久美ちゃんはストライクを投げられるようになってから、順調にイップスが快方に向かっていた。ただ、まだ不安は残っている状態だ。それでも本人が志願したし、私も久美ちゃんに任せたいという気持ちがある。


今は短い距離で、私が久美ちゃんの投球を打って返すという練習をしている。あくまでも久美ちゃんのトラウマを刺激しないように、ふんわりと打ち返しているだけだ。


「カノンさん」

「なに?」

「打席に立って、打って貰えませんか?

……ピッチャーライナーを」

「……良いけど、捕れるんだよね?」

「はい。大丈夫だと、思えるようになりました」


何球か、ノーバウンドの打球を久美ちゃんの右胸へ打ち返していると、久美ちゃんから申し出があった。いつかやろうとは言っていたけど、今このタイミングで言い出すとは思わなかったな。


……久美ちゃんはマウンドに移動して、私はバッターボックスへ入った。センター返しがバッティングの基本である以上、ピッチャーライナーは試合で多く発生する。投手は5人目の内野手と、よく言われる。ピッチャーライナーが捕れるか否かは、投手として非常に重要なことだ。

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