第9話

(あぁでも……なるほどね、だから最初に私を極刑にすると言ってきたのか)


 それは交渉する場面においてよくやる常套手段だ。最初にわざと無茶な要求を吹っ掛けておいて、次に落とし所として本当の要求を提示するというやり方だ。


 これは私も仕事で外部の人と交渉する時によく使う手法だし、交渉する場面においてこの方法は非常にセオリー通りなやり方だと思う。


 例えば私はいつもポーションの素材を業者から買い付ける時には最初に思いっきり足元を見て激安価格を吹っ掛けてみる。どう考えても無理だろっていう激安価格で買わせろと言って業者に動揺を与えてから本当の交渉に移るようにしている。それが交渉をする上では非常に役立つ手法だからだ。


 でも今回のは“貴様を処刑する”という無茶苦茶すぎる要求からの、落とし所が“それが嫌なら毎晩夜の相手をしろ”というのは……いや流石にぶっ飛んだ要求すぎて交渉になってない。というか“死ぬのが嫌なら毎晩俺に抱かれろ”というのはただの脅しでしかない。


(でもセシル殿下がこんなとんでもない事を言ってくるだなんて……この事は国王陛下はご存知なのでしょうか?)


 私はここにはいないジルク陛下の事を頭に思い浮かべた。


 きっと真面目で優しい性格の陛下の事だから、もしもこのような酷い事件が王都で起きていると知ったら可能な限り迅速かつ穏便に解決しようとしたはずだ。


 でも陛下は今現在、外交のために他国へと出張に出てしまっている。だからまだ陛下はこの騒動には気がついていないのだろう。


(でも、陛下がこの騒動に気づくのはもう時間の問題よね)


 私が通っている王立学園で既にこの婚約破棄騒動が広がっているという時点で、もうこの話題はどんどんと外部に広まっていくだろう。


 そしてジルク陛下がこの騒動に気づいた頃にはもう穏便に内々で処理するなんて事は出来なくなっているはずだ……いや、もう現時点で穏便に済ます事など出来るわけがないのだけれども。


(ジルク陛下にはとても大きな恩があるけど……でもこれに関してはもう無理ね)


 私はジルク陛下に対してはとてつもなく大きな恩がある。だから陛下の指示や命令には可能な限り従うつもりではいるが……でももうこの事件を穏便に解決するなんて事は不可能だ。それに私自身もう既にセシル殿下への愛想は尽きてしまっている。


「ふん、それでどうするんだアリシア? まぁ選ぶべき選択肢は一つしかないとは思うが、それでは貴様の答えを聞かせて貰おう」

「……はい、わかりました」


 セシル殿下はそう言ってまたニヤニヤと笑いながら私に向かってそう言ってきた。おそらく殿下はこれから毎晩のように私の身体を自由に犯せると思って嬉しくなっているに違いない。まぁでも残念ながらそうそう上手くはいかないのだけど。


「それでは……私は殿下からの婚約破棄を受け入れます」

「あぁそうだろうな、貴様には側室に入る以外の選択肢は……って、なんだと?」


 私は毅然とした態度でセシル殿下にそう伝えた。すると先ほどまでずっとニヤニヤと笑っていたセシル殿下は一転して非常に驚いた顔になりながら私の顔をジッと見つめてきた。


「……貴様、私との婚約破棄を受け入れるという事の意味を理解しているのか?」

「えぇ、もちろんです」


 殿下との婚約破棄を受け入れてしまえば、今後の私の貴族としての人生は終わりだ。


 もう二度と王族や貴族達のいる社交界に顔を出す事は出来なくなるだろうし、私のような曰くつきの女を嫁に貰ってくれる男性もいなくなるだろう。


 そうして私の残りの人生は一生表舞台に立つ事も出来ずに独り身でひっそりと過ごし続ける事になるんだろう。まぁでも別に私はそれでも構わないんだ。だって……。


(だって私には誇りに思っている“薬師”としての仕事があるのだから)


 だからこれからの残りの人生は“貴族のアリシア”としてではなく“薬師のアリシア”として、困っている人々の事を少しでも救えるような人生を歩んでいくつもりだ。


(……まぁ、両親にはきっと残念がられるでしょうけどね)


 でも私に錬金術師の称号を与えられた事を一番喜んでくれたのも両親だったし、私が残りの人生を貴族としてではなく薬師として生きる道を選んだとしても、きっと両親は反対しないだろう。


 それにレイドレッド家の跡継ぎはお兄様達がしっかりと務めていくだろうし、今後のレイドレッド家にも何も心配はないはずだ。


(うん、だから私の人生は……私自身の手で決めよう!)


 こうして私は改めてそんな決意を心に誓ったのであった。

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