第94話  グレン

 ◆ ◇ ◆ グレン


 お互い紅茶を黙って飲んだ。


 どちらかが話しかけない限り会話など弾むことはない。

 本当ならそれでいい。

 だが、俺は仕方なく話しかける。


「王妃殿下、最近我が領地の近くでは何かと騒がしい事件が起きております」


「貴方の領地は遠すぎてこの王都にまで話が来るには時間が掛かってしまうわ。何があったのかしら?」


 ふわりと花のように笑うこの女は、周りから見れば四十歳を過ぎてもいまだに女性としての魅力と王妃としての気品を兼ね備えている素晴らしい王妃だろう。


 だが俺からしたら何を考えているのかは分からない不気味な女だ。

 こんな優しそうに見えるのに中身は真っ黒だ。

 逆に怖すぎる。


 陛下に愛されたいと願っているのに愛されているのは亡くなった俺の母だ。

 陛下は今も俺の母を愛している。


 愛妾である母が俺を先に産んだのに、なかなか正妃には子供が出来なかった。


 それが俺を嫌っている理由の一つ。さらに陛下にそっくりの俺を見るのも嫌なのだろう。

 なのにその目には仄暗い気持ちの悪い感情が俺に纏わりついてくる。


 ジトッとした目、俺の全身に絡みついて離れようとしない。


 ーーー気持ちが悪い。


 この優しい仮面を被った王妃の中身はドロドロした腐った生ゴミのような感じなんだろう。


 俺はそう思いながら


「今危険な麻薬がこの国に入り込もうとしております」


「まあ!怖いこと。きちんとグレン、貴方が対処しているのでしょうね?」

 大袈裟なくらい大きな声で驚いてみせる王妃。


「もちろん我が騎士団一団となって主犯を捕まえるため動いております。証拠もかなり集まっております」


「ではもうすぐ解決するのね?ふふふ、ならば安心ね?」


「はい、犯人は粗方捕まえました。コスナー領の貴族の子息達が中心となり私腹を肥やしていたようです。さらに領主が主犯のようです」


「まぁまぁ、コスナー伯爵と言えばとても人望のあるお方だと思っていたのに……残念なことだわ。早く解決するといいわね、わたくしも力になることがあれば言ってちょうだいね」


「ありがとうございます。早速ですが一つ話を聞いてもらえますか?」


「何かしら?」

 王妃の笑顔が少しピクッと引き攣った。


「コスナー伯爵は王妃殿下とも親しくされていると聞いております」


「わたくしと?会えば挨拶と簡単な会話をするくらいだけど?」

 不機嫌になってきた。

 ーーーもっとイライラさせてやりたい。


「ええ、ですが彼は身の程知らずで王妃殿下が後ろ盾になってくださっていると豪語しております。だから自分が捕まることはないと思っているようです」


「わたくしが後ろ盾?」

 王妃は眉を寄せて怒りを露わにした。


「はい、ですから自分は捕まらないと思って安心しきっているようです」


「不愉快だわ、わたくしと伯爵が何かあるみたいに思われているのかしら?」


 語気が強くなる。そろそろ本性が隠せなくなってきた。


「いいえ、聡明な王妃殿下にそんな事あるわけがありません。あと少しで彼を捕まえることができます。

 なので『もしも』その時に王妃殿下のお名前がでてしまえば、こちらとしても困ったことになりますので一言お伝えしておきたいと思いまして」


「わたくしはどうしたらいいのかしら?」


「はい。彼が王妃殿下のお名前を出しても一切関係ないことを明言していただきたいのです。たとえどんな証拠を出してこようと」


「ふふふ、わたくしとは関係のない話なのでいくらでも彼と何もないことを断言できるわ」


「それはよかったです。彼が今まで色々としてきたことが何故か見逃されていたのはどうしてかわかりませんでしたが……王妃殿下のお名前を勝手に使っていたのでしょう。もうすぐ真実が暴かれるでしょうから安心していてください」


「そ、そう……わかったわ。グレンとこうして話すのも久しぶりね。また、たまには一緒にお茶でもしたいわ」


「お誘いいただき光栄でございます。また機会がありましたら是非ご一緒させていただきたいと思っております」


 ーーー次会うときはあんたが牢に入ったときだ。あんたには死ぬほど不味いお茶をご馳走してやるよ。







 俺はお茶を飲み終わると席を立ち「ではまだ仕事がありますので失礼致します」と言ってその場を離れた。






「グレン様、王妃は今からすぐに動きますかね?」


「ああ、すぐにコスナー伯爵を黙らせるだろう。殺すかどこかに監禁するか。かなり焦っていたからな」


「わかりました。王妃とコスナー伯爵の動きはこちらでしっかり見張ってます」


「ラフェ達のこともよろしく頼む。あそこには二人騎士がいるとは言え俺のせいであの二人が辛い目に遭うのはもう耐えられないからな」


「もちろんです、しっかり警護しております」


「俺は真面目に役人達と仕事をしてくるよ、アレックス様は王都に来てる俺にしっかり仕事を押し付けてくるからな。早く解決したいが今は王妃が勝手に動いて自滅するのを待つしかないからな。

見張だけ頼む、何かあれば俺がすぐに動くから」


「グレン様が下手に動いて向こうにバレたらせっかくの罠がダメになります。王妃があとは焦って動くのを待つだけですから任せてください」


「よろしく頼む。あーー、ラフェ達を俺が守ってやりたいのに俺から離れるのが一番いいなんてほんと最悪だ」

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