第16話 暗黒魔法 ~影に殺されますよ

 ダミアンに向かって歩いて行くシオンが心配で、私は少し離れてついていくが、私たちを見たダミアンが驚いた。


「お前ら⁉」

「おはようございます、ダントンさん」


 シオンはにこやかにあいさつをしつつ向かって行く。


 お互いの影が重なるまで近付くと笑みは消え、カフェで会った時のような恐ろしい目つきでにらみつけた。


「今度、アンジェ様に手を出したらタダではすみませんよ」

「な、なんのことだかわからないな」


 それには答えず、シオンは手を二人の影に向けてかかげた。

 足下の影から真っ黒な包帯のようなモノが数本現れ、ダミアンの両脚に巻き付いて体の上へと昇っていく。

 黒い帯は胴体と両腕に巻き付いた。


「くっ……、なんだこれは、動けない」


 さらに上に昇り、首にも巻き付き始めて締め上げていく。


 なに、あれ?

 黒いモノの薄気味悪さに寒気を感じ、私はその場に立ち尽くした。


「もう一度、アンジェ様に手を出すようなら、この影に殺されますよ」


 シオンがそう言うと、首に巻き付いた黒い帯はギリギリと首に食い込みながらダミアンを締め上げていく。


「ぐぇ……」


 口から苦しそうな声が漏れ、白眼をむき始めた。


「あれー?、ダミアンのヤツ、どうしたんだ?」


 後ろからセシリアの声が聞こえた。

 あの黒い帯が全く見えていないらしい。

 ダミアンが苦しそうに声を上げた。


「わ、わ、わかった。もうしないから、早く止めてくれ!」


 シオンの手が下ろされると、その黒い帯はじょじょに足下の影の中に戻っていった。

 そして、シオンは苦しそうにあえぐダミアンに顔を近づけた。


「このことは誰にも言わないように。いつでも影が見張ってますので」


 そう言って地面のダミアンの影を指差した。

 ダミアンは恐ろしいものを見るようなおびえた目つきでシオンを見ながら後ずさりする。

 そして、正門から校庭へと走り去っていった。


 ダミアンの後ろ姿を目で追いつつ、私はシオンに近寄っていく。


「……今の黒いの、いったいなんなの?」


 シオンは驚いた表情で振り返った。


「見えたのですか?」


 私はうなずきながらたずねる。


「さっきのは影? 影が人を見張ったりできるの?」


 シオンがクスッと笑った。


「あれはハッタリです。操れるのは自分の影だけですから」


 ああ、そうなんだ。操れるのは自分の影だけなんだ……っていうか、そんな魔法は聞いたことない。


 ハッと気がついた。


 これは暗黒魔法なんだ。


 あわてて声を殺してシオンを叱りつけた。  


「人前で禁術なんか使ってバレたらどうするのよ!」


 シオンは私を見て微笑んだ。


「あなたを守るためなら、この身は惜しくありません」


 ギュッと心臓がつかまれる、そんなセリフを当たり前のように言う。

 そして今度は消え入りそうな小さな声が聞こえた、ような気がした。


「ずっと、そう誓ってますので」


「……今、なんて言ったの?」


 確かめたくて問いかけた私の質問には答えず、いつもの人なつっこい笑顔を浮かべた。


「どうせ他の人には見えてませんし、誰かに言っても信じてもらえないでしょうから」


 確かに『影に殺されそうです』とか言っても頭が変かと思われるだけかもしれない。


「しかし、なぜアンジェ様に見えたのでしょう。魔法をかけられた本人以外には見えないようにしたのですが」


 シオンは不思議そうに首をひねった。


「マナのやりとりをしているうちに、私の魔力が少し移ったかもしれませんね」


 シオンの魔力、闇の力が私に移った?

 そんなことがあり得るんだろうか?

 いや、そもそもマナのやりとりをしていること自体が、今の魔法ではあり得ない。


 しかし、私の頭はその前の会話に戻っていく。

 私を守るためならこの身は惜しくない、そしてさらに言った、ずっと誓っているから、と。


 どうして私のことをそこまで考えてくれるんだろう?

 主人の命令だから……?


 ううん、どうでもいい。

 私のことをこんなに思って、助けて、守ってくれる。

 それで十分じゃない。

 それ以上、私はなにを望むの?


 そう思うと、心がまた晴れていった。

 離れて見ていたセシリアが近付いてシオンに話しかけた。


「ねえねえ、ダミアンとなに話してたの?」


 やっぱり、セシリアには見えてなかったんだ。


「ご気分が悪そうで声をかけましたが、手助けはいらないとトイレに行かれました。馬車に酔われたようですね」

「ふーん?」


 セシリアは半信半疑、不思議そうにシオンを見たが、それ以上の突っ込みはなかった。


「それではアンジェさ……、アンジェ、放課後にまた参りますね」

「ええ、お願いね」


 笑顔で手を振る私をセシリアが隣でニヤニヤと見ている。


「なにかあったのー? この前に商会で会った時と二人の雰囲気が全然ちがうじゃない」

「いろいろあったのよー」


 ふわっとまた香水の香りが漂った。


「なに、アンジェったら香水つけてるの⁉ ますます怪しい!」

「ふふ、いい香りでしょ」


 花の香りが今度は甘く柔らかに心地よく感じられた。



 魔法ができてから二年生のクラスへの復帰を許されていたので、セシリアと一緒にはしゃぎながら教室へと向かった。


 セシリアが廊下の壁に貼られたポスターに気づいた。


「おっ、ポスターできたみたい。あと半月ね」


 大きく書かれた文字は『王立学園魔法学科 学園祭魔法発表会』。


 王立学園では春の終わりに一般の人にも開放して学園祭が行われる。


 そこで魔法学科の生徒が一人ずつ魔法の技を発表するのだが、魔法を普段見ることのない一般市民に結構人気があるイベントになっている。


 そのとき、背後から声が聞こえてきた。


「今年は逃げずに出なさいよ」


 またか……。

 やれやれ、と振り返るとやっぱりカリーナだった。

 去年、私が仮病で休んだことは、みんな気づいてたのね。


「聖女隊の皆様もゲストで来られるそうですから、基礎練習を見ていただくいい機会ですわよ」


 そう言って、いつものイヤミな笑いを浮かべる。

 私の今の実力は一年生の基礎レベルの小さな火球、水球、光球、つむじ風をマスターしている程度。


 とても観衆の前でお見せできるようなものではない。


「誰が次代の聖女にふさわしいのか、皆様に見ていただきましょう!」


 そう言って笑いながら去って行くカリーナをセシリアがあきれて見送った。


「なんだ、あいつ……」


 しかし、私はソフィア様から言われているセリフを思い出した。


『聖女隊の皆様もこられますから、聖女候補のあなたは恥ずかしくないものをお見せしなければなりませんよ』


 強烈なプレッシャーを与えられていた。

 あと半月あるが、どうしよう……。



 帰りの馬車の中でシオンに相談してみた。


「アンジェ様の強みは四属性の魔法を同時に使えること。弱みは一つ一つの魔法の規模がまだまだ小さいことでしょうね」


 まずは現状の分析だが、要するに器用貧乏というやつね。


「それぞれの魔法は小さくても組み合わせることで大きな効果を狙うという方向がいいように思えます」

「例えば?」

「発表会も授業の一部ですから、ご自分で考えないとダメです」


 ニッコリ笑ったシオンに突き放されてタメ息が出た。

 まだ時間もあるし、よく考えよう。


◇◆◇


 学園祭の当日になり、校舎や校庭がきれいに飾り付けられ華やかな雰囲気となった。


 セシリアと校内をのんびり歩くが、商業科の模擬店を仲よさそうに手伝っている令嬢科の生徒に目がいってしまう。

 はやりのメイド喫茶なるものもある。

 学園祭は多くのカップルが誕生する一大イベントでもあった。


 私もあっちの方が良かったんだけどなあ……。


 思わず物欲しげにながめてしまった。



 目玉イベントは騎士学科の学園一決定戦。


 会場となる円形の闘技場は、その後の魔法学科発表会でも使われるので、下見を兼ねてセシリアと見に行った。



 準決勝がちょうど終わったところで、何段もの高さの観客席が一杯に埋まっていた。


「アンジェを大好きな騎士学科のレビンさん、決勝に残ってるって」

「あたしをじゃなくて、『努力する人を』大好きな、でしょ!」


 真っ赤になって反論するが、私の最悪の時期に励ましてくれた人。

 ソフィア様の幼なじみで近衛騎士団長のご子息。

 悪い印象を持つはずはなく、ときどき食堂などで会うと笑顔で会話する。

 ただ、それ以上の進展は全くない。


「今日だって差し入れするとか、必勝祈願のリボンを渡すとかチャンスはあったのに。積極的にならないと恋は生まれないわよ」


 そんなことができるぐらいなら、とっくに明るい青春を送ってます。


「あっ、決勝戦が始まるよ!」 


 試合が始まり、レビンさんと相手が木剣を何度か打ち合う。

 レビンさんの剣が弧を描いて敵の胴に叩き込まれて勝負がついた。


 ワーと観客席から歓声がわき、近くの男子生徒の声が聞こえた。


”レビンのヤツ、これで三年連続優勝だぜ”

”卒業を待たずに、騎士団に入るとかウワサも聞いたぞ”


 へー、そんなに強いんだ。


 感心する私の手首をいきなり握ってセシリアが強引にレビンさんの方に振ってみせた。


「レビンさーん、こっち向いてー! アンジェがここにいますよー!」


 な、なにすんのよ⁉

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