第39話 それぞれの真価

「――《権威支配》ッッ!!」


 バウマンがそう唱えた瞬間、ゼスの目には、彼の頭から汚泥のようなものが溢れ出すのが視えた。

 それは濁流のようにこの場に集った人々に襲いかかっていく。


 ゼスが反射的に《浄化》しようと手をかざした瞬間、汚泥は何かに阻まれるように弾け飛んだ。


「…………は?」


 その光景に驚いているのはゼスだけではなかった。

 他でもないバウマンが、目を点にしている。


「そんな、バカな……っ、《権威支配》《権威支配》《権威支配》《権威支配》――ッ!!」


 何度も汚泥が溢れ出しては弾け飛んで消失する。

 ゼスが《浄化》で消し去っているわけではない。

 ただ、人に取り憑こうとした時点で消滅しているのだ。


「……無駄。ゼスがいるこの場所で、あなたのスキルが通用するはずがない」

「ユグシル」


 ふわりと舞い降りてきたユグシルが、ゼスの肩に手を添えたままふわふわと浮かび続ける。

 そうしてゼスの眼前で輝く王笏に微笑みかけてから、バウマンを睥睨した。


「あなたのスキル、《権威支配》は対象が感じている権威を増大し、歪め、洗脳するもの。だけど今この場では、全員の畏怖はゼスへ向けられている」

「なんだ、お前……ッ!」


 ユグシルの説明にバウマンが苛立ったように叫ぶ。


「俺が、洗浄屋のゼスに劣るだと……!」


 憤死しそうなほどに憤った様子で、バウマンは配下の王国兵たちを睨む。

 萎縮する彼らだが、それでもなお、彼らはゼスとその眼前で輝く王笏に魅せられていた。


「そんなこと、認められるかぁッ!!」


 怒気を孕んだ叫び声と共に、バウマンが腰に佩いた剣を抜き、飛びかかってくる。

 多くの人を《権威支配》し、影響力を積み重ねたからか、その身のこなしは歴戦の戦士に迫っていた。


「お前を排除すれば! 俺が上だ!」


 よくわからない衝動を叫びながら迫るバウマン。

 ソニアたちが間に割って入ろうとする中、ゼスはどこか遠くを眺めていた。


「ゼス?」


 誰よりも早くそのことに気づいたユグシルが、頭上から声をかける。


「バウマンのスキルって、本当にスキルなのかな」


 自問のような呟きを零しながら、ゼスはバウマンを見つめていた。

 彼がスキルを行使する際に溢れ出た汚泥は、エルフの集落を支配していた邪神の力によく似ていた。


 これまでフローラやピーター、その他大勢の人たちがスキルを使う光景は見てきたが、それが汚れ・・に視えたことはない。


 だが、バウマンの《権威支配》は違った。

 そして汚れに視えた以上、それを綺麗にすることができる。


(だけど、あの汚泥自体は汚れそのものじゃない。綺麗にするならもっと根本の部分――)


 ゼスの奥底から湧き上がる衝動と直感が彼自身を突き動かす。

 ユグシルとの契約で発現した《精霊の眼》が、迫り来るバウマンを捉えた。



――――――――――――


名前:バウマン・アークライト

種族:人族

職業:【征服者】

レベル:12

筋力:D

防御力:F

敏捷性:E

精神力:E

持久力:F


スキル

《権威支配》


――――――――――――



《精霊の眼》がバウマンのステータスを丸裸にする。

 スキル欄に示された《権威支配》の文字。

 その文字が、あの汚泥にまみれて掠れていた。


 間に割って入ったソニアがバウマンの剣を受け止める。

 そんなソニア越しに、ゼスはスキルを使った。


「――《浄化》」


 ユグシルが目を見開く。

 同時に、バウマンがその場に剣を落とし、頭を抑えて苦悶の叫びを上げた。


「あギ、ギィィァッッ!」

「がう?」


 その変わりようにソニアは首を傾げる。

《精霊の眼》を通じて視えるバウマンのスキル《権威支配》をゼスの《浄化》が呑み込んでいく。


 その光景は、《精霊の眼》を持つゼスとユグシルしか視ることの出来ないものだ。


「ギィァアアッッ!!」

「――っ、思ったより、頑固な汚れだ」


 業火に焼かれているような絶叫を上げるバウマンを捉えたまま、ゼスはスキルを使い続ける。

 その異様な光景を周囲の者たちはただ呆然と眺めることしかできず――やがて、バウマンは白目を剥いてその場に倒れ伏した。


「……驚いた。まさかスキルそのものを《浄化》するなんて」


 同じ景色を見ていたユグシルが驚嘆の声を漏らす。

 倒れ伏す直前、バウマンの《権威支配》は《権威》へとその名を変えていた。


「まあ洗濯の基本だしな。汚れは表層だけじゃなくて、もっと根本的なところを綺麗にするって」

「その例え、なんだか拍子抜けする」

「ねぇ旦那様。こいつ死んだ?」

「死んでないよ。気を失っただけだ」

「じゃあ殺す?」


 地面に倒れ伏したバウマンの頭をつんつんとつつきながら、ソニアがけろりと言ってのける。


「そんなことをしたら俺たちが未開の蛮族になっちゃうだろ」

「がう? よくわかんない」

「とにかく殺しちゃダメだ。殺すのはどうしようもなくなってから」

「うー、わかった」


 宥めている間にも王国兵たちがバウマンの元へ駆け寄ってくる。

 荒事になるか警戒したが、どうやらその意思はないようだ。


 事前にユグシル村に匿っていた王国兵たちが現れ、彼らと情報を共有している。


 そんな中、ユグシルがピクリと遠くを見た。


「ゼス。大樹海に続々と人が送り込まれてる」

「ま、そうすんなりとは終わらないよね」


 バウマンが王国兵たちを支配していたとはいえ、アークライト王国の実権を握るのは国王であるケイラスだ。


「ゼス様、戦いましょう!」


 二人のやりとりを耳にしていた村人たちが武器を手に立ち上がる。

 ゼスは彼らを諫めるように口を開いた。


「そんなことをしたら人死にがでちゃうでしょ。俺はみんなとのんびり過ごしたいだけなんだ。そのみんながこんなくだらないことで命を落とすのは嫌だよ」

「ですが!」

「俺に任せてよ」


 前のめりになる村人たちへ、ゼスはいつもの調子で言ってのける。

 それだけで、殺気立っていた村人たちが鎮まった。


「ゼス。たぶん、送り込まれている王国兵たちもすでに支配されているみたい」

「《浄化》したのに?」


 すでにバウマンのスキルは消えている。

 だが、ユグシルの言うことを疑うつもりはない。


「とりあえず兵士たちの洗脳を解いてからだけど」


 言いながら、ゼスはいまなお輝く王笏を見る。

 ずっと、呼ばれている気がしていた。


 ゼスは恐る恐る王笏へ手を伸ばす。

 そうして光の中に手を突っ込み、柄を掴んだ瞬間――、ゼスの視界が変わった。


「――ここ、は」


 大樹海を俯瞰していた。

 眼下にはゼスが以前浄化した広大な箇所が光り輝き、少し意識を向けるだけで、地上に生える木々一本一本、草花、小さな虫に至るまで、すべてが視えた。


 ゼスは即座に悟る。

 自身が統治する場所の情報をリアルタイムで掌握する権能。

 これこそが、『神権の王笏』の力だと。


「だったら」


 ゼスは王笏に命じる。

 自国の領土に足を踏み入れた敵対者の情報を。


 大樹海に黒い点がいくつも現れる。

 頭部を汚泥で覆われ、支配されている王国兵の集団。


 数にして数百。

 本来であれば、眼前に相対しなければ《浄化》はできない。


 だが、ゼスは『神権の王笏』による遙か高みからすでに彼らと相対していた。


「《浄化》」


 清浄な光が大樹海の各地で溢れ、汚泥が消失する。

 そのことを認識できたのもまた、ユグシルだけだった。


「ユグシル、彼らを念のため拘束しておけるか?」

「ゼスはこれからどうするの」

「さっきと同じだよ。根本を叩かないと」


 ゼスの言葉に呼応するように、地面に大きな翼の影が落ちる。

 見上げると、遠方からハクが戻ってきていた。


「わ、我々は、聖域に手を出してしまっていたのか……」


 地面に舞い降りたハクの頭を撫でるゼスを眺める王国兵。その中の誰かが、そう呟いた。


「ハク、戻ってきてくれたところ悪いけど、ちょっと行きたいところがある。――東に向かってくれるか?」

「ガルゥ!」


 王笏を手にしたゼスと王国兵の拘束を終えたユグシルを背に乗せて、ハクは勢いよく空へと浮かび上がった。

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