第22話

 “天降る国”の国土は、それほど広くはない。かといって、歩きで国境、またはその近場から首都まではそれなりにかかる。だから移動手段として馬車が走っているのだし、それを生業とした商人だって数多くいる。

 だが今、この現状はどうだ。

 国外へ逃げる者を許さずとでも云うように、馬車はそのほとんどが姿を消し、凶暴化したウォータワームが跋扈ばっこしている。これでは力のない民など、そう簡単に国境へ来ることさえ出来ないだろう。

 そのぬかるんだ中を歩き、時には廃村と化した家屋で暖を取りながら、歩き続けること三日目の夜。廃村の影すらない雨の中、俺たちは巨大な岩の影で本日の宿を取ることにした。


「首都まではあとどれくらいですかね……」


 岩場の一番奥で、それでも微かにかかる雨に空を仰ぎ見ながら、フェリカがぽつりと口にした。


「この調子なら明日か明後日には着く。それよりもフェリカ、突っ立ってないで火をつけろ」

「あ、はい!」


 薪、と一口にいっても、この雨と湿気だ。火なぞ簡単につくはずもないが、そこは魔法士の出番。

 フェリカの実力は嫌というほど実感したし、出力を間違えなければ暖を取るための火なぞ朝飯前のはず、なのだが。


「いきますね……うぼあっ」


 あの時のように、まるで息を吐くように口から出された火は、いや炎は、ヴェインが集めた薪を一瞬のうちに炭へと帰した。それだけでは飽き足らず、折角の岩のど真ん中にも穴を空けたものだから、雨すらも凌げなくなってしまった。


「……おい」

「あー、またやっちゃいました」


 テヘと首を傾げたフェリカに、リーフィは「あるある」と励ましの言葉をかけているが、こんなことがもう三日も続いている。流石に家屋では俺たちごと炭にされても困るため、昔ながらの火起こしをしたが、それ以外はフェリカの“練習”も兼ねて、こうやって火をつけさせている。

 一度たりとて成功したことなどないが。


「ふふふ、本当に賑やかねぇ。私、皆となら火なんかなくてもあったかいわ」

「そりゃあよかったな……」


 これは今日も火なしだな。

 時期的には問題もないし、まぁ多少あの穴から雨が入ってはくるだろうが、見た感じ崩れる心配もなさそうだ。まぁ、もし崩れたとしても、ガレリアが片手で支えてくれるだろう。


「休める時に休んでおけ。首都に入れば、休める保証はどこにもないからな」


 俺はそう言い、岩場の奥へと移動した。多少雨がかかりはするが、幾分かはマシだろう。


「……ねぇ、ディアスちゃん」

「なんだ」

「あの騎士様、グンダー様だったかしら? 彼が言っていたアークベルトって確か……」


 ガレリアが何かを思い出すように視線を宙に彷徨わせる。それに反応したのはリーフィだ。見た目はガキでも流石はエルフ。その名にぴくりと耳を震わせ、


「フェアリー族……」


と肩を竦ませた。

 隠すつもりはなかったが、その単語が出てしまった時点で諦めるしかないようだ。


「フェアリー族って、本当にいるの? そのフェアリー族が領主ってことなの?」


 たかだか十年ちょっとしか生きていないヴェインとフェリカが知らないのも無理はない。俺だってそうだった。

 アークベルトとかいう、変わり者のフェアリー族と会うまでは――

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