9.芋かぁ

「おおっ! 色が違う!」

 何度か繰り返すと、ドラゴンさんの鱗の色が変わった。


 黒は黒でも、汚れの下に隠れていたのは漆黒。ツヤ感がまるで違う。


 お湯を入れ替えれば、彼は満足げにほぉっと息を吐いた。


「スッキリしたな」

「今度から定期的にお風呂入りましょうね。じゃあちょっと逆向いててくださいね〜」

「何をするつもりだ?」

「私もお風呂入ろうと思って。いくらドラゴンでもレディの裸は見せられませんから!」

「……なぜそこで我を外に出して入るという考えに至らぬのだ」

「だってドラゴンさんだけ外に出したら、家の人達ビックリしちゃうじゃないですか。まぁささっと洗ってタオル巻くので、ほら後ろ向いて〜」


 桶を回転させ、ささっと服を脱いで身体を洗う。


 ちなみにこの石けん、身体だけではなく髪まで使える。

 毎日使ってもギシギシになることなく、ツヤッツヤな仕上がりなのも幼馴染のこだわりで、会うと必ず髪質チェックをされる。


 素早く洗い終え、タオルを身体に巻きつける。


「終わりましたよ。は〜お風呂お風呂」

「入る前にこっちのお湯換えてくれ」

「え、もう冷えたんですか?」

「泡が飛んできた」


 ドラゴンさんの桶を見れば確かに泡がプカプカと浮いている。

 頭を流す際に飛んでしまったのだろう。


「すみません。すぐ換えます」

「うむ」

 彼の桶のお湯を換え、今度こそ自分もお湯に浸かる。


 前世の記憶を取り戻す前まで何も思わなかったが、シャワーがないというのは不便なものだ。


 蛇口で調整は無理でも、穴を開けたバケツを吊り下げて〜とか似たようなものは出来ないものか。


 ゆっくりと湯に浸かってから風呂から上がる。

 自分が先に出て服を着てから彼をタオルでよく拭く。


 屋敷に来た時と同じように抱き上げるとふわっと花の香りが鼻をくすぐる。


「そろそろお芋も出来た頃じゃないですかね」

「やっと食えるのか!」

「牛乳も用意してもらいましょうね」


 い〜もい〜もと歌いながらキッチンへと向かう。

 すでに出来ていた蒸かし芋と二人分の牛乳を用意してもらい、自室へと向かう。


 お盆で両手がふさがっているため、ドラゴンさんには自分で飛んでもらっている。


「芋はまだ食えんのか」

「部屋に行ってからですよ」

 隣でふよふよと飛ぶドラゴンさんとほのぼのとした会話を繰り広げ、階段を上がる。


 すると私の部屋の前にはなぜかお父様が仁王立ちしていた。

 私達の姿を見るや否やわなわなと震える。大股でやってきたかと思うと、今度は頭を抱え始めた。


「小さいが間違いない、邪神ルシファーだ……」

「いかにも。我こそがルシファーであるか、なに用だ?」

「何事もなく過ごせるようにとウェスパルの名をつけたが、やはり闇属性持ちは邪神と惹かれ合う運命なのか……」

「我はなに用だと聞いておる」


 ブツブツと呟くお父様にドラゴンさんは苛立たしげだ。


 低い声に、お父様は小さく肩を震わせた。

 お母様と同じく、お父様もまた元邪神が恐ろしいのだろう。


 だが彼を抱き上げている私の耳にはしっかりと「いも……」との呟きが届いている。


 どうやら芋を食べる邪魔されたことが気に入らないらしい。

 このドラゴン、私が思っている以上の芋好きだ。


 だがお父様がそれに気づくことはなく、威嚇に怯んでなるものかとドラゴンさんをキッと睨みつける。


「娘が邪神を連れ帰ったというので確認に。……ここにいる理由をお聞きしても?」

「芋を食いに来た」

「芋……」

「今から芋を食う。それから芋に合うという牛乳も飲まねばならん。そこを退け」

「私はシルヴェスターの当主です。邪神たる貴殿の真の目的を聞き、納得するまで退くつもりはありません」

「真の目的もなにもただ芋を食いに来た。それだけだ」


 ただただ芋を食べたいドラゴンさんと、家を守らんとするお父様。

 どちらも真面目であることが伝わってくるだけに、真ん中に立つ私は温度差で風邪を引きそうだ。


 いっそ部屋に着くまで我慢させず、今ここで芋を差し出してあげたほうがいいような気がしていた。


「ドラゴンさん、芋」

 食べていいですよ、と続けようとするも、この空間で一番ひりつく空気を纏うお父様に阻まれてしまった。



「それを信じろと?」

「神に戻ることを恐れているのならいらん心配だ。人間とて、神になる条件を知らんわけではないだろう。そもそも我は神に執着しておらん。戻りたいとも思っていない。それより今は芋と牛乳だ」

「……全て信用することは出来ない。だが今は様子を見ましょう」

「ならそこを退け。芋が冷める」


 ブレないドラゴンに、ついにお父様は折れることにしたらしい。

 芋、芋かぁ……と呆れたように溜め息を吐き、ぽりぽりと頭を掻きながら去っていく。


「そういえばシルヴェスターで甘藷のみが育つのは、ルシファーが大の芋好きだからじゃないかって兄上が言ってたなぁ」


 お父様が去り際にボソリと溢した言葉に、なるほどと納得してしまったのは内緒である。

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