第十七話 要するに行き当たりばったりと言う事だ

 残された私にはすぐエアハルトが合流してくる。


「いかがでしたか?」


「疲れたわ」


 壮大な謁見の間も、格式ばった謁見の手順も、三長官を始めとした高位武官達からの圧も、全て重くのしかかって私を疲れさせる物だった。

 癒しは娘の発言にいちいちビクビクしてたハンスパパと、ニコニコしてた皇帝陛下だけだったよ。


 そうしていると、ティーネが一人廊下を歩いて来た。


「ティーネ、昇進おめでとう」


 私はティーネに敬礼した。彼女も返礼する。


「ええ。ヒルトも少将への昇進おめでとうございます」


「私なんて、ティーネの功績のおこぼれに預かったような物よ。今度は一個艦隊の司令官ね」


「はい。正式な辞令はまた後日になりますが、第七戦略機動艦隊司令官の職を拝命する事になりました。幕僚を増やす必要もありますし、色々と仕事が増えそうです」


「カシーク准将とジウナー准将……じゃなくて、昇進された両提督は?」


「その準備のために二人は先に帰らせました。私は少しあなたとお話がしたくて」


「それは光栄ね」


 そんな風に会話をしていると、反対側の廊下から一人の女性が歩いて来た。


 私やティーネと同い年程度に見える少佐の階級章を付けた地味な印象を受ける眼鏡をかけた小柄な少女だ。


 コルネリア・デーメル。

 ティーネの幼少時からの友人で彼女が帝室の一員になってからもずっと彼女に従い、今はティーネの副官として、最終的には彼女の参謀長として辣腕を発揮する事になるティーネの腹心だった。

 そしてヒルトにとっては、ある事情により破滅の最終的な原因となる、最大の因縁の相手である。


 ステータスはー……


 統率71 戦略94 政治97

 運営98 情報95 機動67

 攻撃74 防御78 陸戦82

 空戦81 白兵90 魅力89


 幕僚として完璧な能力を持っている上に艦隊指揮も人並み以上にはこなせる逸材だった。

 そしてこの大人しそうな見た目で白兵90もあるのか、怖い。


 何でこうティーネは的確に有能な人間を手元に集められるんだ。実は私と同じように人の能力が数字で見えてるんじゃないか。


「こちらは?」


 ヒルトとしては知り過ぎるほどに知っている相手だったが、今は無名の相手なので訪ねておく。


「コルネリア・デーメル少佐です。ティーネ様の副官を務めさせて頂いております」


「初めまして、ヒルトラウト・マールバッハよ。こっちは私の副官のエアハルト・ベルガー。よろしくね」


 私は笑顔で敬礼した。

 エアハルトは一瞬戸惑ったような顔でコルネリアを見詰めた後、慌てて敬礼する。


「エアハルト・ベルガー大尉です」


「直に彼も少佐になるけどね……どうしたの?ぼんやりして。デーメル少佐みたいな子が好みだった?」


「な、何を言われますか。少佐に失礼ですよ」


 エアハルトが首を横に振った。コルネリアが顔を赤くして目を伏せる。


 そう、ヒルトの前世ではこの二人がくっついてしまうのである、何故か。

 前世ではそれぞれの主君であるヒルトとティーネが激しく対立していたため、互いに身を慎んでいたが、それでもある時二人で密会している所の写真が撮られ、それがヒルトの目に止まった事でそれはもう大変な事になってしまう。


 最終的には嫉妬に狂ったヒルトがコルネリアを殺そうとしてそれを止めようとしたエアハルトがまずヒルトに殺され、コルネリアも結局は殺されてしまう。


 経緯はどうあれそれはヒルトがティーネに対して与えた最大の打撃で、そのせいでそれまでは歯牙にもかけられていなかったティーネに不倶戴天の敵と見做されるようになってしまう。


 ……まあ、これに関してはあまりに身勝手だと思う一方、正直ヒルトの気持ちも少しは分かるんだけどね。ほとんど自分の所有物みたいな物だと思ってて、実は内心想いを寄せていた相手が実は政敵の腹心と恋仲にありました、なんて知ったら怒り狂うのは。


 ……でもそれだったらもっと早くに正直に想いを伝えていたら何か変わったかもしれないのになあ。


「デーメル少佐も近日中に昇進かしら」


「はい。ティーネ様のお引き立てのおかげで」


「そう。だったらエアハルトも頑張らないとね。お似合いの身分になるのは大変よ」


「ご冗談はおやめください、ヒルト様」


 エアハルトが苦笑してまた首を横に振る。余裕を取り戻したようだった。


「あらあら、コルネリアも私のおもりが忙しくて殿方とのお付き合いなんてまるで無かったから良い話だけど、ヒルトは良いのかしら。ベルガー大尉は大切な副官で従者なのだと思っていましたけど」


 ティーネも楽しそうに笑いながら言う。冗談だと受け取っているようだ。

 正直、この先私の方針としてティーネと組むか、あるいは完全に彼女の傘下に入る事を選ぶなら、エアハルトとコルネリアを積極的にくっつけてしまうのは悪くは無いのだけど。


「そうね、エアハルトも困っているみたいだし、これぐらいにしておきましょ。この先私も忙しくなりそうだし、彼を取られては困るから」


 でも私もひとまず冗談に紛らわせてそう答えていた。


 ティーネと正面切って敵対するのが愚の骨頂なのは確かだけど、同時に今の時点では彼女と一蓮托生の運命になるのが絶対確実な銀河統一への最短ルートだとも言い切れない。


 ティーネは将来性も含めれば帝国内の最有力者かもしれないが、それでも彼女の前にはこの先多くの困難が立ち塞がり、それを排除するためには多くの血が流れるのだ。


 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するためには、当分の間ティーネとの距離感もほどほどにした方がいいだろう。


 エアハルトとコルネリアがヒルトの前世の通りやっぱりくっついてしまうならそれはそれで仕方ないが、私が敢えて二人の事を応援する事も無かった。

 そんな風にエアハルトを売り渡すような真似をするのは、この体の本来の持ち主に対する冒とくのような気もした。

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