第11話 体力づくり
合宿は、学園にある宿泊施設を使っている。普段は1人暮らしなので、地味に料理や洗濯をしなくて良いのは嬉しい。たまに私のユニフォームやグローブを抱き締める春谷さんの姿を目撃するので、すり替えられていないかは心配だけど、今のところは大丈夫だし貞操の危機も感じない。
「智賀ちゃん、もっときつく抱き着いちゃっても良いよ。というか、しっかり掴まってくれないと危ない」
「は、はいぃ!」
合宿2日目を迎えて現在は、智賀ちゃんを背負って小走りしている。智賀ちゃんと体格が近いのは私だから、私が智賀ちゃんとペアを組んでいるけど、10センチ以上の差があるから結構キツイ。
隣で並走する小柄な真凡ちゃんは、同じく小柄な梅村さんを背負っている。この2人の体格の差はあって無いようなものだけど、少しだけ梅村さんの方が大きいかな。
「あ、あの先生は練習が古いわね……」
「昔は甲子園にも出た選手らしいけど、指導者としての実績は無いんじゃないかな?でもまあ、体力づくりの練習なんてどれも一緒だよ」
真凡ちゃんが死にそうになって矢城先生の文句を言っているので宥めておく。体力づくりは基本、苦しい思いをするものだ。私自身も古臭い考え方は残っているから、矢城先生のことを悪くは思えない。
「そう言えば、今日届いたボールってもう練習で使っているんですか?」
「使っているはずだよ。というか、莫大な量のボールだったね。練習球だから安いとは言っても、結構なお金がかかってると思うよ」
「そうなんですか?それなら、大切に使わないと駄目ですね」
背負っている智賀ちゃんと話しながら、小走りで走っていると、隣で真凡ちゃんと梅村さんが交代していた。やっぱり、人を背負って走るのはまだきつかったか。
智賀ちゃんは、私を背負っても大丈夫な感じだった。ご飯もしっかり食べているからか、1ヵ月前より身体がしっかりしてきている。真凡ちゃんも、少しは身体の線が太くなって来たけど、まだまだ時間はかかるだろう。
「梅村さんは、随分と体力あるよね」
「……捕手は、投手よりハードだからね。中学の時は、体力づくりが大変だったよ」
真凡ちゃんを背負った梅村さんは、しっかりとした足並みで走れている。グラウンドに戻ったら、内野組はノックで疲れ果てた身体に鞭を打って走り出した。
「それではアメリカンノックを行います。やり方はわかりますか?」
「真凡ちゃんと智賀ちゃんは分からないと思うので、やり方は説明した方が良いと思います。人によってもやり方は変わりますし」
内野組にノックを打ち続けていた矢城先生は、息ひとつ乱さずにこちらへ近づき、アメリカンノックを提案して来た。智賀ちゃんと真凡ちゃんは頭に?マークを浮かべているけど、説明を聞いている内に顔がこわばっていく。
「わかりました。ではまず最初の守備位置ですが、レフトかライトの守備位置に集まって下さい。準備が出来れば私に『行きます!』と宣言してから、反対側の守備位置に向かってダッシュします。センターを超えた辺りで、最初の位置とは逆方向にノックを打ちますので、それをキャッチしてバックホームを行なって下さい」
正直に言って、非常に疲れる練習だ。ノッカーの技量も問われる上に、人数が多いと効率が悪い。しかしこの野球部の外野手は3人しかいないので、濃厚な練習になるはず。
アメリカンノック50本、さくっと終わらせよう。
「……生きてる?」
「……死んで、ます、けど?」
「良かった生きてた」
矢城先生がノックを打ち続けて数十分後、ノルマが終わった真凡ちゃんは仰向けに寝転がって休憩をしていた。汗が噴き出ていて、立ち上がる気配が無い。
「し、死にそうです」
「練習で死んだ人はあんまりいないから、安心して良いよ」
「少しはいるんですか!?」
「あはは、その突っ込みが出来るなら大丈夫だよ」
智賀ちゃんは少し屈んで、大きく深呼吸をしている。2人とも、よく打球に追い付いてはいた。
しかし、打球を捕れた回数は2人とも50本中20本ぐらい。試合でランニングキャッチをするのは、まだまだ難しそうだ。
「……実松さんは、流石ですね。まさか、全球捕れるとは思いませんでしたよ」
「最後の打球は、飛び込まないといけない位置に打ちましたよね?その技量の方が凄いですよ」
そして矢城先生は150本も外野ノックを打ち続けたのに、疲れてない辺り、本当に練習量の多い学校で身体を鍛えていたのだろう。まだ若そうだし、色々とお話を聞きたいな。
守備練習が終わったら、ピッチングマシンを3台使って贅沢な打撃練習。新しく買われたピッチングマシンは、150キロまで出るエアー式のお高いやつだ。
変化球も自由自在で、操作が非常に簡単。何だか、時代の進歩も感じる。ピッチングマシンを使っている間は全員が納得できるまで打ち続けて、全員でボールを回収することになった。球を追加で50ダースも買った、伯母に感謝だ。
……いや、これ合計で200万円はかかっているから、伯母の金銭感覚がどうなっているのか知りたい。何というか、弱小校なのにバックアップは万全、というのは違和感が凄い。
無論、タダで貰えるのなら積極的に活用していくけど。そう思いながら、最新式のピッチングマシンから噴出される150キロの速球にジャストミートさせていく。打球は全て、新設された高い部分のフェンスに当たった。
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