第26話

 やはり。この水路、見た目に反しやけに広く作られている。というのも、扉を破壊したことで汚水が押し寄せてきてもおかしくはないのだが、その気配が全くといっていいほど感じられない。

 足元をよく見れば、排水するための網が敷き詰められており、その下はさらに水路が作られているようだ。よく考えて作られている。観察したいところだが、今はそんなことをしている場合ではない。


「ディアス、臭い」

「俺が臭いんじゃねぇ。お前ら臭いんだよ」

「ディアスさん酷いですよ。いくら最近加齢臭がするからって……」

「まだそんな歳じゃねぇ」


 俺の少し後ろを、ヴェイン、リーフィとフェリカ、最後にガレリアが続き、薄暗い中を歩いていく。

 そう、のだ。見渡してみるが、松明の一本もなく、だからといって灯りが供給されている様子もない。なら考えられることはひとつ。


「あれ? ねぇディアス、なんか、足元がネバネバしてきた気がする……」


 ヴェインが右足を上げる。地面から糸が引き、それに俺は舌打ちをした。


「これは……まさか……」

「ディアス? どうし……っ!?」


 やっとヴェインも、いや他の三人も気づいたらしく、各々悲鳴を上げて飛び退った。

 網の合間からヌルヌルとせり上がってきたのは、緑色のゼリー状の何か、いや魔物だ。


「これって、ゼリウム!?」


 ゼリウム。ゼリーのような弾力のある身体、中央には赤色のコア。湿った環境を好み、ゆったりとした動きで得物を体内に取り込んでは、いたぶりながら溶かして食す。

 一見すれば、蚯蚓ワームより単純な動きに討伐は容易に思えるが、見た目で侮ることなかれ。洞窟や地下に迷い込んだ、駆け出しの旅人や傭兵が、一体どれだけゼリウムの犠牲になったことやら。


「くっ……、皆、ここは僕に任せて! やぁあああ!」


 威勢だけは相変わらずいいヴェインが腰から剣を抜き、足元から伸びてくるそのゼリウムを斬る。だがゼリウムはその動きを止めることなく、違う網目からせり上がってきた。


「う、わぁあああ! こっちにも! あっちにも!? こんなにたくさん……!」

「ヴェイン、俺の言ったことを覚えているか?」

「こ、こんな時に何言い出すの! わからないよ!」


 足に纏わりつくゼリウムを気にする素振りすら見せず、俺は「全く……」と先へ歩み出した。


「まずはよく見ろ。ゼリウムの特徴は、見た目に反したその大きさだ」

「え? どういう……」


 左右に飽き足らず、奥にも通路が続くその分かれ道で、俺は足を止める。ふらつくヴェインが追いついてきたのを確認し「見ろ」と左右の通路を顎で示す。

 通路からどろりと這い出てきたゼリウムに「きゃああ!」と後ろから悲鳴が上がる。まぁ、いざとなればなんとか出来ると思い、俺は無視してヴェインに「どうだ」と目で促す。


「だからこんなにたくさん……」

が違う。ゼリウムはどれほど巨大であろうと、そのコアはひとつしかない。そしてそのコアを破壊しない限り――」

「コア……あ! あの奥!」


 左手側の通路の壁に、まるで弱点を晒すように、そのコアは本体を剥き出しにして待ち構えていた。

 その姿に、足元や壁、通路に張り巡らせたゼリウムをひとしきり見渡し、嫌な予感が全身を駆け巡った。いや、まさか、そんなはずはない。いくらここがカビ臭く、湿っており、ゼリウムの好物である藻や苔があるとしても――


「やぁあああ!」

「ちょっと待てヴェイン……!」


 バクンッ。


「ヴェイン!」


 案の定ヴェインはゼリウムに取り込まれ、代わりに周囲のゼリウムが人の姿を形作っていく。髪先や指先からゼリウムを滴らせたその姿は、人間の幼い少女と何ひとつ変わらないものへと成り「ほっほっ」と人懐っこい笑みを見せる。


「まーったく。一体どこの小童こわっぱじゃ。ヒトサマのうちに土足で入ってくるとは」


 あぁやはり。頭を悩ませる人型ゼリウムに、俺は舌打ちをわかりやすく返した。

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