第25話 神と魔法について

 略歴を読んで、俺も混乱していた。

 イリハの提唱した「魔王異世界人説」は、結構ありうると思っていた。だけど、この略歴を見ると……。

 確かに魔王は優秀だったようだ。しかし、飛びぬけて優秀だったかというと、なんとも言えない。異世界転生したのなら、生まれたときから才能を発揮していそうなものだ。しかし魔法が使えたのは三歳のときだし、成績優秀なのも両親の英才教育のおかげだとも取れる。


 それに、神学だ。

 異世界転生をした人間が、神学なんてやるだろうか? 転生するときに神に会っているはずだ。そんな状態で、神についての学問を修めようなんて思うだろうか?


 もうひとつ、不思議なことがある。

 魔王は十八歳で神官になった。略歴によれば、それは史上最年少であるらしい。つまりそれだけ信心深かったということだ。

 なのに、その四年後には、神を否定する本を書いて世界中にばらまいている。この四年の間に、魔王にいったい何があったんだ?


 おそらく、鍵を握るのは神学研究会「センメルヌス」だ。そこで何かがあったに違いない。神学を研究する上で、神の不在を証明してしまい、絶望したとか……。


 だが、。俺はそのことを知っている。俺はたしかに、この世界に来るときに神に出会っている。それが動かぬ証拠だ。


 ……目に見えるものが真実とは限らない。目の前で起きていることが現実であると証明することは、実は不可能だ。もしかしたら、俺が出会ったあの少女は、神でもなんでもなかったのかもしれない。


 魔王が、本当に神の不在を証明してしまった可能性はないのか? この世界では、「魔法は神の力を借りて行う奇跡」だとされているが、それはあくまでこの世界の人間がそのように考えているだけだ。四元素説やエーテル理論みたいに、実は全く間違っている可能性もあるんじゃないか?

 そうだとすれば、魔王が神を否定したにもかかわらず、いまだに魔法を使えることも説明がつく。魔法と神は、全く無関係のものなのではないだろうか。


――という話を、俺はイリハと美法にした。屋敷に帰ってから即、興奮気味にまくし立てて話したら、美法は若干引いていた。

 でも、イリハは真剣な顔で話を聞き、こう反論した。


「すべて計画だったという可能性もあります」

「どういう意味だ?」

「魔王は、どういうわけか、神を否定しても魔法が使えます。それならもっと昔から……神官になる前から神の不在を証明してやろうと考えていた可能性もあります」


 その発想は、俺にはなかった。しかし言われてみるとあり得そうだ。

 魔王は、信心深く教育熱心な両親に、幼い頃から神学の英才教育を受けていた。だがそれが逆に、魔王に神への反発心を芽生えさせてしまったのではないか。小さい頃から親に何かを押しつけられ続けたせいで、逆にそれを嫌いになってしまうパターンだ。


「魔王はなんらかの理由で神の不在を確信し、それを布教しようとしました。そのために努力し、若くして神官となり、神学研究会まで立ち上げた。研究会内で神の不在を唱え、同志を増やそうとした。ですが、それではあまりに効率が悪いことに気がつき、四年後、暴挙に打って出た……。そんなストーリーはいかがでしょう?」

「十分にあり得るな」

 俺はそう答えた。少なくとも、いま俺たちが持っている情報とは矛盾しない。


「美法はどう思う?」

「いま分かっていることからじゃ、なんとも言えない」

 美法は即答し、付け加えた。

「だが、ひとつだけ気になることがある」

「なんだ?」

「楯太郎が読んだ本は、神学研究会の同志が書いたものなんだろう? つまり、神学の本だったはずだ。なら、どうしてそんな本に、数学の証明が載っているんだ?」


 あれ?

 言われてみればそうだ。あの本には「我らが同志アブサード」と書いてあった。つまり書いたのはセンメルヌスのメンバーで、神学研究者のはずだ。なのになぜ三平方の定理の証明を?


 俺が首を傾げていると、イリハが当たり前のように答えた。


「当時の神学は、今よりもっと広い分野を扱っていたからです。当時は、数学や音楽、文学、魔法学なんかも、神学の一分野として扱われていたんですよ」


 なるほど、そういうことか。

 俺たちの世界でも、古代ギリシャの「哲学者」たちが、現代の数学者や科学者みたいなことをやっている。学問が未発達な段階では、色々な分野がごったまぜになっていがちだ。


「数学や芸術が、神の意志を知る手がかりになると考えられていたわけか」

「はい。結果的に、現代では魔法学のみが、神の意志を知る手がかりだと考えられていますけどね」


 つまり魔王は、魔法学にも通じている。それが今でも魔法を使える理由だろうか?

 おまけに、数学や芸術にも明るい。史上最年少で神官になるくらい優秀な神学徒だったのだから、その実力は相当なものだったろう。


「……なら、一冊ぐらい魔王の本が残っていても良さそうだな」

「どうだろうな。世界中にばらまかれたとはいえ、徹底的に廃棄されただろうし……」

「いや、そっちじゃない」

 美法が言っているのは、神の不在を証明した本のことだろう。俺が言いたいのはそれじゃない。

「魔王だって、神学の本を何冊か書いたはずだ。神学研究会を立ち上げたくらいなんだから。そしてその神学研究会の本が残っているんだから、魔王が書いた神学の本が残っていてもおかしくない。そこに、何か手がかりが残っているかもしれない」

「手がかりって?」

「魔王が、今でも魔法を使える理由を探る手がかりだ。それがわかれば、魔王を完全に倒せるかもしれない」


 翌日、この考えをトドルトさんに言うと、彼も「ありうる」とうなずいた。


「数学以外の本も、片っ端から翻訳しよう。魔王の本を探すよ」


 どうやら、俺の唯一使える魔法が、魔王討伐の一助となりそうだった。

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