第29話 ユグシル村で初めての・・・
《交易路》の開通は、ユグシル村の生活をより豊かなものへと変貌させていった。
シルク商会から取り寄せた香辛料や多様な食材は日々の食卓を賑やかにする。
大樹海の外で生産された衣服は、村人たちの日々の装いをより豊かにし、ゼスの洗濯欲を満足させていた。
「見て、ゼス」
シルク商会から頻繁に衣服を献上されているユグシルが、新しい服を貰うたびに見せつけてくる。
今日は淡い緑を基調としたカーディガンを羽織っている。
彼女が緑の服を纏うと、より一層神秘的な雰囲気が増すような気がする。
「似合ってるよ。流石商人。顧客の似合うものがよくわかってる」
「ふふん」
ユグシルは得意げに鼻を鳴らしてひらひらと舞う。
大樹の枝葉にはすでに多くの衣服がつるされている。
だが、ゼスが最初に渡した上着は未だにそのままだった。
「そういえば、ソニアに神託の儀をしたんだって?」
思い出したようにゼスが訊ねると、ユグシルはこくりと頷く。
驚くべきことに、ソニアはまだ神託の儀を受けていなかった。
そのことに気づいたユグシルが彼女に神託の儀の話を持ちかけたのだ。
「――【戦闘狂】。ソニアらしいといえばソニアらしいけどな」
職業を授かったことで新たなスキルにも目覚め、それを活かして最近は大樹海の中を駆け回っている。
その戦闘能力はいまさら触れるまでもない。
それに呼応するようにハクも狩りに勤しんでいる。
いずれは畜産も始めようと思っているが、二人の活躍もあって先延ばしになっていた。
「おかげでゼスと二人でいられる時間が増えたから、やってよかった」
ユグシルはそう言って小さく笑った。
大所帯になってからも特に破綻することなく、それどころか生活が豊かになったことで、ユグシル村にも一つの転機が訪れていた。
それは――。
「え、赤ちゃん?」
「は、はい。家内が身籠もりまして。いやはや、長いこと月の物も来ておらず、体調も崩しておったのでもしやと思っていたのですが……」
クリーニング屋で《洗浄》するゼスの下へララドに付き添われる形で現れた一組のドワーフ。
男性の名はマーク。女性の名はザリアだ。
子を身籠もった、という彼らの報告にゼスの手が止まる。
見ると、ザリアのお腹は明らかに大きくなっていた。
妊娠検査薬などという便利なものがないこの世界では、妊娠の発覚には時間がかかる。
ここに来てようやく確信を得たのだろう。
「おー、赤ちゃんかぁ……おー……!」
人間、驚くと言葉も出ないというのは本当だった。
ゼスはまじまじと膨らんだお腹を眺め、やがてハッとしたように二人の手を握った。
「おめでとう! いや、本当におめでとう!」
「はは、ありがとうございます。それもこれもゼス様のおかげで」
「いやいやいや、俺はなにもしてないよ。二人の愛の賜物だよ、うん!」
「て、照れますね……」
興奮のあまり変なことを口走りながら、ゼスは立ち上がる。
そんなゼスを二人は見上げた。
「それで、ゼス様……その、できれば、出産に立ち会っていただきたく……」
「もちろん! 俺にできることならなんでもするよ! というかして欲しいことがあったらなんでもいってよ!」
かくして、ユグシル村での初めての出産に向けて村全体が動き始めた。
医療体制が整った現代日本であっても、出産というのは命がけだ。
科学技術が発達していない異世界の、それも大樹海の中ともなればなおのこと。
当初、シルク商会にお願いして《交易路》で移動し、大樹海の外での出産も検討されたが、二人はそれを拒んだ。
このユグシル村で産みたい、とのことらしい。
ドワーフ族の出産にかかる時間は人族よりも短く、お腹が大きくなると一月もしないうちに生まれる。
そのため、妊娠発覚からひと月、村全体は慌ただしく動いていた。
幸い、ゼスの《洗浄》で衛生は現代日本においても最高水準。
万が一のために《治癒》持ちのフローラも付き添い、ドワーフ族の中でも最高齢の女性が手伝いにつく。
万全の体制が敷かれる中、その日はやってきた。
空間そのものへ《洗浄》が施された一室。
清潔なタオルや布で母体を包み、傍でフローラが《治癒》をかけ続ける中、部屋の中心で寝そべるザリアが苦悶の声を漏らす。
彼女の隣ではマークが必死に声をかけながら額の汗を拭っていた。
そうして、長い時間が流れ、いつの間にか空が白み始めた頃。
「んぎゃ、ぎゃ、おんぎゃぁあああ!!」
赤子の産声がユグシル村に木霊した。
「おぉ、よかった、よかった……!」
マークが感涙する中、建物の外からも喝采が聞こえてくる。
ゼスがその音につられるように建物の外に出ると、夜更け間際だというのに建物を囲うように村人たちが押しかけ、群を成していた。
(みんな、気が気でなかったのか)
このユグシル村で生まれた新たな命を祝福する彼らに暖かいものを感じながら、ゼスは改めてザリアたちに告げる。
「二人とも、おめでとう」
赤子を抱きしめながら、二人は照れるような、しかし誇らしげに笑った。
◆ ◆ ◆
中央大陸東部の
原因は、王室による貴族たちへのこれ以上ない締め上げにある。
アークライト王国は領土が広範ゆえに地方で貴族たちが幅を利かせていた。
そんな中、新たにバウマンが王太子となると、これまで静観を続けていた国王ケイラスが地方貴族への弾圧を始めたのだ。
それに反発した貴族たちを異常までの武力で一気に鎮圧し、さらなる重税を課す。
一部の貴族たちは森流しの刑に処され、貴族たちは最早反抗する力と意欲を削がれ、国に課された重税を支払うことに悪戦苦闘していた。
それでも、資源には限りがある。
立ちゆかなくなった貴族たちは王都へ足を伸ばし、国王への直談判を余儀なくされていた。
「恐れながら、我が領地は大樹海にほど近く、魔物の被害が絶えない立地にこざいます。他領と同じ税を課されては、民の生活も立ち行かなくなってしまいますれば、どうか、減税をご一考いただけませんか!」
王の間。赤い絨毯が敷かれた地面に頭を擦りつける、痩せた男。
彼もまた重税に喘ぐ貴族の一人だった。
その請願に、玉座に座るケイラスは数ヶ月前よりも肥えた顔をにやりと歪める。
「何を言い出すかと思えば。大樹海が近くにあるということは、資源もあるということ。ほれ、資源ならそこから採ればよいだろう」
「お、お戯れを」
「戯れ? 私の言葉を戯れと申すか」
「っ、め、滅相もございません!」
男の怯えきった声に、ケイラスは満足げに頷く。
「ならば、私が考慮する余地は微塵もないな」
「し、しかし!」
「
「……っ」
悔しげに王の間を後にする男の背中を見届けて、ケイラスはすぐ脇で控えていたバウマンに声をかける。
「やれやれまったく、愚鈍な貴族共だ。お前なら
「はは、それは無茶ですよ父上。【征服者】である俺のスキルがなければ、大樹海の制圧なんてとてもとても」
「ははは、そうであったな。優秀な息子を持つと私の感覚がずれてしまうわ」
王の間に響き渡る哄笑は、深く、広く、王国全土に染み渡るように木霊していった。
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