第27話 魔王
以前少し明らかになっていた通り、魔王はこの国の西の方、牧場などがある観光地付近に潜んでいた。
観光地からさらに西、国境近くの森の中に、魔王の住み家と思しき家屋が見つかった。明らかに最近建てられた建物だが、王国へ建築許可の申請が届けられていなかったという。兵隊らが中を確認しようとしたが、強力な結界魔法で近づくことすらできなかった。
俺は、なんとか国王を説得した。ただ、どうしても細部を話すことはできなかった。説明しても、理解させるのに時間がかかるからだ。
とにかく、俺が魔王についての重要な情報を掴んだということを、言葉を尽くして話した。トドルトさんやイリハにも協力してもらって、俺はどうにか討伐隊に入ることができた。
そういうわけで、俺はいま、イリハ、美法とともに、討伐隊に交じって森を進攻していた。
いよいよ、問題の家屋が見えてきた。人間ひとりが十分住めそうな大きさのログハウスだった。周りの木がバッサリとなくなり、広場となった場所に建っていた。
「ここから、どうしても先へ進めないのです」
兵隊のひとりが美法に告げた。美法は前に進み出て、手を伸ばす。その手が空中で止まった。
「たしかに、ここに結界がある。でも、私なら壊せるだろう」
そう言って、指を振った。
もう一度手を伸ばすと、今度は止まることなく、空を切った。
「すごい……あの結界を、こんなにあっさりと……」
兵隊たちが驚きながら、先へ進む。
そのときだ。
ログハウスのドアが開いた。
先頭の兵士たちが足を止め、すぐ後ろを歩いていた俺たちを手で止めた。
「気をつけて。魔王が出てくるぞ」
ドアの陰から、誰かがゆっくりと出てきた。
日の光に照らされて、その容姿ははっきりと見えた。
綺麗な若い女性だった。長い銀色の髪には艶があり、日差しを受けて輝いているようだった。黒いローブで全身を隠していたが、細身の体であることはわかった。
全体的に清楚な雰囲気を漂わせていた。シスターとか巫女とか、そういった類のオーラを放っている。間違いなく神職の人間だと思えた。
その女性は、ゆったりとした足取りで、俺たちの近くにまでやってきた。
「止まれ!」
先頭にいた兵士が我に返ったように叫び、魔法銃の銃口を向ける。他の兵士たちもそれにならう。
女性は、言われた通り、その場で足を止めた。
この距離まで来ると、顔もはっきり見える。肌は白く、唇は赤い。何より目を引くのは、決意がこもったかのような力強い瞳だ。
……どことなく、雰囲気がイリハに似ている気がした。
「貴様は……魔王か!?」
兵士が大声で尋ねた。それは虚勢に感じられた。もしかしたら怖がっているのかもしれない。
女性は小さく微笑むと、恭しくお辞儀した。
「そうです。皆さん、初めまして。私が魔王、オルセーア・アブサードです」
兵士たちの間に緊張が走るのを感じた。美法ですら固唾を呑んでいた。
だが、俺だけは落ち着いていた。魔王は、皆が思っているような存在ではない。俺にはその確信があったからだ。
魔王の顔を見つめていると、彼女と目が合った。すると、魔王はまた微笑んだ。
「ああ、あなた方ですね。異世界からいらっしゃったというのは」
「えっ?」
俺も、そして兵士たちも、動揺した。
「なんで知ってるんだ?」
「神様の御力です。もうすぐ、あなた方みたいな人が来るはずだと、わかっていたのです」
「どういうことだ?」
「そのままの意味です。私には、神様の御力で、少しだけ未来のことがわかるのです」
「そ、そんなはずありません!」
イリハが一歩前に出た。
「未来予知は不可能です。たとえ神様でも、未来のことは知りません!」
すると魔王は眉根を下げた。悲しそうな、それでいて、愛情のこもった顔だった。
「ああ、あなたね。あなたが、私の子孫。名前は、ええと……イリハ・アブサードだったかしら」
「どうして私の名前まで?」
「あなたの論文を読んだからです」
今度は魔法じゃなかった。
「とても良い論文でした。ジェロノ・アルゴリズムの応用法がとてもエレガントでした。さすがは私の子孫です」
「ほ、ほだされませんよ」
そう言いながらも、魔王から顔をそむけたイリハは、にやけていた。
「そ、それに、質問に答えてください。未来予知魔法の不可能性は、既に証明されています」
「そうね。未来を予め知ることは、神様にも不可能だわ。だけれど、未来を演繹することは、神様には容易いことなの。現在のすべてと、あらゆる自然の法則を知っている神様なら、未来は容易に計算できる」
「ラプラスの魔物か」
美法がぼそっと呟いた。
「未来を容易に計算できるなら、それは知っているのと変わらない」
「その通りね。でも、『わかる』と『知っている』は、全く違う。あなた方が未来予知魔法を使えないのは、ここを勘違いしているからよ」
「未来を知るのではなく、計算する魔法を作らないといけないということか?」
「ええ」
なるほどな……。
以前、モルダカも同じようなことを言っていた。高速に計算できる機械があれば、一年後の未来を計算することもできるだろうと。俺たちの世界では、それはコンピュータを使ってある程度実現されている。こっちの世界でも、魔法を使って、同じことができるのだ。
すると、美法のあとに俺がこの世界に連れてこられたのは、神の手違いでもなんでもなかったのだろう。実際、俺たち二人を連れてきたことで、ことはうまく運んでいる。
もし俺だけが来て、俺にチート能力が与えられていたら、俺は封印魔法を作るのに忙しくて、魔王の真実にはたどり着けなかったはずだ。逆に美法だけが来ていたら、彼女はそもそも魔王討伐に乗り気にならなかったはずだ。俺たちは二人いたから、ここまで来れた。
あの神は、ここまで予測していたに違いない。
「さて、おしゃべりはここまでにしましょうか」
魔王は俺を見た。
「あなた、ええと、お名前は……」
「楯太郎だ。立神楯太郎」
「ああ、そうそう。楯太郎さんね。あなたは、私に話があるのよね?」
魔王は喜びを抑えられない様子だった。
どうやら、すべて知っている。未来を予測したのは本当のようだ。
「そうだ。重大な話がある」
俺は前に進み出た。兵士たちよりも前に。
隊長が俺を止めようとしたが、振りほどいた。
大丈夫だ。魔王は、俺に危害を加えることはない。
「魔王。あんたの目的を、ここでみんなに説明する。良いな?」
「もちろんです」
俺は振り返った。
イリハと美法、そして兵士たちがみな、俺に注目する。
「みんな、聞いてくれ。魔王の本当の目的は、人類の滅亡なんかじゃなかったんだ」
「えっ?」
みんな困惑した。すぐには信じられない、という顔だ。
だけど、俺の推理が正しければ。
「魔王の本当の目的は――!」
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