For my soulmate 〜同じ魂を持つ君へ~

星川蓮

第1話 飛び降りたはずなのに

 車がひっきりなしに行き交う大通りの上、太陽が照りつける空の下で、僕はパニックになっていた。確かに僕は、通学路から少し入った所の雑居ビルの屋上から身を投げたはずだった。なのに落ちてない。正確には僕の手首を掴んだ謎の人物が浮いてる。


「そういうの困るんだよね~。こっちの人間は飛ぶことも出来ないんだろ?」

「飛ぶ? え?」


 その人はローブと杖という魔法使いのような格好で、顔はフードでよく見えなかった。声からして僕と同い歳くらいなのはわかる。ローブの人は白い歯を見せて笑い、杖を振った。天地がひっくり返ったかのように上に引っ張られ、屋上まで戻る。信じられない。一体どうやって?


「ちょっと顔を見に来たら、飛び降り自殺とか。危ない危ない」

「君は?」

「気になる? そりゃ気になるよね! じゃあ見せてあげるよ」


 少年はローブのフードを取り、乱れた茶髪を整える。緑のイヤリングと金の額当てを見てぎょっとした。似てる。この人は僕と同じ顔をしている!


「とりあえず家行こっか。どうせ昼間は誰もいないんだろ?」

「あの、ちょっと!」


 その人が杖で足元を叩くと、魔法陣が展開し、僕達は風となって空を突き進んだ。何が起きてる? 問いかけようにも風圧のせいで息が出来ず、黙ってついていくしかなかった。


  *


「対の世界?」

「そ。この世には陰と陽の二つの世界がある。こっち側はマナの届かないに陰の世界、あっち側がマナの溢れる陽の世界。二つの世界には魂を共有した人が一人ずつ暮らしてて、俺と対になってるのはお前ってわけ」


 僕の部屋に来て早々、ローブの人――ヴィントはそう説明した。そのマナってもののお陰でヴィントは魔法が使えるらしい。お腹が空いたというので家にあったカップ麵を出すと、ヴィントは物珍しそうに食いついた。塩が強すぎるがこれはこれで旨いと、嬉しそうに食べ進めている。


「魂を共有してるってことは、僕が死んだらヴィント君も死ぬ……?」

「うおっ、さすがは裏の俺! ちなみに俺のことはヴィントでいいよ。同い年だし」

「運命共同体……だから自殺を止めに来たんだね……」

「そういうこと。ってなわけで、お前はこの先自殺禁止な、水無月風太みなづきふうたくん!」

「そんな……勝手に……」

「それ俺の台詞だかんな! あのまま落ちてたら俺まで死んでたんだ」


 ヴィントはカップ麺のスープを最後の一滴まで飲み干し、満足げにゲップした。


「は~、陰の世界の文明ぱねぇ~! お湯だけでこんなの作れるとか」

「どうにかならないのかな? ヴィントと僕の魂を切り離すとか……」

「無理無理。太陽系を一から作り直して因果律から手を加えなきゃなんないから。てか、なんでそんなに死にたいの? こんなに旨いカップ麺あるのに?」

「君にはわからないよ。僕がどんな目に遭ってきたか……」

「ふぅん。だったら教えてもらおうかな」


 ヴィントは身を乗り出すと、ブレザーのボタンをはずした。何事かと僕は慌てて後退した。


「なな、なに!?」

「何って、制服貸してもらうだけだけど?」

「なんで!?」

「俺にはわかんないって言うなら、君になりきって体験すればいい。ついでに問題を解決すれば君は自殺せず、俺も生き残る。うん、完璧なプランだ!」

「僕になりきるって? いくら似てても……」

「はい、お静かに」


 杖の先でこつんと僕の頭を小突く。すると僕の体がクラゲみたいに半透明になってしまった。


透明魔術クラールをかけた。これでもう君のことは誰も見えない。触れない。聞こえない。戻してほしければ大人しく従ってね」

「そんな、戻して!」


 伸ばされた手を払いのけようとして息を呑む。ヴィントの手に触れない。何度やってもすり抜けてしまう。一方のヴィントは意地の悪い笑みを浮かべて、ブレザーの裾を摘まみ上げて見せた。


「さーて、どこから脱がされたい?」

「自分で脱ぐから!」

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