スノードロップ

スノウ王国

 しんしんしんしん。しんしんしんしん。空から雪がたんまりとまいおちる。


 地方の都市であるこの街は、白銀の世界に豹変ひょうへんしていた。街を見守る国宝の城の屋根にも、たんまりと雪がつもっていた。


 やがてのぼり、真っ暗だった街に光がさす。


 城のすぐ近辺の住宅地に立つ、小さな平家の小さなお庭には、スノードロップの花が咲いていた。

 花の頭にのっていた雪の結晶は、朝陽あさひにてらされたことによってとけ、水滴すいてきとなったそれは、うつむくように咲く白い花をつたって、ぽたっと、雪のつもる地面におちた。

 雪おつる花、スノードロップ が咲いた。それと同時刻に、平家の家のなかでは、まくら元におかれていた、携帯のアラームがなった。

 布団のなかで眠っていた若い娘は、目をさまして身をおこし、アラームから流れる音楽をしばらくきいていた。

 曲のキリのいいところで、アラームをとめた。それから、携帯の待ち受けに設定してある画像を見て、にんまりとした。

「おはようございます。六花りっかさま」

 

 娘の名前は、しずく。はたらきざかりの年頃だけれど、今日もおうちでたんまりとすごす予定である。

 


 お一人様用のかわいい見た目の片手鍋で、ぐつぐつにているのは、小豆あずである。

 水にたんまりとひたして、にこみ、わきでてくるアクをとる。

 とちゅうで小豆をざるにうつして、水をきり、もういちどたんまり水にひたして、またぐつぐつにこむ。

 にこんでいるあいだ、雫はなにか作業をするでもなく、にこまれている小豆をじいっと見ていた。

 青く燃ゆるコンロの火。さいしょはぷくぷく、小さな泡があらわれて、泡はどんどんふえっていって、やがてバブリーに大きく、ブクブクとふっとうしていく。

 ふっとうでへった水をつぎ足して、豆がやわらかくなるまでにこんでいく。

 その片手間、となりのコンロにあみをのっけてもちく。

 焼かれた餅は、ぷうっとふくらみ、ひっくり返すと、こんがりキツネ色がついていた。そっから、さらに焼くと、さらにぷくうと、しかくい餅は、半分にぱっくりわれて、なかから白いどおむがお出ましする。

 このさまは、なかなかの快感だ。雫は、小さくかんどうをおぼえた。

 

 にこんだ小豆がやわらかくなったのをかくにんすると、蜂蜜と塩をくわえ、弱火をとおして、小豆汁の完成。そこに、ぷっくらふくらんだ焼き餅をくわえてば、おしるこの完成。

 時間ならあきまくっている雫は、食の調理には手間ひまをかける。しっかり時間をかけて作った料理は、とってもおいしいし、あたたかい汁ものであれば、ほっと身も心もあたたまる。

 あたたかいものを飲んで、食して、ほっとひと息つく時間が、雫はとっても好きなのだ。

 まだあたたまっていないこたつに、足をつっこんで、おしることこたつのうえにおいてあるみかんを食べる。雫は今、まさに、冬をたんのうしていた。



 そろそろ時期だろうと思い、雫がお庭にでると、思ったとおり咲いていた。スノードロップが。

 雫は、スノードロップに、とってもシンパシーを感じていた。雫の氏は、“松雪まつゆき” であり、待雪まつゆきぐさといえば、スノードロップの和名だ。

 雫は、イラストレーターとして活躍し、生計をたてているのだが、イラストレーターとしての名前は「スノウドロップ」と設定している。

 そんな、とってもシンパシーを感じ、愛着を持っているスノードロップが咲いた記念に、スノードロップの絵を描くことにした。

(でも、六花りっかさまも描きたいから、ミックスさせた絵を描こう)

 

 雫がしたう六花さまとは、『わたし花園はなぞの』という百合ハーレムが主題の漫画に登場する人物、鶴目つるめ六花りっかのことである。

 六花は、国の女王になった主人公ヒロインをお守りする、近衛このえ隊の隊長で、つねに主人公のそばについている。ボーイッシュな見た目をして、紳士しんしなふるまいをするイケメン女子だ。女子でありながら、主人公をしたうようになり、ときおり甘い一面を見せる、そのギャップが、雫のハートをみごとしとめた。

 雫は、六花に夢中になって以来、その姿ばかりをたんまり描くようになった。

 テーマや構図、表現方法をかえながら。そして、できあがった絵をの六花をめでて、にんまりしたり、もだえたりする。

 それにくわえて、なんと『私の花園』がアニメ化されて、六花に色がついて、うごいて、超かっこいい声もついたのだ。

 度をこえてカッコよく、尊くなってしまった六花に、雫は生命の危機をかんじるくらいに、苦しめられたものだ。深すぎる愛は、毒にもなることを身をもって理解した。

 それはさておき、六花とスノードロップの組み合わせは、もうなんども描いた、定番ものである。しかし、雫は、まだいまだ描いていない表現方法をもさくし、三時間以上の時をかけて描きあげた。

 感性した絵を見て、雫はとろけそうなほどにんまりした。

「今回も、うまく描けたなあ。たまんないなあ〜」

 雫は、そうつぶやいて、歓喜の声をあげた。

「六花さま〜!」



 その日の晩、いつものように、夜の十時に寝床につくと、まぶたをとじた瞬間に、深い眠りへとついた。

 すると、雫の眠る布団のしたに、魔法陣が出現した。ペリドットの宝石のような色の、スノードロップの花が描かれたものだった。

 

 きづけば、雫は、フシギな空間にたっていた。布団も部屋もなにもない。

 とまどう雫のまえに、ひとりの女の子があらわれた。そして彼女は、雫にたいしひざまづいた。

「はじめまして、雫さま」

(私の名前、しってるんだ!? 私は、この子の名前しらないけど)

 彼女は、王子さまのような、ボーイッシュなよそおいをしていた。彼女のすがたを見て、雫はトキメキした。

(六花さまみたい! かっこいい!!)

「わたくしの名は、トウカと申します。スノウ王国より、ガランサス女王さまの命を受け、参上したしました」

 雫は、とまどいのあまりかたまってしまった。内心では、たいそうパニクっていた。

(なにこの、ラノベみたいな展開!! これは、転移? 転生!? 私、死んだの!?)

「雫さまを、スノウ王国へご招待いたします」

(スノウ王国? なにそれ、どんなところなんだろ。てか、スノウって……)

 トウカが呪文をとなえると、二人のあしもとに、ペリドット色の魔法陣があらわれた。

「すごおっ!」

 雫は、おどろきのあまり声がでてしまった。

(魔法だ!! 魔法陣だ!! きれい!!)

 ファンタジーな光景をめのまえに、きもちがたかぶった。



 きがつくと雫とトウカは、まったくべつの空間にきていた。

「何ここ、すごい」

(空間移動の魔法、初体験だっ!)

 かんげきするものそこそこに、あたりを見渡すと、うつくしい光景がひろがっていた。

 空はまだ暗く、あたりはまだうす暗い。人々はまだ目をさましていない。

 白と緑の、ヨーロッパな建物がたち並ぶ、まさにファンタジーな街並みだ。けれど、雪にうもれて、ほとんどが白だ。

 そして、街のいたるところにスノードロップがうえられていた。

 現時点で、雫とトウカがいる場所は、水のこおったふんすいのある広場だ。ふんすいは、二重のかだんにかこわれていて、かだんには、もちろんスノードロップがうえられていた。

 街のうつくしさに感動する雫に、トウカは言った。

「雫さま。しばしおまちください。まもなく、おむかえが参ると思います」

 トウカがそう言って間もなく、雫たちがむいている正面のほうから高貴な馬車と、それをかこむようにならぶ、騎兵きへいがやってきた。馬はみな、白馬だ。

 馬車と騎兵は、雫のすぐ目のまえでとまった。

「うわあ、すごい!」

 雫の感嘆には、おどろきと感動がいりまじっていた。それは、高貴な馬車や騎兵が自分の目のまえでとまっただけでなく、兵士も馬車の操縦そうじゅう士も、全員女性だ。

 こういうたくましい女性が好きな雫は、めっぽう惹かれた。

(わ〜かっこいい!)

 馬車の操縦士が、運転席からおりて、雫にあいさつをした。

「雫さま、おまたせいたしました。どうぞお乗りください」

 操縦士は、そう言って、馬車の荷台のとびらをあけ、雫の手をとって、なかに乗せた。

 それから、トウカにも言葉をかけた。

「ごくろうさまでございます、トウカさま」

「ありがとう、カイア」

 トウカも共に馬車に乗り込んだ。

 そして、馬車と騎兵は、来た道を戻って行った。

 雫とトウカを乗せた馬車が向かうのは、国でもっともりっぱな建物、女王さまの住むお城だ。

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