第34話 観光客、恐れを知らない
「やっと着いたわ……!」
日が暮れる前に雪原を抜け、どうにか『ルーノス』へと辿り着くことができた。
予定通りに到着すると達成感があるな。別に雪原のど真ん中でステイの魔法を使って休んでも良かったのだが。
「わぁっ! すごいですよご主人様っ!」
俺が感傷に浸っていると、近くでベルの声がした。
「川が温かいんです!」
道の脇に流れている小さな川に両手を突っ込みながら、驚いた様子で報告してくるベル。
「ああ。ここはおんせ――「ほ、ホントっ?!」
俺が言い終わる前にリースが反応し、ベルの隣に駆け寄って川へ両手を突っ込む。
「あぁ~~~っ! きくぅ~~~っ!」
そして、間の抜けた声を発しながら温まり始めるのだった。
「あひっ、あっ、あったかいですぅ……今日から私は……お湯の化身ですねぇ……っ」
おまけに、いつの間にか勝手に召喚されていたディーネが訳の分からないことを言いながら川の上流から流れてくる。
「ねえますたー。ここのお湯、浸かってもいいの?」
「やめておけ」
……ディーネが一番やりたい放題だな。
「やれやれ……」
俺は肩をすくめた。
「ご主人様、これって……」
「温泉だ」
見ての通り、雪山の町『ルーノス』は観光にうってつけの温泉街である。
街中を流れている川をよく観察してみると、うっすらと湯気が立ち昇っていることが分かるだろう。
温泉に浸かればHPが回復し、自己治癒力が上昇したり様々な能力にバフがかかるので、強敵に挑む前はここに浸かってから転移魔法でボス部屋へ直行するのがおすすめだ。
もっとも、今回は強敵に挑む為にここを訪れた訳ではないがな。
目的はもちろんただの観光である。本当だ。嘘ではない。
「さてと……それじゃあ、まずは泊まる宿を探さなければいけないな」
俺がぼそりと呟いたその時。
「そこのあなた! 宿をお探しでしたら、ぜひウチへどうぞ~!」
突然、背後からそんな声がした。
振り返るとそこに立っていたのは、茶色い髪を結んで垂らした女性である。食材の入った籠を抱えているので、買い出しから帰るところだったのだろう。
おそらく、彼女が宿屋の主人なのだ。そろそろ日も暮れそうだったので丁度いい。
「分かった。あんたの宿まで案内してくれ。――おばさん」
俺は宿屋の主人に向かってそう言った。
しかしその瞬間、辺りに謎の緊張が走る。
「……うふふ……ふ……」
宿屋の主人は相変わらずニコニコしているが、何故か直立不動で動かない。
「ご、ごご、ご主人様……?」
「どういうつもりなの……?」
「ひ、ひぃぃ……」
先ほどまで川の水で温まっていたベルたちは、凍ってしまったように身動き一つせずこちらを見つめていた。
何かまずいことでも言ってしまったのだろうか? 思い当たる節が一切ないな。
(マシロ様ぁ……妙齢の女性におばさんというのはぁ……あまりよろしくないかとぉ……)
状況を飲み込めていない俺に対し、今度はディーネがテレパシー的なもので語りかけてきた。
(驚いたぞ。お前、女神みたいに俺の心へ直接語りかけることができたのか)
(今はそんな話をしている場合ではありませんよぉ……!)
(――しかし、おばさんがダメなら他に何と呼べばいいんだ? 皆目見当がつかないぞ)
俺は煮え切らない態度のディーネに対して問いかける。先ほどから訳が分からないからな。
(えっ? えっとぉ…………お姉さん……とかでしょうかぁ……?)
(それは失礼だろう。俺がそう呼んだら、この人のことを子供扱いしているみたいじゃないか)
(…………だ、だめだぁ……私の手には負えないみたいですぅ……)
ディーネはそう言ったきり、川の湯気に混じって蒸発するように消えてゆく。どうやらまた逃げたらしい。気まぐれな奴だ。
「私、お姉さんの宿に泊まりたいですっ! ご主人様も、もちろん良いですよね! ねっ?」
ベルが必死の形相で同意を求めてくるが、俺は元よりそのつもりである。
「もちろん構わないが……」
「――そ、それじゃあ、宿まで案内しますから付いてきてくださいね~」
かくして、俺たちの泊まる宿屋が決定したのだった。
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