第24話 皇帝に乾杯!
そして、いざパーティー会場へと向かう。
エーデルガルト城は帝国の象徴なだけあって、要塞要素の強い城だった。
質実剛健。大砲を隠すことなく、常に敵を威嚇するその様にアイルは圧巻に取られつつも、ドラゴンたちはまるで臆することなく屋上へと着陸した。
「いつ発砲されるかヒヤヒヤしたわ」
「向こうさんも、いつ炎を吐かれるかと同じだったかもな」
天空伯とて、一応格式は王家に劣るもの……のはずが、その領主ユーリウス=フェルマンに緊張する様子はない。それはすぐに人型に戻ったヴルムも同様である。
「ご安心ください。人間の魔導兵器など、ぼくのウロコひとつ傷つけられませんから」
「それは頼もしいね」
ちなみに、リントはお留守番だ。
別に天空城を空にしても問題はないようだが、明け透けに『留守』が公になるときは『いたずら』を仕掛けてくる輩も数百年のうち数えるほどはあったらしい。
そのため、基本的にはどちらか一方が留守番するようにしているのだという。このあいだの霊峰は特例だったのだ。
実際、出迎えにはやたら物騒な面構えの兵士たちを見て、アイルは苦笑してしまう。
「私、初めて旦那様が『怪物』なんだなぁって実感した気がする」
「俺は初めてまともに『旦那』と呼んでもらっていたく感動している」
当の本人は、この警戒をまるで気にしていないようだけど。
険しい兵士たちの間から、ひときわ豪華な衣装を纏った武人が前に出てくる。
四十代だろうか。武人……だと一瞬思ったが、違うらしい。その隆々しい男性は見た目にそぐわぬ朗らかな笑顔で両手を広げていた。
「久々だね、ユーリウス。奥方殿ははじめましてだ。私がベレトス=エーデルガルト、これから末永くよろしくね」
夕陽を背に差し出された手は、いたく固い。
「酒だけ飲むなよ。悪酔いしないように肉や水を挟みながら……」
「酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞー‼」
「せめて乾杯が入ってからにしろ!」
結婚のお祝いと言いながら、この夜会、表向きの名目は『皇帝エーデルガルトの大鹿狩猟祝勝会』となっている。なんでも先日行われた狩猟会でブルーホーンと呼ばれる青鹿の仕留めたとのこと。彼の強弓は帝国中で有名なんだとか。
ともあれ、パーティー会場ではどでかい鹿の角が飾られていること以外、とても煌びやかなものであった。会場の端にはこれでもかと美味しそうな馳走が並べられ、もちろん使用人らがアイルの望む酒のグラスを配っている。
「我らエーデルガルト帝国の永久の栄光に! 乾杯っ!」
「かんぱーいっ!」
くだらない皇帝の挨拶などまったく聞いていなかったが、乾杯だけは誰よりも盛り上がるアイル。ユーリウスも呆れ顔ながらも、アイルの嬉しそうな顔を見ながら酒に一口つけた。
「さて、アイル殿。基本的に夜会での振る舞いに覚えはあるだろうか?」
「美味い酒をたんまり飲む!」
「挨拶してみたい貴族などはいるか?」
「美味しく一緒にお酒が飲めそうな人!」
「……俺一人で最低限のあいさつ回りをしてくるから、なるべく静かに隅っこにいてくれ」
「いえっさー」
さて、余計な監視(旦那)もいなくなったところで、アイルは自由である。
シャンパングラスに残っていたお酒を一気に煽って、アイルは手近なウエイター役を呼んだ。
「すみませーん。お代わりくださーい」
さすが王城。お酒の質もかなりいい。アイルが女の子だからか、運ばれてきたのは薄桃色がかわいらしいワインだった。飲み口も軽く、口に入れるとパチパチと弾ける。このパチパチ感はアイルもお酒に限らず初めてである。果実水のようなのど越しもあって、いくらでも飲めてしまいそうな逸品だった。
――かえって意地悪いお酒だなぁ。
たしかに若い女の子が喜びそうなお酒だが、それに顔をしかめる。
だっていくら飲みやすくとも、酒は酒だ。
飲みすぎてしまえば、すぐに酩酊状態になってしまうだろう。
――若い女の子を酔い潰して、どうしたいんだかね。
アイルが睨む先から、一人の男が近づいてくる。
青鹿を強弓で仕留めた皇帝エーデガルトが、とても朗らかな顔でアイルに話しかけてきた。
「いやぁ、実にいい飲みっぷりだ。お酒が好きなのかい?」
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