第100話 ラフェ
◇ ◇ ◇ ラフェ
「もう!ギュレンとはあそばない!」
ぷくっと頬を膨らませてぷんぷん怒るアルに、ニコニコしながら謝るグレン様。
「悪かった悪かった、もう今度はちゃんとするから」
アルバードが必死で木剣を振り回してグレン様に戦いを挑むも、グレン様はスッと横に避けるとポテンと転んでしまうアルバード。
涙をいっぱいためて必死で「おかあしゃん、まもるの!つよくなるの!」と向かっていくアルバードに周りの騎士達のみんなは大きな掛け声でアルバードを応援した。
「アル!男だろう!泣くな!」
「頑張れ!グレン様に剣が少しでも当たればアルの勝ちだ!」
「グレン様!さっさと負けを認めてくださいよ!」
「アル!こい!」
グレン様は嬉しそうに向かってくるアルバードをさっと避ける。
そこは手加減すらしない。
「アルは3歳ながらに根性あるからな。俺も真面目に相手しないとな」
そう言いながらニコニコ笑っている。
わたしはそんな二人を少し離れたところで、テーブルに座りいつもの縫い物をしながら合間に見ていた。
またアレックス様のタウンハウスへと戻ってきてしまった。
「ラフェ、縫い物は捗っているか?全部買い上げるからどんどん作れ」
アレックス様は向かい合わせに座ってのんびりと紅茶を飲んでアルバード達を楽しそうに見ていた。
平和な時間がゆっくりと過ぎていく。
少し前までグレン様は狙われ、わたし達親子も狙われていたはずなのに、それはもうかなり前のことのように今はとても穏やかな時間が過ぎていた。
アレックス様が辺境地から王都に来てからバタバタと事件は解決された。
そして………わたしはまだ事件の詳細を知らない。
何故かみんな質問をしようとすると口を閉ざす。
ただ「もう大丈夫だから」とだけ言われる。
最近はアーバン達もこのタウンハウスへと顔を出す。
そしてグレン様達と色々と話をしているようだ。
「アレックス様……わたしそろそろ自宅に戻ろうと思っています」
「あー、うん、そりゃ長い間家を空けてるからな。うん、まぁ、あれだ、ラフェ、俺たちは事件が落ち着いたらまた辺境地へ戻る。一緒に行かないか?
お前の仕事ならここでも向こうでもできる。アルもみんなに懐いているしうちの息子や娘達とも仲良くできると思う」
「ありがとうございます。でも、そこまでご迷惑をおかけすることはできません。
アレックス様達のおかげで兄とのわだかまりも少しだけ消えて話せるようになりました。
アーバンや義父とアルバードが家族として仲良く過ごせるようになりました。
わたしが上手く付き合えなかった人達とまた会うことが出来るのはアレックス様やグレン様達のおかげです。感謝しかありません」
「ラフェは人に頼ることができないで頑なに頑張っていたからな」
「……うっ、確かにエドワードが亡くなって、一人でアルバードを守らなきゃいけないと必死でした。誰かに頼るのはいけないことだと思い込んでいました。
あの家でたくさんの人達がわたしとアルバードを見守ってくれて優しさに触れて、頑ななわたしの心を溶かしてくれました」
ーーーグレン様には初めはキツいことしか言われなくて、結構ショックだったし腹も立ったけど、彼がいつも飾らずそのままぶつかってくれたおかげで、わたしも本音を素直に言えるようになった。
「ラフェはよく頑張った。だからあんなに素直で明るくアルが育ったんだ、ま、グレンがお前たちと離れるのを寂しがるからすぐに断らないで考えてみてくれ、悪い話ではないと思うぞ。
俺たちもラフェの作った服を着ることが出来る。ラフェ自身は自己評価が低いが、お前の縫う服は騎士達の間では喉から手が出るほど欲しがっているんだ。
驚くほど動きやすくて丈夫なんだ」
「嬉しいです、ひと針ひと針丁寧に縫うしか出来ないけどそれをそんな風に評価してくれて感謝しかありません。でも、もう安全ならやはり家に帰りたいと思います、ずっとそのままになってしまっているので気になりますし」
「わかった、無理強いは出来ないからな。あと……ラフェには今回の事件の詳細を話してやらなければいけないのだと思ってはいるんだが……色々と話せない事情がある。納得できないこともあると思うが話せることは伝える。
それ以上のことは聞かないで欲しい、それがラフェ達のためでもある。すまないが頼む」
アレックス様がわたしに頭を下げてきた。
グレン様が狙われていたのは、なにか裏に大きな問題があってのことだと思う。貴族社会のことはよくわからないし、聞いてはいけないこと。
解決したのならそれでいい。
「もう事件が解決したのなら聞きません。わたしとアルバードが安全に暮らせるのならもう十分です」
「すまない、二人を巻き込んで苦しめておきながら話せないで終わらせるなんて。もちろん話せることもある」
「聞けば話せないことまで話さないといけなくなるのでしょう?でしたらもう聞きません。犯人は捕まった、麻薬の類を売った人たちも、アルバードに薬を飲ませた人たちもみんな捕まったのでしたらもう十分です」
ーーーうん、ほんと、もう、普通に暮らしたい。アルバードが死ななかった、生きて笑ってくれている。
それだけでいい。
「わかった。だが……いくつかどうしても伝えなければいけないことがあるんだ」
「はい?」
アレックス様の顔は優しい顔から険しい顔に変わっていた。
「これは隠していることは出来ない。
お前の夫のエドワードは記憶を失くして生きているんだ」
「……………エ…エドワードが?」
ーーーえっ?
だってもう亡くなってると、ずっとそう思っていたのに……
突然の話に頭がついていかなくて、どう返事をすればいいのかわからず、ただ固まるしかなかった。
アルバードの楽しそうな笑い声とグレン様の優しい声だけが何故かずっと鮮明に聞こえてきた。
エドワードが生きている。だけど………わたしのことは覚えていない?
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