第17話 獣人族の習性
「がるるぅ、旦那様の匂い、好きぃ~」
突然現れた獣人の少女に押し倒されたゼスは、なんとか彼女を説得し、いつもの大樹の袂に場所を移した。
だが、場所を移しても状況は変わらない。
すっかり日が沈み、焚き火を囲って座るゼスたち。
獣人の少女はゼスの隣を陣取って腕に抱きついて頬ずりをしながら、臀部から伸びる狼のしっぽを擦りつけていた。
目の前でぴょこぴょこと揺れる狼の耳を目で追い、思わず頭を撫でそうになる衝動を抑えながら、ゼスは困り顔で訊ねる。
「その旦那様っていう呼び方はなんなんだ」
「がる? 旦那様は旦那様。あたしの
「……うん、それはわかったんだけど、まず君のことを知りたいな」
ゼスが言うと、少女の狼耳がぴょこんと立つ。
そして目を爛々と輝かせて無邪気な笑顔を浮かべた。
「あたしのこと知りたい?! 旦那様、あたしのこと好きだ!」
「なんでそうなるんだ……」
などというやりとりを経て、ゼスはようやく少女の事情を聞き出すことに成功した。
彼女の名はソニアという。
大樹海の外で暮らす獣人族の群れの出身で、年は十五歳らしい。
らしい、というのはソニアの言い方が曖昧だったからだ。
「あたしの年齢? たぶん十五歳! ……んぅ? もしかしたら十四歳かも! あ、十六歳でもいいよ!」
思わず突っ込みそうになる物言いだったが、話が脱線するのを避けるべくスルー。
そうしてさらに事情を聞き出していった。
どうやら彼女は群れの
そこで彼女は単身群れを離れ、伴侶を探していくうちに大樹海の中へ足を踏み入れ――神呪を発症した。
「事情は大体わかったけど、どうして俺が旦那様になるんだ。君は俺のことをよく知らないだろ? なのに俺がその……
話を聞き終えてゼスが改めて訊ねると、ソニアは「がう?」と首を傾げる。
「あたし、旦那様のこと知ってるよ」
「え?」
「旦那様、あたしを倒した! 旦那様、強い! 好き!」
ぶんぶんと尻尾を左右に振って、ソニアは得意げに語る。
ソニアの説明に混乱していると、それまで静観していたユグシルが口を開いた。
「獣人の女は自分より強い男を
「そういえば一部の獣人族は絶滅の危機に瀕しているとか、本で読んだことがあるな」
ゼスは王城にいたころに読み漁った本の記憶を掘り起こす。
獣人族の中にも猫や虎、狐や兎など様々な種類が存在している。
多様性、という面では獣人族がずば抜けているが、人族とは違い、その多様性は個ではなく群れに依存する。
環境に適応できない群れは滅びるのが宿命だが、基礎ステータスの高い獣人族の群れなどは
滅びるぐらいなら、適当な相手と付き合えばいいというのは、そうした慣習や本能を持たない第三者だから言えることではある。
「……で、俺がその
事情はすべて理解できたはずなのに、それでもゼスの頭の上には疑問符が浮かぶ。
「俺って強くないでしょ」
自慢ではないが、格闘も剣術もその他諸々の戦闘技能もからっきし。戦闘系スキルも有していない。
獣人であるソニアより強いなどと、口が裂けても言えない。
「どうして? 旦那様、あたしより強いよ。あたしが倒せなかったもやもやを、ぱぁってして、どばぁって倒したもん! あたしが倒せない敵を倒せる旦那様は、あたしより強い!」
「う~ん、そう、なのかなぁ……」
両手を大きく動かしながら自身の理論を語るソニアにゼスは首を傾げる。
「……実際、ゼスの方がステータスも高い。彼女の言っていることは間違いでもない」
《精霊の眼》でソニアのステータスを視たのだろう。
ユグシルの呟きに、ゼスはひとまず納得することにした。
(まあ確かに、彼女に押し倒された時は振りほどけそうではあったな)
筋力Dは伊達ではない、ということだろう。
一人納得していると、パッとソニアが手を掴んできた。
「それじゃあ旦那様! 行こ!」
「え、行くってどこに」
「あたしの群れ! 旦那様、連れて帰る!」
ソニアがそう口にした瞬間。
何かに反応するように、彼女は掴んでいた手を離して後ずさる。
そんなソニアとゼスの間に、大樹から伸びた数本の枝が境界を生み出す杭のように突き刺さった。
ソニアは先ほどまでの雰囲気を一転、「がるるぅ」とうなり声を上げてユグシルを睨んだ。
「お前! あたしと旦那様の邪魔をするつもりだ! つまり敵!」
「それは私の台詞。ゼスは私と一緒にここに暮らす」
「え、ちょっと二人とも……?」
突如勃発した剣呑とした睨み合いに戸惑うゼスをよそに、ソニアはゆったりと身を低くし、ユグシルはふわりと浮かび上がる。
「ま、まぁまぁ、お二人とも落ち着いてください」
それまで静観していたフローラが仲裁に入るが、ソニアとユグシルの殺気に満ちた眼差しが彼女を射貫く。
「漁夫の利を狙う、エルフは小賢しい。旦那様との邪魔をするなら、みんな倒すッ」
「わ、私そんなつもりじゃ……」
あたふたとするフローラ。
今にも戦いが始まりそうな気配にゼスがどうしたものか悩んでいると、突然ソニアがくんくんと鼻を動かした。
「あのぅ、食事をお持ちしたんですけど……お取り込み中でしたか?」
現れたピーターが持っていたのはシチューの入ったお椀。
ソニアのために持ってきたのだろう。
その匂いにつられたソニアは、勢いよくピーターへ向き直った。
「ご飯!」
◆ ◆ ◆
「むぐもぐむぐ、うぐ、もぐ、……旨い! お前、あたしたちの料理人にしてやる!」
残っていたシチューをほとんど平らげながら、ソニアはピーターを指さして告げる。
先ほどの戦いの予兆はすっかり吹き飛び、彼女は食事に没頭していた。
「ちょっと待て、あたしたちってのは」
「もちろん、あたしと旦那様!」
「ですよねー」
ソニアの物言いに引っ掛かったゼスが訊ねると、案の定な返事が戻ってくる。
ゼスは苦笑しつつも、ソニアの目を見てハッキリと告げた。
「悪いけど、俺は君の
「どうして?」
「どうしてって、そりゃあ俺は君のことをよく知らないからね。それに俺はこの大樹の傍で暮らすって決めたんだ」
ゼスがそう言うと、ユグシルは小さく笑った。
ソニアはゼスの言葉にうんうんと頭を抱え、やがてパッと顔を上げる。
「わかった!」
「やっとわかってくれたか」
ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃああたしも旦那様と一緒にここで暮らす!」
「そっち?!」
名案を思いついたとばかりに得意げにするソニアに、ゼスは思わずがっくしとする。
「群れに戻らないと君の家族が困るだろ?」
「どうして? あたしは元気で、父様も母様も元気! みんな元気で困らないよ!」
「は、話が通じない……」
頭を抱えながらゼスは思う。
(そもそも獣人族の価値観が俺たちと同じだと考える方がおかしいのか)
色々と悟ったゼスは、改めてソニアに訊ねる。
「本当にここに住むのか? 俺は君の
「大丈夫! あたしが決めた!」
「……本当に大丈夫なのかな」
ゼスは彼女の意志が固いことを感じ取り、深く息を吐き出す。
「わかった。そういうことなら歓迎するよ」
「わーい! あたし、旦那様と一緒!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるソニアへ向けて、ゼスは人差し指を立てた。
「ただし! ここで暮らしていくなら、君にはまずやるべきことがある」
「……旦那様、ちょっと怖い」
真剣な表情で告げるゼスに、ソニアははじめてビクッと肩を震わせ、狼の耳をぺたんとした。
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