第42話  アーバン

 ◇ ◆ ◇ アーバン


 ラフェが昔と変わらず話してくれた。

 俺はそれだけで満足だった。


 話しの内容だけで兄貴が生きていることも何も知らずに過ごしているとわかった。


 記憶喪失だと聞いた。兄はこの王都にはいないのかもしれない。優秀な人だ。記憶はなくても騎士としても文官としても生きていける。


 それだけの才を持っている人だ。俺はそんな兄に対して子供の頃から劣等感を抱きながら過ごしていた。


 俺もそれなりに優秀だと言われたが兄はそんなものじゃなかった。


 何をさせても簡単にこなすし、覚えてしまう。


 だからあの若さで騎士団の副隊長になれたし、もうすぐ騎士爵も賜るだろうと言われていた。


 俺が努力しても兄に追いつくのは難しかった。母上の言う通り母上が社交をして友人関係を築いてくれたおかげで、俺は今副隊長になれただけだ。

 兄のように実力だけでなれたわけではない。


 兄が生きているなら記憶がなくてもどこかで活躍しているはずだし、それなら誰かしら会っているはずだ。もしどこかの伯爵家の令嬢と結婚しているなら兄の噂くらい入ってくるはずなのに……どこか田舎の領地で暮らしているのかもしれない。

 王都にまで話がこないようなところに。領主でなければ王都にはなかなか顔を出さないし名前も上がってはこないこともある。


 兄が生きていることが確実ではないがほぼ事実だと分かり、死亡保証金と遺族給付金を返還することになった。


 しかし、仕事中の行方不明で記憶喪失になり未だに行方がわからない為、母上の罪は別として、全額返還はしなくていいと言われた。


 兄が働いていたら貰っていたであろう給金と差し引きになり、母上の宝石を売って支払いをしてもかなり余ることになった。


 その余ったお金は伯父上に今まで母が借りて返済していなかった分に回すことになった。


 おかげでほぼチャラになった。


 父上と俺が二人で働けばこれから先食べていくことは十分できる。


 父上は騎士爵を返上して今は一騎士として働き始めた。俺も副隊長を降りて一騎士として働き始めた。


 収入はかなり減ったしいづらい立場ではあるが俺たちも知らなかったですまない。


 男二人暮らしてはいける。


 母上は残念ながら兄のことを知っているのに黙っていたことで罪に問われることになった。


 さらに多額の借金で周りにも迷惑をかけることになり、罰を受けることになった。


『わ、わたしに働けと言うの?それも収容所で?い、嫌よ!アーバン、貴方の力で助けなさい!』


 牢の中にいた母上に会いに行った。あれだけいつも綺麗に着飾り、髪もきちんと纏めて、化粧をしていた常に美しく凛としていた母が今は化粧もしていない、服はなんの飾りもない茶色いワンピース、髪は手入れすらされていないバサバサのストレート。


『アーバン!わたしが何をしたと言うの?エドワードはお金持ちの令嬢と結婚して幸せに暮らしているの。わたしは何も悪くない、何もしていないのに……』


 母上は一度も罪を悔い改めようとは思わなかった。

 もし兄貴が訪ねてきた時、追い返さなければ今頃ラフェとアルバードは親子三人で幸せに暮らしていたかもしれない。


 この人はそんなことすら思わなかったのだ。自分の欲に負けて。


『母上、罪を償ってください』


 ーー罪を償って心を入れ替えたら……


 父上は受け入れるだろうか?



 母上との最後の面会を終わらせ、俺は自宅に向かって帰ろうと歩いていた。


 屋敷を売り今は騎士団の詰め所から近いアパートに二人で住んでいる。


 食事も掃除も洗濯もできない親子なので通いの家政婦を頼んできてもらっている。


「とりあえず今は何にも考えたくない」

 ボソッと呟くと重い足取りで帰宅を急いだ。


 その時すれ違った瞬間

「あっ」と俺を見て声を出した人がいた。


 振り返ると向こうも俺を振り返って見ていた。


 ーー誰だっただろう?


 記憶を辿りながら彼の顔をじっと見つめた。


 向こうは逆にしまったという顔をして慌てて目を逸らした。


 ーー?……なんだ?


 俺は迷わず話しかけた。


「お久しぶりですね?」


「あっ、ああ、よく僕のことがわかったね?会ったのは君の家に遊びに行った時だったからもう十年以上前のことだった気がする、まだ君は12、13歳くらいだったかな?」


「もうそんなに経ちますかね?」

 とりあえず話を合わせた。たぶん年齢的に兄の知人のようだ。


「いや、あ、思わず懐かしくて声が出てしまって驚かせてすまない」


「いえ、俺に何か話したいことがあるんじゃないですか?」


「話し?どうしてそう思うんだい?」


「俺の顔を見て何か言いたそうにしていたので、勘違いでしたらすみません」


 何か言いたそうにしていた。それは確信に近い。騎士をしていればある程度相手が何か隠そうとしたり目を逸らした時の仕草は見逃さないようにしてきた。

 だからこの人には何かある。そう思った。


「…………悪いが急いでいるので帰らせてもらうよ」


 俺はこの人を止める理由もなく「失礼します」と言ってその場では別れた。


 そして彼に気づかれないように後を追った。




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