第4話 頑固な汚れと根気
「ハク、あの大樹に近付けるか?」
「……ガルッ」
ゼスが声をかけると、ハクは「やれやれしょーがないな」といった感じで大樹へ向けて降下を始めた。
明らかにやばい場所なのは気配からも感じられるが、それ以上に自分の内側から湧き上がる衝動に逆らえない。
(だって緑で覆われた森の中で一カ所だけ黒く染まっているなんて、そんなの放置できるわけないだろ……っ!)
綺麗に洗濯した服の中に少しでも汚れが残っていたら気になってしまうのが性分。
果たしてあの黒い領域が洗濯物の汚れと同列に語っていいものか怪しいが、
そしてもう一つ。漆黒の領域を見逃せない理由があった。
ビルほどの高さを誇る大樹の枝葉に陽光を遮られるからか、大樹の根元一帯には木が密集しておらず、天然の平地が広がっている。
近くには川もあって、黒く染まっているという異常に目を瞑れば、ゼスの求める定住地の条件として完全に合致していた。
「! ガルルッ!!」
降下を続けていたハクが突然急制動をかけ、回避行動をとる。
見ると、大樹から無数の漆黒の葉が枝を離れて中空へ浮き上がり、ゼスたちへ向けて弾丸のように放たれた。
「ガルルルゥゥ!!」
「わー、待て待て、だから火はまずいって!」
すべて焼き尽くそうとガバッと口を開いたハクを慌てて制する。
せっかく見つけた定住地候補。焼き払ってしまうのは忍びない。
「それに、燃やすなんてのは汚れから逃げるのと同じだ! ちゃんと向き合わないと!」
「ガルゥ……?」
ハクの黄金の瞳が困惑の色に染まる。
放とうとした《竜の息吹》代わりにため息のような吐息が漏れ出していた。
(それにしても、あの黒い靄……やっぱりハクに纏わり付いていたものと同じだよな)
襲いかかってくる葉を(ハクが)避けながら、ゼスは冷静に観察する。
同じ汚れなら、《浄化》で間違いなく落とすことができる。
「それにしても、ここまで弾幕を張られると近付くことすらできないな……」
無尽蔵に放たれる葉の弾丸。
ハクが距離をとりつつ回避しているのでなんとかなっているが、大樹へ迫れば迫るほど、その弾幕は激しいものになる。
どう近付くか悩んでいたその時だった。
――タスケテ。
「……?!」
ゼスの脳裏に、声が響いた。
「ハク、今の聞こえたか?」
「ガルゥ……?」
首を傾げるハクの反応に、幻聴か、と疑念を抱く。
だが、そんなゼスの脳裏にまた声が響いた。
――タスケテ、ミチビクモノ――
――タスケテ、ケガレヲハラウモノ――
――タスケテ、セカイヲマモルモノ――
「……もしかして、あそこからか?」
脳内に直接訴えかけてくる不思議な声は、奇しくも今まさに向かおうとしている大樹から発せられているような気がした。
その悲痛な叫びに、ゼスは冷静になる。
「……そうだ、俺はなんて愚かなんだ」
迫り来る無数の木の葉。それらはすべて黒く塗り潰されている。
本来の青々とした緑ではなく、漆黒に染まっている姿は、ゼスにとっては汚れにしか見えない。
「俺としたことが、迫り来る
頭を振りながら、そっと前方へ手をかざす。
先ほどからハクが必死に回避する木の葉の弾幕に向けてそのスキルを行使した。
「――《浄化》!」
パァッと木の葉一枚一枚が光に覆われ、その勢いを失う。
青々とした緑を取り戻した木の葉は、弾丸としての役割を終えて、地上にヒラヒラと舞い降りていった。
「よし! 木の葉はなんとかするから、ハクはあの大樹の根元まで行ってくれ!」
「ガルゥ!!」
ゼスの呼びかけに応じて、ハクは勢いよく翼を羽ばたかせた。
◆ ◆ ◆
《浄化》をかけ続け、黒葉の攻撃を凌いだゼスは、ハクの背から地上へ飛び降りる。
その瞬間、ハクが苦しげな咆哮を上げた。
「ハク……?」
その絶叫に振り返ると、ハクの純白の体躯が足先から黒く染まろうとしていた。
ゼスは慌ててハクへ《浄化》をかける。
(汚れ、というよりも
しかしどういうわけかゼス自身にはなんの異変も起きない。
ゼスは周囲を見渡してから、ハクに告げた。
「ハク、俺は大丈夫だから空で待機していてくれ」
「ガルッ」
「俺はこの通り大丈夫みたいだから。ほら、行ってくれ」
「ガルルゥッ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてみると、ハクは逡巡してから飛び立った。
一人になったゼスは、改めて大樹を見上げる。
「地上からだと一層大きく見えるなぁ」
屋久島の有名な千年杉が霞むほどの樹高だ。
それほどの巨木が漆黒に染まっているのだから不気味に思える。
ゼスは早速その漆黒の幹に手を添えるべく、大樹の根元へ歩み寄る。
だが、
「うわっと、あっぶな!」
大樹を支える無数の木の根が突然地面から姿を現し、鞭のようにしなりながらゼスへ襲いかかってきた。
咄嗟に回避したゼスは、漆黒に染まっている木の根へ向けて《浄化》を放つ。
「うぉお! 綺麗になれ!」
先ほどから連続で《浄化》を使っているからか、精神的な疲労が積み重なっている感覚がある。
それでもぶっ倒れたりしていないのはレベルアップの恩恵だろうか。
木の根が元の色を取り戻していく中、ゼスは大樹へ向けて走り込んだ。
そして、大樹の幹へ手を合わせ、
「《浄化》!!」
光が幹を包み込む。
だが、漆黒の靄を払えたのはたった一部で、頭上と地下からは依然として葉と根の攻撃が続く。
それらに対処しながら、ゼスはにやりと口角を上げた。
「上等! 頑固な汚れほど落としがいがあるってものだ! うぉお、《浄化》《浄化》《浄化》《浄化》《浄化》!!!!」
地上部分から徐々に大樹が元の色を取り戻していく。
汚れがじんわりと抜け出すように、黒い靄が中空へ霧散していく。
その様を見上げながら、じんじんと痛む頭に耐えつつ《浄化》を重ねがけする。
「こんなのっ、寒い時期の洗い物に比べたら全然マシだぁ!」
やがて《浄化》の光が大樹を完全に包み込み、漆黒の靄を引き剥がしていく。
そして、大樹から溢れ出た純白の光は、一筋の巨大な柱となって空高くに浮かぶ白雲を貫いた。
空を覆い隠す青々とした枝葉に、生命力あふれる巨大な幹。そしてそれらを支える力強い木の根。
それらを見届けて、ゼスは満足げに呟いた。
「俺の、勝ちだ。……というか、俺って何と戦ってたんだっけ……?」
自問自答しながら、完全に精神力を使い果たしたゼスは後ろに倒れ込む。
気がつくと、倒れ伏した地面も元の色を取り戻していた。
「そういえば、助けてって言われていたような……」
遠くの空からハクが降下してくる姿を視界に収めつつ、ゼスは脳裏に届いた不思議な声を思い出しながら、ゆっくりと目を閉じた。
頭の下がなんだか柔らかい。
意識を取り戻したゼスが最初に抱いた感慨がそれだった。
ハクが何かしてくれたのだろうか。
そう思ってゆっくりと目を開けると、綺麗な少女の顔がこちらを覗き込んでいた。
「やっと起きた」
風のような、それでいて大地のように力強い澄んだ声だった。
ぱっちりとした翡翠色の瞳がじぃっと見つめてくる。
体勢からして、少女に膝枕をされていると悟るまでそう時間はかからなかった。
困惑のまま、彼女のウェーブがかった綺麗な緑髪を辿りながら、ゼスはとある事実に気がついた。
「っ! どうして裸なんだ?!」
ゼスは絶叫と共に飛び起きた。
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