第10話
『パン!!』
シュケーナ家当主は書類の束を左手に打ち付けた。
「これは今回のお二人の静養地での話です。どの静養地でもこのような状態だとか。
お二人が即位してからパーティー以外で何日王都に滞在しましたか? パーティー参加以外のお仕事を一度でもされましたか? パーティー以外は静養地に籠もってらっしゃるではないですかっ?!」
「だ、だがっ! そうやって消費するのも王侯貴族の務めではないかっ!」
「そんなものは時と場合によります。
東部の領民が飢えないために領主たちは動いていたというのに、王国の長が贅沢三昧遊び三昧。
どこかの大帝国じゃないんですよ? 発展途上の小さな王国でそこまでする意味はないでしょう?
貴族の矜持を保つためにしてはやりすぎなんですよっ!」
シュケーナ家当主の言うように三つほど国を跨いだ大帝国の皇帝たちは贅沢することが仕事のようだと噂がある。だが、この国ではまだドレスを数十着買うなら、新しい農機具を農民に配った方がよいという程度の発展具合である。
「俺は王だぞ! 許される立場だっ!」
「仕事もしてない王など無価値なんだよっ!
そんなことだから、愚王子のバカさ加減もわからないんだろうよっ!」
シュケーナ家当主はとうとう切れた。
話をしているうちに暴言を吐いたシュケーナ家当主であったが、キャビに袖を引かれ我にかえる。
「と、失礼いたしました。
私は当時の公爵家として各領地へ資金提供してまいりました。それの返済を諦めた家のご当主たちが領民の確かな生活を約定に、私に領地を泣く泣く売ったのです」
シュケーナ家当主が会場に目を向けた。
「卒業間近だったご子息ご令嬢を卒業させてやりたいと我慢し、本日、爵位売却をなさいました」
会場はいつの間にかガランとしていた。ルワン家二人も、ネヘイヤ家二人も、ミュリム家二人も、そしてマリリアンヌもすでにそこにはいなかった。
「あ、そうそう。平民になった者たちは王城高官も王宮メイドも王宮執事も近衛兵も退職しましたので、あしからず」
「何っ?!!」
「なんですとっ!!」
皆も驚いていたが、イエット公爵とボイド公爵が殊更大きな声を出した。
「まさかっ!? 大臣たちもお辞めになられたのですか?」
ルワン家当主、ネヘイヤ家当主、ミュリム家当主は大臣を務めていた。
「もちろんですよ。先程ご本人たちも平民になったと申していたではありませんか。
平民の文官はおりますが、平民の大臣というわけにはいきますまい。
近衛兵、王宮メイド、王宮執事は平民にはなりえない職です」
「一般文官は!?」
外務大臣のボイド公爵が聞く。
「個人の考えに任せておりますので、そこまではわかりかねます」
「騎士団員は退職などしておりますまいな!?」
騎士団団長イエット公爵が怒りなのか慄きなのかワナワナと震えた。
「それも個々の問題です」
実際には今回シュケーナ家に領地を譲った家の関係者たちは文官も騎士団団員も退職している。
「急ぎ確認せよっ!」
イエット公爵が周りを見ながら命令するが誰も動かない。シュケーナ家当主の差配で本日の警備はかの関係者たちで構成されていたので、マリリアンヌたちとともにこの会場から姿を消している。
イエット公爵もボイド公爵も青くなった。
「では、両陛下、外務大臣殿、騎士団団長殿。お世話になりました。キオタス侯爵夫人もお元気で。我々はこれにて失礼いたします」
シュケーナ家当主とその後ろにいたキャビと執事二号が頭を下げてから出口へ向かう。
「あ!」
シュケーナ家当主が笑顔で振り返った。
「ちなみに。
ノイタール殿下もそちらのお三方と同様ですよ。婚約者であった我が娘マリリアンヌを愚弄する行動をきっちりとしております。
我が家は元婚約者のご両親が娘に興味を示さなかっただけマシですかね? ワハハ!!
ん? そういえば、元婚約者のご両親様は他家のこれまでの経緯を聞いておられぬかぁ。
ボイド公爵。後程説明してやってください。
それから、ルワン家、ネヘイヤ家、ミュリム家への謝罪については私が窓口になりますが、しばらくは慌ただしいと思いますので、数ヶ月後にご連絡いたします」
シュケーナ家当主が踵を返す。両陛下はすでに腰から砕け落ちているし、イエット公爵とボイド公爵はシュケーナ家当主の様子を見て追うのを止めた。
しばらくの間、誰もが動けずにいた。
「イエット公爵。我らがしっかりせねばなりますまい」
「そうですな」
二人は気合を入れ直し、残った生徒たちを仕切って場を収めた。
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