第12話 願いをかける

 星はいつも輝いていて、何も悪くないよと僕にも彼女にも言っていた。僕はとても悲しくて彼女を抱いていた。彼女を見て僕はどうしても泣いてしまうから、彼女のことを見れなくて。僕はひたすらに彼女を抱きしめるだけだった。彼女もそれをわかっていて、それでも僕に見てくれと彼女は僕の顔に手を当てた。

「忘れないで。 わたしはここにいるわ。 ここにいるの」彼女の手は暖かくて、少し冷たい僕の涙が彼女の手に伝う。

「ああ、忘れないよ。 君の姿をずっと心に刻みつけるよ」

 あの日の彼女の笑顔を僕は忘れられないだろう。星は彼女を歓迎していて、月が彼女を迎えに来たみたいだった。僕も彼女を歓迎していた。その日の彼女の温もりを一生忘れられはしないと言うことはわかっていた。


 彼女は僕の姿を見て、いつもの朝に気がついた。僕は彼女の手を握り、彼女は僕の手を握り返す。そんな当たり前の朝だった。

「もう来ていたんだね」

「君に一番にあいたかったんだ」

「奇遇だね。 私も昨晩星に願っていたんだ。 今日の初めに会えるのは君でありますようにって」

 僕は嬉しくて、彼女の頬にキスをした。彼女はくすぐったそうに僕を見る。

「でも、学校はどうしたの? もう直ぐ始業の時間じゃないの?」

「僕はいいんだよ。 君の体調が良くなるのが一番なんだから」

 彼女は僕の言葉にスッと背筋が伸びていた。病院の一室。当たり前ではない僕と彼女の関係。いつからか始まったかは覚えていないこの部屋での生活。部屋はどこか薄暗くて点滴がここが病院だと伝えてくる。彼女はずっと一人で生きてきた。一人でと言うのはいろんな支援を受けてと言う意味だが、今も一人で生きている。僕と言う人間がいなければこの世界には味方も敵もいないのではないかと言うくらい彼女は一人で独りだった。

「見つけさせてくれた神様には感謝しなきゃいけないな」

 彼女の口癖だった。僕はその言葉が嬉しくて、少し悲しくて彼女に頬を寄せる。彼女はそれにくすぐったそうにしている。

「大丈夫だよ。 もうこんな体なんだもの。 君と出会えたことだけが奇跡なんだ」

「大丈夫だよ。 君は大丈夫だ。 だって僕は君がずっと一緒にいられるって信じているんだから」

「もう、わたしはわかっているんだよ」「何を」「私は長くないんだよ」

「ねえ、お願いだ、そんな悲しいことは言わないでくれ」

「うん。 そうだね。

 でもね。 人にも私にも終りが来る。 だからね、しばらくできてなかったデートが私はしたいんだ」

 彼女の耳は歪で、ひしゃげている。それは今流行の病気の影響で、体の水分が少しずつ抜けているからだ。少しずつ浸食していって最後にはどこにも彼女はいないだろう。彼女はある日言った。「私がミイラになった日には、燃やして粉にして海に巻いてくれ」そう言った。受け入れがたい事実だった。彼女と僕は大した出会いではなかったけど、少しだけ寂しげな彼女を守りたいし一人にはしたくないと思った。同情だけではない気持ちだ。

 どうして神は彼女を僕から奪うのか、また彼女から全てのものを奪うのか。彼女は人間である。神に聞いたって何も帰っては来ない。

「夢を見たんだ」「夢?」「君と一緒にいる夢でね」

 彼女は天井を見る。

「一人ではないんだなって思ったんだ。 ずっと一人の私だけど、一人ではないと思えたんだ」

「それは」

「うん、いいんだ。 きみが私にたくさん心を砕いてくれて、薬を毎日飲ませに来てくれて。 ずっと幸せな時間だった。 でもいいんだ。 いいと思えた」

 彼女は僕の前で点滴を抜いた。

「外に出たいんだ。 もう知っているよ。 もう知っているんだ」

 彼女の最後の願いだった。点滴を外された瞬間から彼女の時間はもう決まっていて、彼女から言わせてしまえば明日になるか今になるかは変わらないのだそうだけど。僕にとっては大きかった。でも彼女を押させつけようなんて思えなかった。

「ずっと愛してくれるって知っているよ」

 彼女は残酷だ。「そうだよ。 ずっと愛している」

「恨まないでおくれよ。 だって君を愛した時間は私にとっては全く無駄じゃなかったんだから」

 彼女と一緒に外に出た今日の星はいつも輝いていて、何も悪くないよと僕にも彼女にも言っていた。僕はとても悲しくて彼女を抱いていた。彼女を見て僕はどうしても泣いてしまうから、彼女のことを見れなくて。僕はひたすらに彼女を抱きしめるだけだった。彼女もそれをわかっていて、それでも僕に見てくれと彼女は僕の顔に手を当てた。

「忘れないで。 わたしはここにいるわ。 ここにいるの」彼女の手は暖かくて、少し冷たい僕の涙が彼女の手に伝う。

「ああ、忘れないよ。 君の姿をずっと心に刻みつけるよ」

 あの日の彼女の笑顔を僕は忘れられないだろう。星は彼女を歓迎していて、月が彼女を迎えに来たみたいだった。僕も彼女を歓迎していた。その日の彼女の温もりを一生忘れられはしないと言うことはわかっていた。

 彼女は僕と生きるためにいるんだと笑った。それだけを僕は信じている。

「ああ、失恋だよ」かっこいい女だった。

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