第46話 不健康でも幸せならいい

 二年二組の教室、昼休み。

 そろそろ舞亜瑠まあるが弁当を持ってくるころだな、と思っていたら。

 うむ、いつも通りやってきた。

 ふわふわのポニーテール、いつも通りの笑顔、自分の分と武士郎の分、弁当袋を二つもった舞亜瑠が、教室の入り口でペコリと一礼、そしてまっすぐ武士郎の席へ。

 そして大声で言った。


「お弁当もってきたよ、お兄ちゃん!」


 直後、教室内がおおぉ!? とどよめいた。

「お兄ちゃん? え、お兄ちゃんっていった?」

「おかしくね? 山本先輩から武士郎先輩になって次がお兄ちゃんって進化の方向まちがってるよな?」

「プレイ? プレイなのか?」


 ざわめく中、もう一人の一年生が教室に入ってくる。

 サラサラの黒髪ショートカットの小柄な少女。

 そして、彼女は教室の中から廊下に向かって手招きした。


「ポチ、おいでよ!」


 すると白いリボンをひらりと舞わせて、生徒会副会長が片手にパンが山盛り入った袋を持って入ってきた。


「ええええ? 副会長?」

「なんで二年の教室に?」

「ってか山本とメシ食うのか、なんで?」

「どういうこと?」

「ポチ? ポチって言った?」

「まさか今、副会長をポチって呼んだ?」


 クラス内の生徒たちの頭上には?マークが並んでいる。

 そのどよめく生徒たちを見て、星子が顔をしかめて言った。


「いや、ここじゃなくて生徒会室へ行こう。あそこなら昼はだれもいないから」


     ★


 今日の舞亜瑠まあるの弁当は生姜焼き弁当だった。

 素晴らしい、わかっている。

 悩み多き男子高校生にとって肉だけが人生の希望なのだ。

 やはり肉だ、肉こそが、タンパク質こそがすべてのソリューション。

 そんなわけでとりあえず会話もそこそこにわしわしと米と肉をかきこむ。

 そんな武士郎を満足げにみつめる舞亜瑠まある小南江さなえも自分の小さな弁当を箸でつついている。

 星子はというと。

 近くのドラッグストアで買ったらしい大量の総菜パンやら菓子パンを小さな口におしこんでムシャムシャ食べている。


「……ポチって、あいかわらずいっぱい食べるよね……」


 小南江さなえの言葉に、


「女子高生はおなかがすくの。炭水化物こそすべてのソリューションなんだよ」


 といって星子はムギュムギュとパンを口の中に押し込み、500mlのパック牛乳で胃の中に流し込んでいる。


「ポチは機嫌がいいといっぱい食べるよねー」

「だって隣に君がいるもの」


 ちらっと小南江さなえを見て星子はそう言う。


「それなんだけどね。えっとね。うーんと」

「私は君とずっと恋人でいたつもりだったし、今もそう思ってる。重いのは知ってるけど、自分でも止められない」


 星子の言葉に、小南江さなえは少し微笑んで、


「うん。重い。重いけど、別にそういうのは嫌いじゃない。でも、なんか、こう、こんな感じに距離ができる直前くらいまでさ、私とポチって会えば私んちでエッチなことしたりしてさ。なんか、性欲だけの関係みたいな感じになってそれは不潔っぽくて嫌だった」

「……………………それは、ごめん。でも襲ってきたのは小南江さなえちゃんの方だよ」


「うん。そう。自分が抑えきれない自分が、不潔に思えて。ポチは私がなにやっても嫌がらないし。なんか、自分が自分勝手すぎて汚らしくて嫌で、でもポチと一緒だと私は絶対に不潔な自分を抑えきれないし、ポチは……星子先輩は、悪くない……全部、私が悪いの……。ごめん……」


「いいよ」

「え?」


「私も思ってたよ、この子は汚いなあって」

「ひどっ!」

「でも、それ全部含めて、私は君を好きだ」

「不健康じゃん、そんな関係……」

「不健康でも幸せならいいんじゃないかな。人間って健康のために生きてるんじゃない、幸せのために生きてるんだから」


 二人の会話を、舞亜瑠まあるはじっと聞いていたが、突然はっと気づいた顔をして、


「じゃあ、普通に友達以上恋人未満の関係からやりなおせばいいじゃん! ダブルデートしよう!」


 と言い出した。

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