第17話

 一人なら苦労しない道を、時に足をとられたヴェインを助けながら、時にワガママを言うリーフィを無視しながら、時に濡れた自分に興奮するフェリカにため息をつきながら。

 そうして村が見えてきた頃には、いい時間になっていた。


「やっと着いたわぁ! これで思う存分休めるわねぇ!」


 ガレリアの言う“休む”にどんな意味があるかはさておき、俺は今日の宿を探し、村を右に左に視線を彷徨わせながら歩いていく。

 “風舞う国”でもそうだが、こういった小さな村や集落、行商の集団なんてのは、存外あちこちにある。というのも、蚯蚓ワーム討伐に立ち寄った兵士や傭兵を休ませ、準備を整えさせるための場所が必要となるからだ。

 もちろん、俺たちみたいなただの旅人にも、その休息所は開かれている。


「ここか」


 他が平屋の、染色設備であろうため池や、木で組まれた布を浸す枠組みがある家々である中、それだけが二階建ての、少し小綺麗な建物になっていた。


「失礼する」


 扉を開くと、内側にあるベルが店内に鳴り響いた。


「あぁ、いらっしゃい。うちはいつでも空いてるよ」


 カウンターに暇そうに座る髭面の男店主が、引き出しから台帳を引っ張り出しカウンターへと広げた。そこに綴られた名前の最後の日付は、三年も前だ。


「やけに閑古鳥が鳴いているようだな。ワーム討伐に誰も来ないわけじゃないだろう」

「そうさ、普通はそうなんだが……」


 意味深なその言葉に、面倒なことを聞いてしまったと内心後悔した。


「店主、それより男二人、女三人。いくらだ」

「ん? あぁ、言い値でいいよ。どうせ稼いだところで、あの領主様に根こそぎ持ってかれちまうんだから」


 これは深く聞くべきではない。俺の経験がそう告げている。


「では一人ひゃく――」

「ねぇ、おじさん。それってどういうこと?」

「おいヴェイン、うぐ!?」


 俺の言葉に被せるように言い放ったヴェインに、俺は苛立ちを隠そうともせずその肩をぐいと掴もうとするが、背後から伸びてきたガレリアの手に口を塞がれてしまった。流石はオーガ、人間の俺程度の力では身動ぎひとつすら出来やしない。


「どうも何も、そのまんまさ。領主様んとこに布だけじゃなく、金、食いもん、さらには女房まで取られちまってね。この村だけじゃない。反抗して消された村だってある」


 店主はそそくさと台帳を引き出しにしまうと「泊まらねぇんなら出ていきな」とカウンターに肘をつき、手をシッシッと振った。だがヴェインは引くことをせず、むしろ逆にカウンターへ身を乗り出すと、


「おじさん、安心して! 僕たち、“風舞う国”の王様に言われてここまで来たんだ!」


と勝手なことをぬかしやがった。光を失っていた店主の目が、希望を微かに宿しヴェインを見る。


「ほ、本当かい? あんたみたいな小さな子が、王様のめいで?」

「そうよぉ、おじさま。私たち、ここの領主様にお会いするために来たのよぉ。ね、リーフィちゃん」

「ディアス、言ってた、お人好しだから」


 無愛想に俺を見上げる瞳が、悪戯を見つけたガキのような光を宿している。目がギンギンに血走っているんじゃないかと思うほど睨むが、このエルフはどこ吹く風だ。


「あ、あぁ、神様……! まだ他国は我が国を見捨ててはいなかったのですね!」

「……っ、……!」


 勝手に話を進めるな! と言いたいのにガレリアはそれを許してくれない。この馬鹿力、いやオーガ力が!


「ま、任せてください! さっきもウォータワームを倒しましたし!」

「お嬢ちゃんたちが、ウォータワームを……?」


 あぁ、倒した。確かに倒したさ。十メートルのをな!

 だがそんなことを知るよしもない店主は「そうかそうか」と嬉しそうに顔を綻ばせると、


「早速部屋を用意するよ。久しぶりのお客さんだ、盛大におもてなしをさせてくれ」


と台帳を再び取り出し、ヴェインに書くように促す。まだまだ拙い、それでいてハネやトメを気にした角張った字で“ディアス・S・ゲイザー”と書かれていく。

 そこでなんで俺の名を、と言いたかったが、ガレリアに口を塞がれた状態では反論のしようもなく。台帳を見た店主が満足そうに頷き「ディアス様御一行、ようこそ」と仕舞ったのを見て、俺は観念するしかなかった。

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